ー肆ー
津達は獣のようにうなる。まだ折れていない左腕のトンファーを、乱暴に振りつける。怒り狂った猛獣のように攻撃してくる。それを落ち着いていなす。腕が疲れたのか、津達の攻撃間隔がひらいた瞬間があった。そこを逃さぬよう、真下から切り上げる。
津達は上半身をうしろに反る。きっさきがあごをかすめる。白い髭が何本か散る。
紫の血管が脈打つ。表情が変わる。背中から、翼が生えてくる。純白の翼——羽毛を蓄え、天使のそれのよう。血管が見えないはずの白羽には、紫の血管が枝分かれして走る。どこか神々しく、しかし禍々《まがまが》しい。
「立神、たちがみ、タチガミ!」
不協和音だ。人間らしさは——ない。
「コロしてやル!」
ごろごろと雷鳴が鳴る。
秋は音のほうを見た。
いままでなかった景色がそこにあった。
巨大な雲。
ドーム状の雲が、ビルの群れを丸ごと呑みこんでいる。
「ハジマッタ、ハジマッタ——」
覚醒した津達は笑う。トンファーを投げ捨て、両手を空にした。黒く、鋭い爪が指の一本ずつ生えてくる。この世の終わりを抱きしめるように、両腕を大きく広げる。
「アメ、アメ、ふれ、フレ、ハハハ!」
バーのマスターをしていた面影はない。もはやただの怪物だ。雪の白さに染まった皮膚には、紫の血管が派手に浮きあがって、どくどくと脈をうつ。
頭部からは銀色の二本角が天に向かって伸びる。かたちは猛牛のそれに似ている。白羽の翼が大きく広げられると、それだけで暴風が吹き荒れた。ほこりが舞う。
——黒い軍用車両が何台か止まり、あわただしくドアが開いた。討魔分隊だ。彼らは円形の陣をとり、津達を囲んだ。
闘いに夢中で気づかなかったが、ここは、普段は人通りの多い交差点だ。通行人たちはほとんど逃げている。物好きなのか、命知らずなのか、こちらにスマホを向ける野次馬が数人いるが。
「白魔、確認。討伐許可を」
「タチガミゴロシの邪魔すんナァァッ!」津達は地面すれすれを高速で飛ぶ。
肘を引いてから、移動の勢いにのせて腕を突き出す。隊員の腹に手を穿った。貫通し、血がたまる。
「なんだあれ、普通の悪魔じゃないぞ」隊員のひとりがおののく。
「おまえらじゃ無理だ、逃げろ!」
秋が声をあげる。
しかし、その声は隊員たちの怒号にかき消される。
「かかれ!」
討魔分隊は波状攻撃を仕掛けた。ひとりは足で蹴られ、それだけで息絶える。次の刀が津達の腕に当たる。
「こ、こんなに皮膚が硬いのか!?」
攻撃がとおらず、あわてる隊員の顔が殴られ、死体が人形みたいに転がる。
「コロシ、愉しいナァ! 雨のヒ、コロシの後に飲むカクテルはレイニーブルーにキマッテル!」
津達はよろこび、向かってくる隊員らをなぎ倒す。
「やめろ!」秋が斬りかかる。
「アア……、ソウダ、タチガミをワスレテタ」
口が裂けそうなほどの笑顔を見せるその顔は、すでに獣そのもの。津達は乱れ切っていた。ある意味では、とても整っていた。人を殺すという、純粋な欲求によって。
津達は左腕を胸に引き寄せ。
いきおいよく振る。
振られた腕から風切り音が鳴り。
秋は刀で受けたが吹っ飛ばされ、
ビルに背中を打ちつける。
一秒と待たずに白翼は飛び。
獣の足が、秋の上半身を蹴りこむ。
ニヤつく津達の足が、
秋の肋骨から離れる。
意識が——
遠く——
「秋!」かすみの声。
「何しとる! 起きんか!」銀次の声。
「須賀の、神木を!」
「は、はい!」
「かあ……、さん? おっさん……」
「タチガミ殺ス!」
「じい、ちゃん」
「ハハハ! 倒れてる! 倒れてヤガル! 血を流して肺はツブレテいるか!? シネ、タチガミは死ね!」
秋の髪の色が変わった。翡翠の色だ。津達はその頭をわしづかみ、釣った魚みたいに持ちあげる。
その手首を、秋はつかんだ。みしみしと音が鳴り。津達の骨肉が潰れる。
「アアアア! 痛い、痛イイッ!」
「澪が待ってるんだ。おまえにかまっていられない」
刀が津達の左肩を抜け。
左腕が離れて飛ぶ。
しかし亡くした腕は、一秒と経たずに再生する。
「斬ってだめなら蹴る——父さんの教え」
秋の蹴りが腹に大穴を開けた。背骨と血肉が、散弾のように飛び散る。その穴に刀が入り、上に切り上げる。津達の頭は、縦に二等分された。
それでも彼は、両手で頭を押さえつける。
ふたつになった頭を、なんとかくっつけようする。




