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刀闘記  作者: 燈海 空
風銀立神 篇
8/14

ー漆ー


「いますぐに、救急車きゅうきゅうしゃ呼ばねえと」須賀の心配そうな口調だ。「あんなに飛んだり跳ねたりしてたんだ。どこか骨が折れてるかも……」

「大丈夫だから」


 秋は、須賀をさえぎって躰を起こした。なんとか自力で立ち上がる。すこしよろめきながら道に転がっている刀に近づく。


「ちょっと、欠けたかな……」


 刀身をじっと見つめる。骨董品こっとうひん鑑定士かんていしに似た目つきだ。しかしすぐにめまいに襲われた。その場に座りこんでしまう。


「お、おい! 大丈夫か!? 言わんこっちゃない、やっぱりすぐに救急車を——」

「……おっさん、車乗せてくれる? うちに帰る」

「か、帰るって、立てもしねえのに、なに言ってるんだよ……」

「だから、帰る」

「まずは病院に行かないと」

「うちに帰った方が、いいんだよ。ほんとうに大丈夫だから」


 いたって真面目に、強がりでもない様子で言っている。どうやら、自宅に救急車や病院よりも効果的な治療法があるらしい。


「そもそも怪我、そんなにしてない。ちょっと疲れただけだよ」

「アザとすり傷がひどいが……。本当に大丈夫なんだな?」

「アザとすり傷しかないから、これくらいすぐに治る」

「わかった。まあ、直之もよく怪我をしてたが、自宅に帰れば一晩でケロッと元気になってたからな……」


 ふたりは、フロントガラスにヒビが入った車に戻った。須賀は、車に備えつけの警察無線で、後片付あとかたづけの要請をした。



「なぁ……」運転中の須賀が、後部座席に声をやる。「おまえすごいよな。あんなに軽々と飛んだと思ったら、こんどは岩みたいに落ちたりして。風の能力ってのは、なんでもできるんだな」


 秋はこたえない。目をつむって、居眠りをしているようにも見える。


「あ、あれか? 魔法みたいなもんなのか? ほら、シャバだとよく、い、異世界ナントカってのが流行ってるだろ? うちのガキもそうゆうのが好きでな」

「流行りは知らない」めんどくさそうな秋の口調だ。「この能力ちからは、母さんがいるから使えるんだよ。おれひとりだと、なにもできない」

「かすみさんの母としての想い。それと、火守りとしての祈りの強さ。加えてその剣術に、風の異能力……。向かうところ敵なしだな」

「学校にはいけないけど」

「んなもの」須賀は、心地よく笑う。「行かなきゃ行かないでいい。自分らしい生き方をしてりゃいい。自分らしく、だれかを幸せにできりゃそれでいい。学校以外に居場所があるなら、そこを大事にすればいい」


 秋は答えなかった。須賀は心配して、バックミラー越しに顔色をうかがう。——機嫌をそこねたわけではなさそうだ。


「直之、剣術の覚えが早いって、よく言ってたぞ。将来が楽しみだって。現にいま、相当に強いじゃないか」

「十年前にいまくらい強かったら良かったよ」

 

 車は、しばらく田舎の山道を走った。たまに少しの住宅街とコンビニや、明かりの消えたガソリンスタンドなどを過ぎる。線路沿せんろぞいの道に出てしばらく行くと、左手に無人駅が見えた。


「おっさん、止めて、駅」


 無人駅を見ながら、唐突に秋が言う。


「なんだ?」

「いる」

「悪魔か?」

「悪魔と、悪魔祓いがひとりずついる」

「わかった、いま行く」



 無人駅の明かりは、どうも気味がわるい。須賀はそう思いながら、虫がう待合室の中を確認する。しかし、だれもいない。線路沿いのホームを確認。ここにもだれもいない。秋が離れの場所にあるトイレを見た。


「あっちだ」

「おう……」


 秋も柄に手をかけ、すぐに抜けるようにしながら歩いた。かすかな声が聞こえる。男の苦しそうな声。トイレの裏、明かりが届かない暗い場所から聞こえる。肉を包丁で何度も突き刺すような音も。


「なんか……、寒くないか」須賀が言う。


 夏の夜に、冷凍庫のそれに似た冷気を、ふたりは肌で感じている。


 歩を進める度に冷気のみなもとに近づいてゆく。弱った男の声と、肉を突き刺す音。須賀は、腰から小さな懐中電灯かいちゅうでんとうを取り出し、秋の前に左腕を伸ばした。おれがさきに行く、とポーズをする。右手に拳銃を構え、それを左の手首で支えながら懐中電灯で前を照らす。


 すぐそこだ。かなり近い。


「おい、なにしてる!」


 懐中電灯の明かりは、ふたりの人物を照らした。ひとりは、黒髪のロングストレート。高校の制服すがたで膝丈のスカート。丈長の白ソックス。通学用の黒い革靴。切れ長の目。優等生らしいメガネ。スッと高い鼻。


 いかにも真面目で清楚せいそな女子高生だ。腰には二刀のさやが見える。二刀流の使い手だろうか。

 

 女子高生の刀は、動けない男の胸を何度も、何度も突き刺していた。その男は両膝を地面につけ、手はトイレの外壁に固定されている。手足を拘束しているのは、白霧をただよわせる氷の塊——。


 彼女は振り返った。その冷徹無比な眼差まなざしは、歴戦の刑事の背筋など、たやすく凍らせるものだった。



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