ー捌ー
男の胸を行ったりきたりする刀のきっ先は血に塗れている。刺して、抜くたび、鮮血が銀からしたたる。男は悪魔だ。夜遊び、女遊びをしそうな服装をしている。
「お……、おい」須賀が、おそるおそる話しかける「なにやってんだ」
「なにってわたし、悪魔祓いです」
女子高生は、真面目そうな見た目そのままの雰囲気で喋った。
「それは、わかるんだが……」
「ええ。下位ですから。三七秒でかたがつきました」
「その刀は、普通の刀だろ?」須賀が言った。「妖刀だったら、そこの悪魔はとっくに塵になっているはずだ」
「そうです。よくご存知ですね」
「なにがしたいんだ」
「なにって、仕置きです」
「しおき、おしおき……?」
「はい」
「こいつが……、よっぽどなにかしたってのか」
「悪魔ですもの。わるいことしかしません」
「勝負がついたんなら、はやく終わらせればいいだろう!」
「わたし、きらいなんです。下位魔の中でも、こうゆうのがとくに」
「こうゆうの?」
「ええ。女性を肉体としかみていない、こうゆうのが。だから、お仕置きです。死んでからも後悔しないと、意味ないですからね」
捨てるように言ってから、刀を突き刺す反復行動を再開する。ついに秋がしびれをきらした。刀を抜き、悪魔に近づく。
「お、おい秋!」
須賀は止めようとしたが、秋はそのまま悪魔に向かう。終わらせるつもりだ。しかしその歩はぴたりと止まった。いままで悪魔を突き刺していた刀が、秋に向けられたために。
ちょうど、目線の高さまで持ち上げられた赤黒いきっ先が、血の雫を落とす。
「立神さんちの。秋くんです?」
女子高生は、悪魔から目線をそらさずに、秋に話しかける。
「ああ」
「なんの用です?」
「そいつを斬る」
「あなたが?」
「ああ」
「そうですか。もうすこし待っていただけませんか」
「待てない」
「なぜ?」
「趣味のわるい遊びを、ながめる趣味はない」
「それなら、黙ってここから立ち去ったらいかがです?」
「断る」
「では、この悪魔が死んだら、代わりに遊んでくれますか?」
「断る」
「なぜ?」
「趣味が合いそうにない」
「そうですか」
「どけ」
「ここはあなたの土地ですか?」
「どけ」
「あなたに従う理由がありません」
「どけ!」
秋は刀を振り上げるも、すぐに防御の体勢を取った、女子高生が秋に向かって刀を振ったために。
金属が重なる音。つづいてぎりぎりときしるような音。冷たく湿った刃と、乾いた刃が鍔迫り合う。
「おい、よせ!」須賀が銃を構えた。銃口は女子高生に向けられている。「なんのつもりだ。おまえらがやりあったら、どっちも怪我じゃすまないだろう!」
女子高生は至って無表情。
その身体から冷気が漂ってくる。
「ふたりとも、刀をおろせ!」
須賀がもう一度、強めになだめる。
「なにを考えてやがる……」
秋は奥歯を噛んだ。視線は強く、にらみを効かせる。
「なにって、悪魔がきらいなんです。それだけです」
女子高生の身体から、より一層強い冷気が溢れ、男ふたりの体温をみるみる奪ってゆく。血液が凍りはじめる。
「くっ……」秋の奥歯が震える。
「寒そうですね。わたしは暑いくらいです。立神さんと言えば、風の能力でしたっけ。羨ましい力ですね」
軽い金属音が鳴る。女子高生の方が秋の刀を払い、鍔迫り合いを終わらせた。左手でもう一本の刀を抜いて、刀身を悪魔の首に一振りをあびせる。悪魔は塵となり、その体を拘束していた氷だけがむなしく残る。
「興が冷めたとでも言うんですかね、こうゆうとき」女子高生は無表情で言った。二刀をそれぞれ、腰の鞘に納める。「邪魔をされたとは言え、同職に刀を向けてすみませんでした。ところで、あなただれです?」
女子高生は、須賀の方を見た。まるで、野生の動物を観察するような目だ。
「須賀、刑事だ。あんた、どこの?」
「三代東子。火ノ花明応高校二年。三代家七代目悪魔祓い」
淡々とした、自動音声みたいな声の自己紹介だ。
「夜分にお騒がせしました。あぁ、そういえば、悪魔に襲われそうになった女の子、助けましたから。無人駅とはいえ、監視カメラくらいつけて下さい。そう、刑事さんから鉄道会社にお伝えください。それでは」
東子は心のこもっていないお辞儀をした。すたすたと姿勢よく、淡白な歩き方で、あっという間にふたりの視界から消えた。それから駐車場に止めていた青いスクーターにまたがり、颯爽と帰路につく。
「なんなんだよ……」秋は刀を納める。
「長袖を着てくりゃよかった…」須賀は寒そうに両腕を組み、上腕を手でこすった。
壁と地面に張り付いた氷が溶けて、水溜りができた。真っ赤な血と、灰色の塵が、冷たい水に混同してゆく。そこに妖怪でもいたかのように。
「雪女って、この世にいると思うか」須賀が言った。
「ついさっきまで、ここにいた」
「だな……」
「湯船につかりたくなった」
「お、おなじこと考えたな。どうだ、一緒に入るか?」
「前言撤回。シャワーでいい」