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夏の渚。  作者: Endroll
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#1 エトセトラ

 定期考査も近づいてきた、6月。梅雨の時期だというのに、なぜかその日だけはきらきらと雲がかがやいて見えるほどに晴れていた。



 私、姫野夏(ひめのなつ)は現在中学2年生で、帰宅部に所属中だ。中学2年生にもなると、部活の先輩にときめいたり――はしなけれど、いつも私の一位上にいる男子が気になったり――もしてないけれど、充実した生活を送っていると思う。


 でも最近、何か寂しさを感じるようになった。


 幼馴染の由衣(ゆい)ちゃんは年上の想い人がいるらしいし、親友の心温(ここあ)ちゃんは中1のときから彼氏がいるみたいだし、みんな、恋愛してる。でも、私は。


 私は、人を好きになる、という感覚がよくわからなかった。そりゃあ由衣ちゃんや心温ちゃんは大好きだけど、二人が言ってるものとは、違う気がする。


 みんな、小2のころには、「〇〇くんがすき」なんて言ってたような気がするけれど、私はその中で一人だけ「好き」という感情について考えていた。


 ――すきってなあに?ゆいちゃんとかママのことがすきなのとなにがちがうの?なつがへんなの?


 でも、私にはやっぱりわからなくて、いつしか考えることをやめた。いつか好きな人ができたらわかるだろうな、と。


 そこで自分で一区切りつけたつもりでいたのにいざ周りが恋愛だの言い始めたら、不安になって、焦って仕方なかった。やっぱり私がおかしいのかな、なんて考えたりもしたりして、それでもわからない。周りは知っていて、自分は知らないもの。夏はここ最近ずっと、暗闇の中を必死に手探りしていた。


「ただいま。」


 ドアノブを開けると、女の人の声が聞こえた。


「おかえりなさい、夏。」


「あれ、みく(ねえ)大学は?」


 現在大学2年生、6つ上の姉、姫野未来(みく)だった。


「サボった。」


「ええ……。」


 生来学業には不真面目な姉で、高校も留年しかけ、なんとか今の大学に入ったのだ。しかし、そんな姉でも、夏より人生経験は豊富で、頼りになることは確かだ。


「ねえ、みく姉、人を好きになることってどういうことだと思う?」


「なんだなんだ哲学かー?」


「そうじゃないんだけど……。」


 しばらく言葉に詰まっていると、姉も、夏が真剣であることをを感じ取ったようだった。


「そうねえ……難しいことだけど、とっても素敵なことだと思う。でも、それがなんなのかは、お姉ちゃんにもわからない。ごめんなさいね。」


「ううん、ありがとう。」


 姉でも答えを見いだせない。意識していない、心の奥底のほうで理解している感情なんだろう。私にもいつか、わかるだろうか。


 またしばらく沈黙が続く。


 姉が沈黙を壊した。


「あ、そうだ、ちょっと買い物頼まれてくれない?」


「え?」



 全く、それにしても夕飯の食材が足りないからって妹を買い物に行かせるなんて。私はもう一度メモに目を落とす。買ってきてほしいと頼まれた食材が書いてあった。人参、牛肉、玉ねぎ、ジャガイモ、カレールー……今夜はビーフカレーか。


 というか、カレーの食材全部ここに書いてない?食材何もそろっていないのにカレーを作ろうとしたわけかみく姉は……。


 買い物を済ませ、家路についた。外はもう赤みがかっていた。晴れの日は久しぶりだったから、夕焼けを見るのもまた、久しぶりだった。


 ふと工事現場が見えた。高層ビルの建設中で、作業員が忙しそうに働いていた。ある重機は鉄材を運び出しては決められた位置に置き、運び出しては置いていた。またある重機は作業員の足場となっていた。


 工事現場の横を通る。


 それは、一瞬の出来事だった。


 上の方からガシャン、と何かが崩れる音がした。


 続けて男性作業員の叫び声。


 何事かと思って上を見上げる。


 こちらに向かって大きな鉄材が落下していた。


「え……?」


 私、死ん……。


「危ないっ。」


 誰かに腕を掴まれて、走った。その()()は本当に足が速くて、ほぼ引っ張られるような形で走った。多分、人生で一番速く走ったと思う。


 鉄材が地面に落ちた音がした。無事に逃げ出したのだ。作業員が慌ててこちらへ走ってくる。一通り何事もなかったことを確認すると、深く頭を下げた後で作業に戻っていった。


 そういえば、と思い、振り返った。彼女はもう背を向けていて帰ろうとしていた。


「あの、助けてくれてありがとうございます。」


 背中に向かって礼を言った。一瞬、彼女が振り返った。その時に少しだけ、彼女の顔が見えた。


 大きな目に、1センチは優にありそうなまつ毛、美しく長い黒髪のロングヘア。上げることは他にもいろいろとありそうだが、とにかく、彼女は美人だった。


「いえ、気を付けて。」


 短くそう言って、少しだけ微笑んで、行ってしまった。


「……。」


 しばらく固まっていたと思う。彼女の微笑みに完全に見惚れていた。それだけならよかったのだが、酷く顔が熱かった。彼女に掴まれた腕が熱を帯びていた。頭の中では彼女の微笑みと、言葉がリピート再生されていた。


「なにこれ……。」



 家に帰ってみく姉に心配された。


「どうしたの、顔真っ赤だよ。」


 どうしたの、と言われたって自分でもどうしたのかわからない。どうしようもないので、とりあえず保冷材で頭を冷やして、心を落ち着かせた。


「みく姉、私、どうしたんだろ……。」


 明らかに自分の様子がおかしい。頭は言うことを聞かないで相変わらず顔と言葉が繰り返されてるし、やっぱり腕が熱い。


「何かあったの?」


 何かあったの、と言われても思い当たるものは一つだけだったので、実はこれこれだ、とみく姉に聞かせたところ、急にニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。


「それが、()()ってことよ。」


 なんですと。


「でも、でも、その人も女だよ。」


「そういうことだってあるわよ。」


 そういうものなのだろうか……。


 その夜は深く考え込んでしまってあまり眠れなかった。


 彼女の手の体温、微笑み、大きな目etc...

どうも、Endrollです。ずっと描きたかった百合小説です。

日常にあふれる危険から助け出してもらった誰かに対して、夏は生まれて初めて、「好き」(loveの方の)感情を覚えます。しかし、その人はそのままいってしまう。夏の初めての恋の物語です。

さて、「エトセトラ」とは、いわゆる「etc...」で、「などなど」という意味です。英語で言うところの、「and so on」ですね。夏の知らない感情が次から次へとあふれ出してくる、そんな意図です。

後書きとしては長くなってしまったでしょうか。これから夏の物語が始まります。次回もご覧頂けると幸いです。

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