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刀闘記  作者: 燈海 空
東京雷鳴 篇
66/96

ー拾弍ー


 リクは人混みにかまわず、澪の名前を呼びつづけていた。


「澪さん、澪!」


 通行人の視線、ほとんどの視線がリクにあつまった。クスクスと笑う若い娘、SNSのネタになるとでも思ったのか、スマホのカメラを向ける若い男もいる。すると群衆の中から、派手なシャツ——えりを立てた男がふたり近づいてきた。


「あんちゃん、みおってうちの組長の娘さんの名前じゃねぇか」

「澪!」


 リクは無視する。


「おいテメェ、兄貴の話、聞いてんのか」


 もうひとりの、細身で子分らしい男が言った。


「あ?」リクは強い形相でにらみ返す。「かんけえねぇだろ、ひっこんでろ」

 

 ひっ——! ヤクザの子分はひるんだ。


「おい」兄貴が子分の肩を叩く。「こんな《《バンダナ坊主》》にビビってるようじゃ、光龍会こうりゅうかいの家紋がすたっちまう」

「す、すいやせん兄貴」


 子分はペコペコと頭を下げ、もう一度リクにメンチを切り直す——。


「おうおう、あんちゃん。組長の娘さんを呼び捨てにするとはどういう了見だよぉ? ああぁあ?」

「それでこそおれの舎弟しゃていよ」

「かまってらんねぇ……」


 かんちがいだと説明するのもばからしい。リクは歩き出そうとした。しかし、兄貴分のヤクザが肩をつかんできた。


「説明せえや。なぁ、みおさんとどういう関係だよ」

「それどこじゃねぇって、言ってんだろ」


 ヤクザの手首をリクの手がつかんだ。とたん——ヤクザの全身に電撃が走る。大きくけいれんし、足から崩れ、その場に倒れてしまう。


「あ、兄貴!」

「か——はっ——」兄貴の全身はしびれている。


 まわりの群衆の目からは——リクがなにかしたようにも見えたし、ヤクザが勝手に倒れたようにも見えた。次第に野次馬が増えて、リクを囲みはじめる。


「くそっ、どいてくれ!」


 リクは群衆の壁をかき分けた。なんとかして、人混みの外側にたどり着いたが——目の前にひとりの警官が立った。


「ちょっときみ、あれ、きみがやったの?」

「ちげぇ、あいつが勝手に倒れたんだ」

「ほんとうかねぇ」警官は怪しんでいる「なにか、スタンガンみたいなものを持っているんじゃないのか? 躰をあらためさせてもらうよ。ほら、バンザイして」


 リクは舌を打ちながらも、仕方なく従った。無理やり逃げて、警察に追われでもしたら、それこそ澪を探すどころじゃなくなる。ベタベタと全身を触られながら——大型の街頭がいとうモニターを見た。正午からはじまるバラエティ番組が映る。


 リン。

 鈴の音。

 リン。

 白髪の頭が見えた。背がちいさい。子供だろうか。


「うーん、なにも持っていないね」


 警官が立ち上がった。


「どいて」


 ちいさな女の子の声。警官は振り返る。


「お? おやおや——」目線が下がる。「そんな格好で、どうしたの?」


 白無垢しろむくの少女。

 その手には神楽鈴かぐらすず

 群衆の興味も少女にあつまる。


「かわいい、なにこの子」若い女の声。

「ロリコン大歓喜じゃん」携帯を向ける、若い男。

「きみね、髪もまっしろで、赤いカラコンかな? しかもこんな着物すがたで。もしかして動画でも撮ってるの? こうゆうドッキリは公共の場では禁止されているから。わかる? こーきょーのば——もし大人の命令なら、その人、お巡りさんに会わせてくれる?」


 白無垢の少女は、もう一度「どいて」と言った。

 空に雲がかかった。

 灰色の雲。

 あたりは暗くなり。

 雷鳴が轟く。

 一筋の雷が警官を脳天から裂いた。

 

 その衝撃はリクを突き飛ばす。散った血液と砕けた骨が追うように飛んでくる。群衆は悲鳴と狂気の喧騒を鳴らした。逃げる者。叫ぶ者。スマホを手放さない者。


 少女は血と焦げで赤黒くなったアスファルトを踏み、歩き、リクのそばに立った。


「おまえ——」

 

 リクの目はまばたきを忘れた。

 少女は、空を見上げて言った。


「もう、お腹空かないね——だれも」


 黒みがかった片時雨かたしぐれが、しずかに降りはじめる。

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