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刀闘記  作者: 燈海 空
炎氷哭乱 篇
91/96

ー伍ー


 足もとから氷のとげが飛び出す。嘉也は走った。刺されば、脳天まで貫通しそうな長さだ。鋭利なそれを、走って避けつづける。忙しない嘉也の足音を追う氷のいななき。


 しばらく走ってから炎刀を薙いだ。炎が噴かれ、東子に覆い被さった。しかし彼女は半球体の氷のなか——全身を氷で守った。出入り口の無い氷のかまくらを、ものの一瞬で生成した。


 氷が熱に溶かされ、雫が落ちる。姿勢を低くした東子の頭を水滴が濡らした。柄頭で氷の壁を砕き、外に出る。


 嘉也は刀を縦に薙いだ。東子が氷から出てくるのを、見計らっていたよう。炎刀を横に転がってかわす。立ち上がり、スピードスケートの動きで翻弄しつつ——


 剣戟の音。相手と打ちあった音。衝撃が刀身から柄へ、柄から手に伝わり、東子の左腕がしびれる。衝撃のままに体幹をまわし、右手の刀で斬りつける。


 剣戟の音。

 東子は頬に熱を感じる。

 嘉也は顔に冷気を感じる。

 一度離れて、

 双方、呼吸をととのえ——

 ぶつかる——


 炎の燃ゆる音。

 氷が蒸発する音、砕ける音。


 嘉也の足元に氷の棘を出現する。何度も、何度も。執拗しつようなまでに足元から攻撃がくる。走るのがめんどうになった彼は、空中にいる時間が増えた。そうすれば足元の心配をしなくていい。


 炎の翼を羽ばたかせ、嘉也は空中から攻める。東子は真上から降り注ぐ炎をかわし、走り。それでも地面から氷の棘を突出させ、嘉也に当てようとする。


「なんだよ、下からの攻撃ばっかりして」さすがの嘉也も苛立ってきた。「いくら長い棘を突き出したって無駄さ。こっちはいくらでも高く飛べるんだ」


 そう言ってさらに高度をあげる。瞬間、東子の口角が持ち上がった気がした。だがどうでもいい——獲物を狩る鷹の、美しい姿勢、林田を焼き殺したのと、まったくおなじ姿勢。それを見た東子は、きっさきを真上にむける。


灼骨戒炎しょうこつかいえん

「ばか——」


 ふたりの声が重なった。多角数の氷の板が、東子の頭上に現れた。氷で創られた、大型の傘。そこを龍が吐いたような炎が吹き付ける。一瞬にして氷は蒸発し、空中にいる嘉也の全身は、水蒸気に隠れた。


 嘉也は寒気さむけを感じた。それは精神的な悪寒おかんではなく、肌に感じる冷気だった。


 タイミングを逃さぬよう。東子は二刀のきっさきを空に向けた。嘉也の全身を包んでいた水蒸気は一気一瞬で氷の塊になった。


 大型の氷塊に、嘉也は捕まってしまった。琥珀こはくの中に閉じ込められた、古い生き物のよう。嘉也をはらんだ氷塊が石畳に落ちる。鈍い音。よく見ると、彼の口が動いている。


「こんな手があるか!? 卑怯だよ東子さん、めんどくさいなあ!」


 氷の中では声もこもってしまう。

 嘉也はあせり、炎をたぎらせた。

 内側から、徐々に氷塊は溶けてゆくが——


「はやく……、はやく溶けろよ! 寒くなってきた」


 一瞬、きらめきが見えた。それは青白く、透き通っていて、真横に向かって長く伸びた光だった。東子は一度、嘉也をはらんだ氷塊から距離をとり、助走をつけて、またもどり——武器を大きく薙いだ。


 その武器は氷の大太刀だった。かなりの重厚感がある。長さは普通の刀の二倍だ。刃幅も太い。東子の手には、二刀のつかが握られている。二刀が、氷の大太刀のしんとなっていた。


 大太刀は氷塊を真ふたつに斬り砕いた。血が薄まった、桃色の水飛沫が上がる。いまの一撃で嘉也の上下半身は確実に離れた。斬られ、吹っ飛び、転がり。手だけでう、その声は情けない。


「ちくしょう! 身体、くっつけないと。腰から下がない、ない……!」


 まるで後脚をもぎ取られた虫のようだ。あわてふためく彼は、まだ光を見た。今度は、澄んだ銀色の筋がふたつ。東子が素早く駆け寄り、振るった二刀は、ばってんを描くように交差し、嘉也の首を飛ばした。


 首だけになっても、嘉也はまだ歯を食いしばっていた。その赤眼から闘志が消える気配など微塵も無かった。




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