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刀闘記  作者: 燈海 空
天童風龍 篇
85/96

ー拾伍ー

 

 中段に、まっすぐ構えた刀のさきに見えるのは、金の槍をもった子供の天使。そのとなりには漆黒の翼をなびかせる、黒獅子。


 覚醒した吏隠と、翼をさずかったテスラ。彼らの強さは、異常の域に達していた。連携れんけいのとれた、波状の攻撃は乱れがない。一撃一撃がアスファルトをえぐり、地を揺らす。


 槍の刃が迫り、それを避けたら次はテスラの爪が迫る。爪をかわしても、飛んでくる槍がわき腹をかすめる。作務衣さむえが裂かれ、切り傷がふえた。息をつく間もない蓮撃。ひとつ結びの長い白髪が、せわしなくなびく。


 龍久は苦戦を強いられた。

 反撃のすきがまったくない。


 すべての動きが、防御にてっしてしまう。せめて、一体ずつ相手ができれば状況が変わるのでは——。


「じじい、息あがってんの?」


 吏隠がの声が背後から聞こえる。

 龍久は、ふり向きざまに刀を薙ぐ。

 槍が刀身をうけとめた。

 鍔せりあう余裕はない。

 すぐにテスラの爪が背後にくる。

 槍を弾き、横によける。

 ふたつの敵から、なるべく距離を離す。

 体勢を整える。

 呼吸をひとつ。


 きっさきを吏隠とテスラのあいだに置いた。

 どちらが攻めてきても対応できるように構える。


「さあ来い! 来てみよわっぱ!」


 龍久の怒号に応えるように、吏隠は翼をあおぐ。その動きを見た龍久は、槍が来ると思った。しかし飛んできたのはテスラの爪だった。


「そう、くるか……!」


 明らかなフェイントだった。

 爪が振られ。

 刀が振られ。

 獣と老体が踊る。

 龍久は風をおこして跳び上がった。

 テスラも、翼をあおいで飛ぶ。

 高度をあわせて、爪を薙ぐ。

 剣戟の音が空中で鳴った。

 凶暴きょうぼうな力で、龍久は一直線に飛ばされた。

 ビルの外壁で、受け身をとる。

 

 テスラが飛翔ひしょうして迫る。その勢いは放たれた砲弾のよう。龍久は壁を蹴ってはねる。突き出された爪は龍久に刺さらず、コンクリの壁を穿うがった。


「やはり、あの猫からやるか。それしかあるまい」


 龍久はテスラに狙いを定めるも——あえて距離をとった。ここで追撃すれば、かならず吏隠の攻撃がくる。


 大きく、大きく離れる——そんな龍久をテスラはまっさきに追う。


「だめだ、テスラ!」吏隠が声を投げる。「罠だ!」


 吏隠とテスラ——知能が低いのはどちらか。逃げるふりをした場合。迷わずに追ってくるのはどちらか。本能に任せて相手を追うのは、どちらなのか。


「一対一に持ちこむ。多対一の闘いにおいては基本じゃよ……!」


 ここぞ、と地に足をつけて。砲弾のいきおいで飛んでくる黒獅子が振った爪を弾く。

 

 刀を振る——風刃が吹き荒れ、巨体の胸を斬り裂いた。それでも内臓にはいたらない。肉を斬っただけだ。


「まだか、もっとか——」踏みこみ。銀の刃を薙ぐ。

「やめろ!」吏隠が吠える。

 

 獣の断末魔。

 刀身は、テスラの心臓を肋骨ごと裂いた。

 血飛沫が上がる。

 巨体が転がり、横たわる。

 龍久はさらに接近。

 姿勢を低く。

 下からすくい上げるように、追い討ちを。

 

 黒い塊が放物線を描く。

 照りつける太陽が、血飛沫に虹を塗った。

 テスラはふたつになった。

 ひとつは上半身。

 ひとつは下半身。


「いやだああ!」


 槍を放り投げ、テスラに近づく。少年の腕にはとても抱えられそうにないほどに、大きく、重たい上半身をき起こし、何度も名前を呼ぶ。テスラの口が微かに動いた。息がある。地面の血溜まりは、ひどく広がっていく。


「あああっ」吏隠は自分の心臓を、みずからの手でえぐった。


 自分の身体が動かなくなる前に、それを瀕死のテスラの口に突っこむ。喉を通り、胃に落ちた心臓は、黒靄くろもやとなって溶けた。テスラの下半身が再生されてゆく。


 新品の足で立ち上がったのは、獣人。二本足の獣は、動かなくなった吏隠の身体を蹴り飛ばした。もう、この身体は必要ない——そう言っているようだ。


「主人の心臓を食って、完全なる肉体を手にいれよったか」龍久は眉をひそめる。「いな、もしや、同化したか……!」


 テスラの被毛は、あますところなく金色に染まった。黒かった翼は、天使の翼になり。その翼から舞い落ちる羽は、落ちる最中さなかに紙幣へと変わる。


 白翼をそなえた金色の獣人。

 あれは現実か——さすがに目をうたがいたくなる。


「茶の間にかざった招き猫も、きらいになりそうじゃ」


 柄を握る龍久の手に、いっそうの力が入る。


「金のたてがみ、天使の翼、獣人のただずまい……。金天獅子こんてんしし、とでも呼ぶべきか」

「あんたのおかげだ……」


 金天獅子こんてんししの口から、吏隠の声が鳴った。


「さいこうだ。気分がいい。最初から、こうすればよかった。テスラとぼくは、ひとつになるべきだったんだ」


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