ー拾弐ー
大門の近くで死んだ悪魔たちの魂をすべて、林田の遺骨に憑かせたのは嘉也だった。刀に斬られ、肉体から離れて寺院をウロウロとただよっていた悪霊を、彼は念を使って導いた。
林田の遺骨を使え。
なんでもいいから闘え。
そう命じた結果が、あの水膨れの悪魔だ。
最初はただの液体だった。自分の意思を持った、スライムのようなものだった。その液体がするすると、足の速いナメクジのように中庭のほうへ流れていった。
液体は、中庭に転がっていた隊員たちの亡骸をひとつ、またひとつと、身体に取りこんでいき、いびつな白い巨体を形成していった。
しまいには、捕食に特化した縦の大口までつくって、食った人間の声をまねることも覚えた。須賀と小島は力を合わせて、その怪物を倒すことに成功した。
*
猛暑の夏に、空模様と気温までひっくり返し。大粒の綿雪を降らせた東子の術。
右と左の刀を重さね合わせ、なめらかな動きで、すっ……、と刀身どうしを擦る。音叉が鳴らしたような、綺麗で一定の、細い高音が空気にとける。
その音に呼ばれた銀の雲が、大粒の綿雪を降らせた。その雪は悪魔を骨の髄まで弱体化させるものだった。
しかしながら、須賀や小島が体感した雪の量は、いわば、おこぼれのようなもの。それよりも遥かにひどい一点集中の猛吹雪。それを一身に受けたのは、嘉也ただひとり。
雪を全身に浴びた嘉也の唇は、紫色になった。肌は乾燥して、ひび割れた。神経がこわばり、その場にうずくまる。呼吸も苦しくなり、筋肉はマヒする。東子は炎の化身すらも凍らせた。
そして、全身の不快感に苦しむ彼を放っておくほど。彼女は優しくない。
それで力の差が埋まった、とでも言うように。東子は二刀を嘉也にぶつけた。白魔の彼は、左手に伸びた大きな漆黒爪と、右手の刀で、なんとか応戦をした。全身が凍えて、炎は思うように使えない。
東子の刀に打たれる度に、白い翼から羽が落ちる。防戦一方。負けるのは時間の問題。容赦のない攻めに圧倒され、嘉也はついに片膝をついた。刀を杖のようにして、躰をなんとか支える。
「力が入らないみたいね。白魔であるあなたですら、その調子ですもの。あっちの悪魔どもは、どうなっているかしら」
嘉也は震える手で柄を握りしめた。
岩のように重い上半身を支える。
刀はガチャガチャと音を鳴らす。
無理やり、笑ってみる。
その笑顔もひきつっていた。
「知ったことか。こんなの、わりに合わない仕事だよ、西威さん……」
「あなたはだれのために動いているの?」
「ぼくは命じられて、実行しているだけだ」
「この寺を焼いて、立神かすみを殺す。それが命令なのでしょう」
「やっぱり、バレているか」
嘉也は、地面に突き刺した刀を支えにして、今度こそ二本の足で立ち上がった。
「告夢が教えてくれたのよ。あんたのすがたも、はっきりと映っていた。あんたが企んでいることも全部、見えていた」
「告夢を見たのはぼくもおなじだ。夢を見たとき、はじめて白魔になったことを後悔したよ」
「あら。変なことをいうのね。そっちも見ていたなんて、信じがたいけれど」
東子は、嘉也のほうを向いた。いままで彼と会話するときは直視せずに、かならず横を見ていた。
「悪魔祓いが告夢を見るには条件がある」
「火守りと悪魔祓い、そのふたりがおなじ夢を見る。それが告夢と確証するための条件でしょう?」
「へえ。東子さんでも、知らないことがあるんだ」
嘉也は、空を見上げた。人生を悟ったような、やわらかい笑みを浮かべる。頬に雪が当たり、眉間がけいれんした。
「白魔が、これから闘う相手に、特別な感情を持っていたこと。それが告夢を見る条件。たとえば恋愛感情——」
「は?」
「相手を好きだと思っていた記憶。そんな、邪魔で、めんどくさい感情の記憶。想いのゴミみたいなものが、敵である悪魔祓いを救おうとしてしまう。ぼくは東子さんが好きだった。だから告夢なんて恥ずかしいものを、これから闘うきみと、きみの火守りに見せてしまった。白魔ってのも、めんどうな生き物だよ」
このセリフが東子の耳に入ったとき。雪は降り止んだ。林田の悪魔が中庭に足をおろし、須賀と小島が追われることになったのも、この瞬間からだ。
そして東京にいる秋の一戦にも、決着がついていた。津達を倒し、そこから月のうさぎのように跳ねて、カナンへ飛ぶ——。その状況変化を、かずみはまっさきに察する。
「勝った……、秋は勝ちました。たぶん、獣のように変化した白魔が上位魔に見えて、刀がにぶったんでしょう。そんな感じが伝わっていましたが——」
「よーやった!」
銀次がガッツポーズを決める。まるで、サッカーの世界大会で日本代表が勝ったときみたいだ。
「して、かすみや。結界を強められるか。この寺院にいる悪魔どもを、全部ふっ飛ばせるくらいの結界じゃ」
「いまなら、大丈夫そうです」




