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刀闘記  作者: 燈海 空
疑心六感 篇
52/97

ー拾伍ー


「——ま、まぁ、田舎は? たしかに? く、空気がうまいし? それに、そ、そう、米もうめぇ! 水もうめぇ……」


 澪のしゃくに触ったのを察したリクは、あわてて訂正ていせいする。


「こめ、うめぇ! みず、うめぇ! おんぶちゃんもうめぇ?」


 美鈴みすずは、澪と秋のあいだの椅子に座った。しかしおさない顔はテーブルの高さに対して、鼻から上しか見えていない。いつもは高さ調節用ちょうせつようの座クッションを使っているので、それがないと座高ざこうを確保できない。


 リクが席を立った。食堂のすみにあるカラーボックスからみすずようざクッションを手に取る。


「美鈴、ほら」


 美鈴みすずはキャッキャと浮き足立あしだっている。リクが眼中にない。悲しくも無視されている。


 わりに澪がクッションを受け取った。リクは軽くお辞儀じぎをする。


 生唾なまつばを飲みこみながら席にもどる途中、エアコンの冷風が直接、澪に当たっていることに気づいた。リクは壁のリモコンを操作して、風向を変えてから席につく。


「美鈴ちゃん? これ置いて座らないと、ご飯食べられないよ?」

「アイシクルーゼのクッション! ありがと、みーちゃん!」


 真四角ましかくの固いクッション——そのカバー生地には、氷の能力を使う女性のヒーローが描かれている。


「おまえは?」


 秋が急に言った。すっかり眠っているものだと思っていたリクは不意をうたれる。質問の意味を理解するのに数秒すうびょうかかった。


「カミナリ」

「ああ……」

「ビリビリするやつだよ」

「それくらい、わかる」

「風の能力は、なにができんだよ」

「なにって——」


 交互こうごに言葉を交わすふたりの口元を、澪と美鈴のコンビが顔をリク、右《秋》、リク、右《秋》、と動かして追う。


「悪魔を倒せる」

「——んなの当たり前だろ。技とか。闘いかた」

「風が吹く」


 そりゃまぁ、そうですよね。風の能力はそうですよね——あまりに普通の答えだったので、リクは返事に困った。妙な沈黙が、空間を染める。


「——おい、どうした。食堂しょくどう雰囲気ふんいきが暗いぞ。もうすぐフェアリーランドグリーンカレーが完成するというのに。これではスパイスの国の妖精が逃げてしまう。カレーの旨味うまみが減ってもいいのか?」


 藤次とうじが部屋に入ってきた。麦茶入むぎちゃいりのプラスチックポットと、数個すうこのグラスが乗ったお盆を持っている。


書斎しょさいの方がさわがしかったが、リク、なにか知らないか?」


 藤次はグラスを一個ずつ、置いてまわる。目の前にグラスが置かれると、みおしゅうは軽く頭を下げた。


「おれはしらねぇよ。ティンカーベルを探してた」

「そうか。おそらく双子が闘っていたというのに。優香さんの精神状態になにかあったのなら《《こと》》だぞ」

栞菜かんなとルイがいるから、加護力かごりょくは心配ねぇんじゃね?」


 すると突然、リクは前のめりになった。

 下からにらむような目線で秋を見る。


「おまえ——加護力はだれからもらってんだよ」

「寺……」

「火守りか?」

「それが普通だろ?」

「——そうだな。それが……普通」


 リクの顔がくもった。


「つまり、きみ——秋くんは、お母さまから加護力をいただいている、ということかな?」藤次が言った。

「むしろ、火がいらない悪魔祓い、はじめて見ました」

「世は不思議なもので、加護力といっても様々なかたちが存在する。むしろ巫女から加護力を得ているのは普通なほうだ」

「普通なほう?」澪が首をかしげる。

討魔分隊とうまぶんたい——知っているか?」

「地元で会いました」秋が言った。「会ったというか、見ただけというか」

「そうか。討魔分隊の加護については、すこし異質なんだ」


 たしかにあの一小隊いちしょうたいの人数分だけ、寺と火守りがいることは考えにくい、と秋は思った。


「かくいうぼくも、以前は警察の人間だった」

「え——」

「といっても、実際に警官だったわけではない。科学者として討魔分隊の火を管理していたんだ」


 火を維持する、とはよく使う表現だ。しかし管理するとは普通はいわない。


「管理……?」秋は怪訝を隠さない。

「そう、管理だ。もちろん、この話は機密事項きみつじこうだから口外はしないでほしい。きみたちを優香さんと濃いつながりがある人物として、信頼しているからこそ、話させてもらうが——」


 とある地下施設ちかしせつがある。そこには、軽自動車一台分けいじどうしゃいちだいぶんくらいの大きさのカプセルが一分隊いちぶんたいごとに四、五個ずつもうけられている。そのなかで緑色の火がえず燃える。


 その火は分隊員ぶんたいいんの妖刀のつかにぶら下がっている〝数珠じゅず〟をかいして、使用者の力を増幅させる。


「——ぼくは科学者の白衣はくいを着て、その火を燃やすために必要な、火の三角形——可燃物かねんぶつ酸素量さんそりょう熱量ねつりょう、それらを数値化すうちかして管理していた」


 寺と火守ひもり——それとは決定的にちがう無機質むきしつさを感じる。


「そのカプセルには様々なくだがつながっていた。しかしぼくのようなひらの科学者が、ぜったいに触れることが許されない管が、ひとつだけあった」


 リクもその話は初耳だ——と藤次を見た。冷たい麦茶が入ったポットが汗をかき始める。


「その管からは数滴の血液が垂れて、火に落ちていた」


 しずまった食堂で藤次がゆっくり言った。

 全員は悪寒さむけを覚える。


「血? なんで血なんか」


 リクがそう言って嫌悪感けんおかんを表情ににじませる。


「ぼくは、その血の正体をあばこうとした。そのせいでクビになった。すこしの量ではあるが、血が流れている以上、普通のことではない」


 血を流すくだは、とある一室に繋がっていた。その部屋はひらの科学者達のあいだではかずのと呼ばれていた。


「ぼくは、そこに入るための、ゆいいつの鍵である、一等級いっとうきゅうの責任者しか持てないカードキーを盗んでしまった。科学者としての好奇心こうきしんに勝てなかったんだ。——すまない、重苦しい話しをしてしまって」


 ちょうど藤次が言い終えたタイミングで、食堂から礼拝堂へとつづく廊下から栞菜かんなたちの話し声が聞こえてきた。


「きょうカレー? やっば、最高」


 食堂に入ってすぐ、栞菜が言った。重苦しい空気がやわらぐ。


「双子は?」


 藤次がいた。ルイは微笑み、栞菜かんなが片手でOKのサインをつくる。


「よし! 祝勝会しゅくしょうかいだ! ルイ、ワゴンに食器をせるのを手伝ってくれ。リク——ピーターも来てくれ。カレーの鍋と、ご飯が入ったジャーをここに運んでほしい」

「だれがピーターだよ」リクがしぶい顔をする。

「ティンカーベルの相棒あいぼうのことだが——」藤次がひどい真顔で、「まさか、知らないのか、リク! 失望したぞ!」

「そんなことでいちいち失望すんなって」



 ちょうどときをおなじくして。睦月むつき一月いつきは、電車で新宿に向かっていた。りんとシキも、ビルの天辺てっぺんを踏みつけて、夜空をけていく。


 コインには表と裏がある。

 朝陽が昇るならば夜闇はかならず、おとずれる。

 なにかに光が当たれば、かならず影ができる。


 光側の全員が、おなじ場所に集まろうとしている。


 それと同時に——


 闇側の全員が、おなじ場所に集まろうとしていた。





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