表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刀闘記  作者: 燈海 空
風銀立神 篇
7/14

ー陸ー


「やだ……、やめて……、ヤメテクれ……」


 どうしたことか、不自然に生えた巨腕がぼろぼろと剥がれ落ちるように、塵と化していく。


 ほぼ人間のすがたに戻ったカズマが、目の前にいた。秋はためらった。


 急接近する車両の音が聞こえる。

 双眼のライトがこちらを照らした。


「秋、迷うな!」


 運転席の窓を開けて須賀すがが叫ぶ。いままで、血の気が引く想い闘いを見守っていたが、決着をさとり、近くまで駆けつけた。


「ああ……!」


 人間のすがたに戻りかけているカズマは、あわてて自分が放り投げたバイクのところまで駆け寄り、両手で持ち上げる。またがって、エンジンをふかす。塗装とそうはボロボロにがれ、所々がへこんでいるがエンジンは生きていた。


「くそっ……!」


 すぐに、カズマを斬ろうと駆ける。しかし相手は、ほぼ人間だ。迷った。良心が足を遅らせる。心がかぎなわで引っ張られるような感覚が襲う。二輪は——すでに道を転がり始めている。


 このまま逃してしまえばいずれ躰を治し、だれかを襲う。それだけは避けねばならない。


 エンジン音と共に、カズマが離れてゆく。

 刀はもう届かない。


「秋、乗れ!」


 須賀は運転席から叫ぶ。

 その声で秋は、我にかえった。

 車のボンネットに飛び乗る。

 フロントガラスを手のひらで叩き、出せ! と合図をした。

 

 後悔した。

 すぐに斬るべきだった。

 でもはじめてだった。

 悪魔が人間にもどろうとする瞬間など、遭遇したことはなかった。


 ——まだチャンスはある。

 心を殺して、事態を終わらせろ。


 車のタイヤが煙をはく。アスファルトを焼きながら、セダンは急発進きゅうはっしん


「落ちるなよ!」


 峠道では、四輪のほうが不利だ。須賀の追走——その甲斐あって、朧火のように揺れるバイクのテールライトを、フロントガラス越しに確認できてはいるが、あと三十メートルの距離をちぢめられない。


 秋は手のひらに吸い込みの風を発生させ、車のボンネットに吸着きゅうちゃくさせて、はりついている。いくら車に揺さぶられても落ちる気配がなく、姿勢は安定している。


「おっさん!」強い風に吹かれながら秋が叫ぶ。「直線だ、直線までもってくれ!」


 タイヤはいくども摩耗まもうし、カーブの度に悲鳴ひめいと白煙を散らした。道を曲がる度にバイクのすがたが見え隠れする。


 やっと、長い直線が見えた。

 カズマは右手を思い切りひねる。

 バイクはさらに加速。

 須賀の右足が、アクセルペダルを深く蹴りこむ。

 バイクまであと十メートル。


 両足をフロントガラスに押しつけ、しゃがみ込む。離陸体制りりくたいせいと呼ぶにふさわしい格好。機を逃さぬよう、思い切り、ガラスを両足で蹴る。須賀の視界にヒビが入る。


 秋は一直線に、レーサーの背中を追って飛んだ。ツバメのように、バイクの速度よりも速く。相手を追い越しながら、刀は水平に、人間とも悪魔ともつかない躰を裂いた。



 車が横滑りをしながら止まる。須賀は運転席からあわただしく降りた。仰向あおむけに倒れる秋に駆け寄る。かなり取り乱しながら。


「秋、大丈夫か! おい!」


 目をつむり、ぐったりと倒れている秋の顔はすり傷だらけだ。腕や足にも、相当な数のアザがある。須賀は、秋の上半身を抱き起こした。


「いま、救急車呼ぶからな、待ってろ、死ぬな!」


 左腕で秋を抱えながら、右手はシャツの胸ポケットに。あわてて携帯電話を取り出そうとする。


「おおげさだよ、おっさん……」


 あたふたする須賀の腕に抱かれながら、ぼやっとした秋の声が。


「どっか骨折こっせつしたんじゃねぇのか? 痛むところは?」

「大丈夫。あいつ斬ることしか考えてなかったから、受け身の風を呼ぶの、忘れた……」 

「すまねえ、おれが邪魔をしたせいだ」

「いや……」


 秋は上体を起こそうとした。しかし思うように力が入らない。けっきょく、おっさんの腕に躰をあずけることに。


「おれが迷ったせいだ。悪魔は斬らなきゃいけない。人間の面影おもかげなんて、感じたらいけないんだ」


 一度、悪魔になった人間は二度と戻らない。 

 逃して新たな被害者を生むか。

 斬って終わらせるか。

 その二択しかない。

 

 たとえ、人にもどろうとあがいているすがたを見たとしても、刀は悪魔それを斬るためある。


「悪魔は——悪魔」


 秋は言って、前歯でくちびるを噛んだ。どうして迷ったのか。どうして良心なんかを起こしたのか。自分の頬を殴ってやりたくなった。


「だが、そうなる前は人間だった。おまえは、なにも狂っちゃいないさ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ