夏の日常
三題噺もどき―ななひゃくにじゅうご。
喧しいセミの鳴き声が部屋に飛び込んでくる。
窓ガラス越しでもうるさいと思っていたのに、直接聞くとさらにうるさい。耳を覆いたくなるほどに盛大な合唱が鳴り響いている。
彼らは彼らで次につなげるための大切な時期なのだろうけど、勘弁してほしい。
今朝なんてその鳴き声で起こされたくらいだ。
「……ふぁ」
最近はまた、少し暑苦しい日々が続いている。
おかげで寝不足とまではいかなくても、若干本調子にはなっていない気がする。
今何か襲われでもしたら案外あっさりやられるかもしれない。
……ま、こんな明るい夕方の時間に襲ってくることはないのだけど。その前に自分が死ぬからな。夕方とは言え、夏のこの時期はまだまだ明るい時間だ。
「……」
開けた窓ガラスを閉めることなく、その先にある網戸も開ける。
更に蝉の鳴き声がうるさくなった気がしたが、気のせいだろう。
ベランダに置かれているサンダルをこちら側に引き寄せ、足をかける。
「……」
後ろ手に網戸―ではなく、窓ガラスを閉めながら、ベランダに出る。
置かれている室外機が、ものすごい音を立てながら回っている。
陽が直接当たらないように、カバーをしたりしているが、果たして意味があるのかどうか……生憎私にはわからない。まぁでも、効きはよくなったような気がする。
さすがにこう暑い日々が続くと、クーラーは手放せない。基本的にどちらか一人は一日中家にいるし、寝ている間もつけっぱなしである。……電気代の事は考えないでおこう。
「……」
片手に持っていた煙草の箱の中から、一本取り出し。
ハーフパンツのポケットの中に入れていたライターで火をつける。
カラリとした夏の空気の中に、煙がゆっくりと溶けていく。
「……ん」
眼下に広がる住宅街。
目の前の家の塀には猫が寝ていたが、何かに気づき、逃げるように走っていく。
その猫が向けた視線の先から。
お祭り騒ぎのように、何やら掛けてくる足音と、それに伴って子供のはしゃぐ声が聞こえてきた。
元々住んでいる子供たちが祖父母の家から帰ってきたのか、それともこの辺りが実家だと言う人々の子供なのか。
「……」
見て居れば、いかにも夏の少年という装いの子供たちが走り回っていた。
半袖短パンに帽子に虫取り網に虫カゴ……ここらのどこで虫取りができるのか知らないが。あぁ、あそこの公園はたまに虫が居たりはするが。ついでに、この辺にいるであろう蝉も取ってくれるとありがたいな。
「……」
走る彼らをぼんやりと見ていると、住宅街にまだ残っている雨の痕が視界に入る。
追い付いていないのか、どうしようもないのか。
電柱の足元には、どこから流れてきたのか分からない草の塊がまとわりついていた。さすがに大きなものは落ちていないが、誰の物とも分からない物が所々に落ちている。
この辺りはそうでもなかったはずだが、さすがに多少水はたまったのだろう。
「……」
そういえば、昨日の少年は何に乗って流されたのか分からずじまいだった。別に気にすることでもないだろうと放って置いたのだ。
結局、帰りに憑いて来ていたし、雨は関係ないのかもしれない。……もう一度送りなおした。
縛られていたのが動けるようになっただけなのか、まぁ、あそこにとどまり続けるよりは飽きることもないだろうから、良いか。
「……、」
短くなった煙草を、灰皿に押し付け、火を消す。
まだまだ元気に遊び足りないように走り回る少年たちを横目に、私は部屋に戻るとしよう。
「……」
彼らのように無邪気に駆けまわることが、あの少年にも出来るようになったのなら、今度公園にでも連れて行ってみようか。
ブランコも気にいるだろうし、犬は……苦手かもしれないがまぁ、遊んでみればわかるだろう。
「今日はどこに散歩に行かれるんですか?」
「どこ……決めてないが……」
「公園と墓場以外にしてくださいね」
「……ん」
お題:雨・猫・お祭り