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刀闘記  作者: 燈海 空
天童風龍 篇
74/97

ー肆ー


 津達は獣のようにうなる。まだ折れていない左腕のトンファーを、乱暴に振りつける。怒り狂った猛獣のように攻撃してくる。それを落ち着いていなす。腕が疲れたのか、津達の攻撃間隔こうげきかんかくがひらいた瞬間があった。そこを逃さぬよう、真下から切り上げる。


 津達は上半身をうしろにる。きっさきがあごをかすめる。白い髭が何本か散る。


 紫の血管が脈打つ。表情が変わる。背中から、翼が生えてくる。純白の翼——羽毛を蓄え、天使のそれのよう。血管が見えないはずの白羽はくうには、紫の血管が枝分かれして走る。どこか神々しく、しかし禍々《まがまが》しい。


「立神、たちがみ、タチガミ!」


 不協和音だ。人間らしさは——ない。


「コロしてやル!」


 ごろごろと雷鳴が鳴る。

 秋は音のほうを見た。

 いままでなかった景色がそこにあった。

 巨大な雲。

 ドーム状の雲が、ビルの群れを丸ごと呑みこんでいる。


「ハジマッタ、ハジマッタ——」


 覚醒した津達は笑う。トンファーを投げ捨て、両手を空にした。黒く、鋭い爪が指の一本ずつ生えてくる。この世の終わりを抱きしめるように、両腕を大きく広げる。


「アメ、アメ、ふれ、フレ、ハハハ!」


 バーのマスターをしていた面影はない。もはやただの怪物だ。雪の白さに染まった皮膚には、紫の血管が派手に浮きあがって、どくどくと脈をうつ。

 

 頭部からは銀色の二本角が天に向かって伸びる。かたちは猛牛のそれに似ている。白羽の翼が大きく広げられると、それだけで暴風が吹き荒れた。ほこりが舞う。

 

 ——黒い軍用ぐんよう車両が何台か止まり、あわただしくドアが開いた。討魔分隊だ。彼らは円形の陣をとり、津達を囲んだ。


 闘いに夢中で気づかなかったが、ここは、普段は人通りの多い交差点だ。通行人たちはほとんど逃げている。物好きなのか、命知らずなのか、こちらにスマホを向ける野次馬やじうまが数人いるが。


「白魔、確認。討伐許可を」

「タチガミゴロシの邪魔すんナァァッ!」津達は地面すれすれを高速で飛ぶ。


 ひじを引いてから、移動の勢いにのせて腕を突き出す。隊員の腹に手を穿うがった。貫通し、血がたまる。

 

「なんだあれ、普通の悪魔じゃないぞ」隊員のひとりがおののく。

「おまえらじゃ無理だ、逃げろ!」


 秋が声をあげる。

 しかし、その声は隊員たちの怒号にかき消される。


「かかれ!」


 討魔分隊は波状攻撃を仕掛けた。ひとりは足で蹴られ、それだけで息絶える。次の刀が津達の腕に当たる。


「こ、こんなに皮膚が硬いのか!?」


 攻撃がとおらず、あわてる隊員の顔が殴られ、死体が人形みたいに転がる。


「コロシ、愉しいナァ! 雨のヒ、コロシの後に飲むカクテルはレイニーブルーにキマッテル!」


 津達はよろこび、向かってくる隊員らをなぎ倒す。


「やめろ!」秋が斬りかかる。

「アア……、ソウダ、タチガミをワスレテタ」

 

 口が裂けそうなほどの笑顔を見せるその顔は、すでに獣そのもの。津達は乱れ切っていた。ある意味では、とても整っていた。人を殺すという、純粋な欲求によって。


 津達は左腕を胸に引き寄せ。

 いきおいよく振る。

 振られた腕から風切り音が鳴り。

 秋は刀で受けたが吹っ飛ばされ、

 ビルに背中を打ちつける。

 一秒と待たずに白翼は飛び。

 獣の足が、秋の上半身を蹴りこむ。

 ニヤつく津達の足が、

 秋の肋骨から離れる。

 

 意識が——

 遠く——


「秋!」かすみの声。

「何しとる! 起きんか!」銀次の声。

「須賀の、神木を!」

「は、はい!」

「かあ……、さん? おっさん……」

「タチガミ殺ス!」

「じい、ちゃん」

「ハハハ! 倒れてる! 倒れてヤガル! 血を流して肺はツブレテいるか!? シネ、タチガミは死ね!」


 秋の髪の色が変わった。翡翠の色だ。津達はその頭をわしづかみ、釣った魚みたいに持ちあげる。

 

 その手首を、秋はつかんだ。みしみしと音が鳴り。津達の骨肉が潰れる。


「アアアア! 痛い、痛イイッ!」

「澪が待ってるんだ。おまえにかまっていられない」


 刀が津達の左肩を抜け。

 左腕が離れて飛ぶ。

 しかし亡くした腕は、一秒と経たずに再生する。


「斬ってだめなら蹴る——父さんの教え」


 秋の蹴りが腹に大穴を開けた。背骨と血肉が、散弾のように飛び散る。その穴に刀が入り、上に切り上げる。津達の頭は、縦に二等分された。

 

 それでも彼は、両手で頭を押さえつける。

 ふたつになった頭を、なんとかくっつけようする。



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