第3話「令和の洗礼と、動ける喜び」
意気揚々と家を飛び出したはいいけれど、数分で私は立ち尽くした。
(……え、最近の女子高生、みんな耳からうどん垂らしてる……?)
違う、あれはワイヤレスイヤホンだ。私の記憶にある「絡まるコード」は絶滅危惧種らしい。
それに、通り過ぎる子が持っているスマホが、やたらとデカい。板チョコかと思った。
極めつけは、みんなが飲んでいる飲み物だ。
「……緑色の、どろどろしたやつ。毒?」
みんなが出てきた店の看板を見ると『濃厚ピスタチオ・フラペチーノ』とある。2015年にはそんなハイカラな豆、主役を張ってなかった気がする。
時代は10年で、私の知らない「異世界」へと変貌していた。
そんな中、一番の衝撃はこれだ。
「はぁ、はぁ……っ、すごい……!」
駅から学校までの、なんてことない上り坂。
前の私なら、3歩歩いた時点で酸素吸入が必要だった地獄のルート。
なのに今の私は、心臓が「トクン、トクン」と元気なリズムを刻んでいるだけで、足が勝手に前へ進む。
「坂道が! 苦しくない! 坂道最高!!」
思わず叫びながら坂を駆け上がると、登校中の生徒たちが一斉に私を避けた。
「やばい奴がいる」という視線が刺さる。
でも、いいのだ。
自分の筋肉で重力に逆らえるなんて、これはもう、実質スカイダイビングみたいな快感なんだから。
学校に着くと、さらなる試練が待っていた。
「おはよー!明日香! 髪色変えた? 似合ってるじゃん!」
「あ、えっと……ありがとう」
話しかけてきたのは、これまたキラキラした女子グループ。
一人がスマホを差し出してきた。
「ねぇ、今日撮るうちらの自撮り、インスタのリールに上げていい? 流行りのダンス動画のやつ!」
「いんすた……? りーる……? ダンス……?」
私の頭の中では、某掲示板か、初期の動画サイトの画質で思考が止まっている。
「とりあえずニコニコ(動画だけど)しておけばいいかな?」と思い、渾身の笑顔でピースをしたら、さらに引かれた。
「明日香、なんか今日……キャラ変した? 古風っていうか……昭和?」
(2015年生まれなんですけどね……魂は)
教室に入り、自分の席に座る。
硬い木の椅子。でも、病室の電動ベッドより、私にはずっと豪華な特等席に思えた。
「如月さん、これ、今日の時間割のプリント」
隣の席の男子が、無造作に紙を渡してくる。
私はその紙を、宝物のように両手で受け取った。
「……ありがとうございます。大切にします」
「……え、普通のプリントだよ? 拝むほどのもん?」
「だって、明日がある人のためのスケジュールですから」
真顔で答えると、隣の男子は「深いのか怖いのかわかんねぇな」と呟いて椅子を引いた。
チャイムが鳴る。
私の第2の人生、最初の授業。
教科書を開く手が、少しだけ震えた。
――勉強ができる。
そんな当たり前のことが、今の私には、世界で一番贅沢な遊びに思えて仕方がなかった。




