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刀闘記  作者: 燈海 空
東京雷鳴 篇
70/98

ー拾陸ー


 助走をつけて、リクは二階の窓から飛んだ。人喰いたちの群れを軽々超えて、西威に一刀を見舞う。


 金属の音。

 ばりっ——と電撃の音。


「いいね、しびれるね、柄を握る手が危ういよ」


 とっさの抜刀して、リクの太刀を止めた西威はおもしろがって笑う。


「こっちはマジだ。笑ってんじゃねぇ」


 鍔迫り合いのなかで、リクはぐっとにらみつける。機を逃さぬよう、ルイの錫杖が炎をまとって西威をねらう——しかし簡単に躱されてしまう。距離はとられたが、会話はできそうだ。


「きみはぼくとろうか」西威はリクを見て言った。次にルイへ視線を流し、「巫女のきみには、人喰いの群れをプレゼントしよう」


 菓子をむさぼっていた人喰いたちが、全員ルイを見た。ぞぞろ、ぞぞろ、と足を引きずって、こちらへ来る。


「ルイ!」リクが叫ぶ。

白魔あいつに集中して!」


 雨筋を斬り裂きながら、雷切は西威の首をねらう。無色透明の蛇が刀身を噛んで太刀筋を止める。電撃を食らった蛇はしびれ、脱力。


 西威も刀を振るう。風切り音を吹鳴ふきならす刀身は、リクが持つ鞘に受け止められる。鞘から刀身、刀身から柄へと電撃がはしる。


「おっと、けっこう効くね、きみの雷」


 まるで熱いものを触ったあとみたいに、西威はしびれた手をぶらぶらと振るう。靴が濡れた地面を蹴り、雨水が跳ねる。無色透明のヘビがリクの太刀を受け止める。電撃が蛇頭を焼く。枯れたつるのようヘビは力を失う。


 雷とヘビ、

 刀と刀、

 覇気と邪気が、

 止めどなくぶつかる。

 たがいの牙と牙が——

 紊乱びんらんに火花を散らす。


「ルイ、生きてるか!」闘いながらリクが叫ぶ。

「大丈夫——っ」錫杖で人喰いを殴りながら答える。


 西威はいったん退がって距離をとる。リクは距離を詰めようとする。瞬間——地面から湧いて出た何匹ものベビがリクに絡みつく。


「んなっ!」リクは地面に叩きつけられた。腕、肩、足、首——身体の可動部のすべてを拘束されてしまう。


「リクっ!」ルイは助けに入りたいが、人喰いがそうさせない。「——立って!」

「動けるかい?」西威はゆっくりと歩み寄る。「最初に言っただろう? 遊ぼうかって、ね。殺すつもりで刀を振るなら、こちらも、それなりの対応になってしまうよ」


 西威は雷切をうばって、リクの肩に刀を突き刺した。刃は骨を貫通し——アスファルトに穴を穿つ。


「うああっ!」

「リク!」ルイが叫ぶ。


 西威は刀の柄から手を離した。

 前髪をかきあげて笑う。


「羅姫、見てるかい? きみは大人しくていい子だ」


 応えるように雷鳴が轟く。

 雨足が強くなる。


 ——瞬間、 西威の左腕が飛んだ。とっさに飛び退き、それでもかわし切れなかった攻撃を腕で防ごうとした。


「きょうは仁隊長と別行動だからきげんがわるいのよゲスヘビハクマさっさと死ね」


 目にも留まらぬ速さで現れ居合斬りを放ったのは覇南彩音はなみあやね。右膝を折り、左足をうしろに投げて、腰を低く。刀を振り切った腕を、ぴんと伸ばしたきれいな姿勢。ピンクのツインテールが雨に濡れて重くなる。


「火ノ花町」


 そう言って彩音は納刀のうとう——柄頭つかがしらにぶら下がる大粒の数珠がちゃり、と鳴った。


「あのグラウンドで暴れた大蛇は、あんたが産んだ。そうでしょう?」

「おや、それはそれは、過去をむし返すのかい? あまり気分がよくないな」


 斬られた西威の片腕に、ヘビがわらわらとまとわりつく——。しばらくすると腕はなにもなかったように再生して、もとどおりになった。


「はっ」彩音は唾を捨てるように顔を横にやった。「感情を持たない白魔が、気分の話をするわけ? ばかみたい」


 リクの肩に刺さっている雷切を、彩音は抜いた。手のひらに、びりっと静電気がはしる。


「なによ、ろうってんじゃないんだから、すこし大人しくしなさいよ、ら、い、き、り」

「楽しかったよ、雷犬くん。また、どこかで——」


 去ろうとする西威を追おうとしたが——彩音はできなかった。いま一度、自慢の居合で斬りつけようとしても、空の龍が黙っていない。ひりひりと肌に焼きつくような殺気を龍雲から感じる。


「もっかい斬るなら、あんたを雷で殺す、ってか——ほんとムカつく!」彩音は歯をきしり、地団駄じだんだを踏んだ。「西威あんなのを先輩だなんて死んでも呼ぶかっての」


 人喰いの包囲網ほういもうも、急に興味を失ったかのようにその場から散っていく。西威がいなくなったとたんに、これだ。


「も、もしかして終わった……?」ルイが錫杖を地面に突き立てて、息を整える。「し、しんど——」


 それよりもリクだ。


「いま治すから」駆けつけて、ルイは治癒術ちゆじゅつを唱える。緑色の光が、穴の空いた肩を包む。


「わりぃ、ざまあねぇな」

「——これは、ちょっとえぐいね。完治までちょっと時間かかるかも」

「ねぇ」彩音が近づいて言った。「生存者、いんの?」


 ゲームセンター二階の窓から、店主てんしゅが顔を出して叫ぶ。


「おい! なんかよくわからんが、ひとまず安全になったなら、こっちに来てくれよ! またどうせ悪魔なり襲ってくるんだろう!?」

「だって」彩音がめんどくさそうに言った。「とりあえず、ゲームセンターで待機か」


 よろよろの全身をどうにか立たせて、リクは歩きだす。その肩をルイが支える。


「あんた、なにしに来たんだよ」

「あら、失礼しちゃう。命の恩人だよ?」

「それはわあってる」

「あの龍の偵察——といっても肉眼で見たら、なおのこと意味不明になったわ」


 するとリクは、彩音の顔をじっと見た。


「腹は?」

「は?」

「だから、減ってねぇのかって」

「ちゃんと食べてきたわよ。おにぎり三つと、サラダチキンふたつ」

「なら、大丈夫か」

「——なによ」

「雨にうたれてから腹が減ると、ああなるからさ」

「げ——」彩音はあからさまな顔で、「あんた、だめじゃん」

「あ?」

「だって燃費わるそう」

「燃費って……」


 その数分後、三人はゲームセンターのなかでカップ麺をすすった。



「そうだ——」


 ふと思い出したように、ルイはポケットのスマホを取りだした。藤次からのメッセージが残っていた。


《そこらじゅうで悪魔が暴れている! 睦月むつき一月いつき栞菜かんなとぼくは、この教会で優香さんと美鈴みすずを守る! リクを頼んだぞ! かならずに生きて帰ってこい!》


 スマホに目を落とすルイの表情は、心配一色に染められていく。


「みんな……」

「いまは自分の心配をしなさいよ」彩音が箸でルイを指した。「ほら、食べる」

「ぼくら、どうしたら出られるんでしょうか」

「さぁ、知らない」

「知っててここに来たんじゃ——? もし出られなければ、あなたは分隊にとって捨てごまみたいじゃないですか」

「分隊にとっちゃ、全隊員が捨て駒よ。なくなったら補充——」彩音はずるずる、とラーメンをすする。「ともあれ、わたしは龍の白魔を斬るつもりだったわよ。でも無理っぽいから、待機中」


 青いベンチで寝ているリクが、天井を見たまま口を開く——


「討魔分隊が、なにひとつ知らねぇわけねぇ」

「——ま、そのとおりだけど」

「なにを知っているんですか」ルイが言った。

「うーん。そうね。雲を吹き飛ばすには風が必要——ってことを、わたしは知っている」

「それだけ?」ルイは困り笑顔をする。

「なによ、十分じゃない。文句ある?」


 おかわりー、と言って彩音は席を立った。秋、そしてシキの顔を思い浮かべながら——、リクは目を閉じた。

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