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刀闘記  作者: 燈海 空
天童風龍 篇
86/97

ー拾陸ー


「これが白魔に取り憑かれた者の末路か……」龍久は駆け出す、終わらせるために。「虎の白魔、その魂を斬る。少年を供養するには、それしかあるまい」


 槍の雨が降り、行手をはばむ。

 竹林を縫うような動きで走り。

 槍を避け。

 金天獅子に近づく。

 刀を降ろうとしたが、

 目の前に金の壁が出現した。

 龍久は壁を駆け上がる。

 超えて。

 敵の頭上。

 刀を振りかぶる。

 急降下。

 強い縦斬り。

 金の腕が刀身を受けとめ、甲高い金属音。

 風が吹く。

 肩の力を抜き。

 刀を相手の腕の下へ、するりと動かす。

 風の力で、水平に回転する——

 その一閃は、金天獅子に届かない。

 間一髪で、後方に飛ばれてしまった。

 地を駆けて、追う。

 接近し、爪の横薙ぎをくぐる。

 まったく別の方向から攻撃がくる。

 その気配を察し、龍久は退がる。

 槍が高速で飛んでくる。

 穂先ほさきが太ももをかすめた。


 あと一秒遅かったら、足に穴が空いていた。金天獅子の周囲を飛ぶ槍たちは、完全に自律していた。だれに投げられるでもなく、だれの指示をうけるでもなく、まるで熊にたかる蜂のように、一本一本が自分で考え行動している。


 でたらめに飛んでくる槍たちを、龍久は最小限の動きで避けつづける。しばらくして、槍の攻撃がゆるんだ瞬間があった。逃さず、金獅天使のもとへ一気に距離をつめる。


 刀を縦にふる。金天獅子は半身をそらして避け、強靭な足で蹴り上げる。鳴ったのは金属音だ。爪が肉をえぐる音ではない。横に置いて構えた刀身に、つま先が当たった。龍久は傷こそ負わなかったが、遠くまで飛ばされた。


 白翼が羽ばたき、風がおこり、金天獅子は龍久に向かって一直線に飛ぶ。龍久は、なにもない空中に風の壁をつくり、それに手足を押しつけて受け身をとった。風の力を借りて、急降下。地面に逃げる。


 間をおかずに金の槍が何本も襲ってきた。それらを刀で弾く、落ちついて、呼吸を乱さぬように。


 槍をすべて弾くと、今度は金天獅子の本体が飛んでくる。爪をいなし、刀を振り、刀身が当たらずとも風刃を飛ばす。金色の毛が風に斬られて落ちた。


 もう一度、刀を横に薙ぐ。一つに結んだ白髪が大きく揺れる。風刃が低めに飛び、今度こそ、金天獅子の脚を落とした。


 脚などなくていい、翼さえあれば。そう叫ぶかのような力強い咆哮が、龍久の鼓膜をつき刺す。


 ぶつかり。

 ぶつかり。

 槍が弾かれ。

 爪が弾かれ。

 風刃が飛ぶ。

 龍久の躰が弧を描き、

 相手の背後に回りこむ。

 翼を斬りつける——刃が翼に食いこんだ。

 龍久の腕に力が入り。

 片翼が落ちる。

 振り返りざまに薙がれた爪を見極め、頭を低く。

 風切りの音。

 龍久の反撃。

 金天獅子は片手を持ち上げる。

 それで攻撃を防げると思った。

 

 しかし——そのひと薙ぎは金の腕を飛ばし、獅子の首まではねた。断面から血飛沫が上がり、乾いて塵になる。


 白翼が余力で羽ばたくも、片方しかない翼では安定するわけもなく。獅子の頭だけが、地に落ちて転がる。残る身体は、一片も残さず塵になってゆく。蜂のように飛びまわっていた槍たちも力を失って、紙幣へともどった。一万円札の紙吹雪が舞う。


「ああ、どこかへ行く、白魔の魂が、ぼくから逃げていく!」


 地面に転がる金色の頭が、吏隠の声でわめき散らしている。


「卑怯もの、卑怯もの、卑怯もの! 負けるとわかったら身体を捨てるのか! ぼくがいたから人殺しができたのに!」


 龍久は腰の鞘に刀を納め、左手でわき腹をおさえた。その手は、すぐに血に染まった。いつのまにか、槍の刃を受けていたようだ。しかし、苦しそうにはしていない。呼吸で痛みを逃している。


「裂かれたのも気づかんかったわ……」


 ふう、ふう——龍久は独特の息をつく。視線を落として、はたと気づいた。金天獅子の眼が、人の眼にもどっている。さきほどまでは猫のそれだった。しかしいまは、人間のそれだ。


「白魔の魂もまた、人に取り憑いておるにすぎん」


 いたずらをした少年をなだめるような口調で、龍久が話す。


「宿主の人格と、社会性を保ちつつ、強力な異能力を与える。人を悪魔に変えることも、自由にできるようになる。その代わり殺戮欲求を深く植えこみ、喜怒哀楽こころを失わせる——」


 吏隠の首もとが塵になりはじめた。

 時間は、あとわずかだろう。


「テスラとひとつになれたんだ。ずっと一緒なんだ。うれしい。心が、すごく……、あったかい」


 その言葉を最期に、

 金色のたてがみが、

 おだやかな笑みに口元からのぞく牙、

 安らかに閉じる瞳が、はらはらと崩れ。

 かすかに、子猫の鳴き声が聴こえた。


 龍久は、いままでいくつもの悪魔の塵を見てきた。

 なかでも、吏隠の塵はひときわに綺麗だった。

 なぜなら、その色はくすんだ灰色ではなく。

 純粋な金色だったから。




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