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刀闘記  作者: 燈海 空
疑心六感 篇
51/98

ー拾肆ー

 

 優香ゆうかは電話を終えると礼拝堂れいはいどうに向かった。そこには、イエス像の前で片膝かたひざをつき、祈りを捧げるルイと栞菜がいた。


「あ、そっか……。ごめん。睦月と一月のことよね」


 双子への加護力かごりょくが弱っていることに、優香はいま気づいた。巫女の加護力は当人の精神状態に左右されやすい。


「いいのよ。こういうときだってある」栞菜かんなが言った。

「大丈夫ですか?」ルイが笑顔を見せる。「睦月むつきたち、いつもどおり安定していましたから、ケガはしていないと思います」

「ごめん、わたし巫女失格だわ……」


 優香はひたいに手を当てた。


「顔色、わるいよ?」栞菜かんなが自分の長髪を片手ではらう。

「ううん、大丈夫——。ところでふたりは?」


 ふたりとは、みおしゅうのこと。


「いま食堂のほうで待っててもらっています」ルイがうしろを軽く見てから言った。「これからホテルに帰るだけだと言っていたので、せめてご飯だけでも食べていけ——って藤次とうじさんが」

「そう、ありがと。睦月たち、帰るの遅くなりそうだから。ふたりの分——あ、いや、四人分の夜食、作ってもらうように藤次とうじに言わないと」


『四人?』


 ルイと栞菜の声がそろった。


「うん——。溯乃宮そのみや兄妹きょうだい、生きていたの。彼女たち——りんとシキもここに来る」

「うそでしょ? ほんとに溯乃宮そのみや?」栞菜が目を見開く。

「正直に言うと、わたし、あきらめてた」


 優香はイエスぞう一瞥いちべつし、胸で軽く十字架を切った。凛とシキを守ってくれてありがとう——と心で想った。


「あの晩餐会ばんさんかいの前夜に、溯乃宮司教そのみやしきょうが行方不明になって——でもあの兄妹は溯乃宮の自宅にいたのよね? イースのメンバーではあったけど、教会には住んでいなかった。わたしたち、ほとんど会ったことはないけど」


 栞菜かんなが、あごに指を当てながら言った。すると優香がなにかを思い出して口を開いた。

 

「晩餐会当日——溯乃宮の家に行ったの。玄関のドアは開きっぱなしだった。あわてて貴重品きちょうひんだけバッグに詰めこんで、家を飛び出した——そんな感じ。そこにひとりの刑事けいじが」


 刑事という言葉に、ルイの眉がぴくりと反応した。


「カラスみたいな、目つきのわるい男だったけど、わるい人ではないとわかった。彼は言ったわ。イースにはかかわるな——と」


 そして優香はい詰めた。あんたなんなの? だれ? どうゆうこと? ふたりはどこ? 思いつくままに疑問ぎもんを全部ぶつけた。


「江田というその人は名刺を渡してきて、信じろ––––と最後に言ったわ」

「その……、江田さん、今朝けさ会いました」


 おどろいた優香と栞菜の視線が、ルイに刺さる。


「ほんとなの?」優香が言った。

「リクと悪魔デビルを倒し終えたら、道で警官たちに囲まれたんです。そのなかに、ひとりだけ長袖ながそでの刑事さんがいました。ぼくら、喫茶店きっさてんに誘われるようなかたちになって……」

「なにか、かれたの?」


 栞菜かんなが言った。すこし身長差があるので栞菜は若干じゃっかん、下を向いている。


「イースでの人体実験についてなにか知らないか––––という内容でした」

「そ……」


 全員の顔に不穏がただよう。


「実際、わたしたちが知っていることなんて、たかが知れてるじゃない。——もしかして、あの人が、そうなんじゃないか、っていう想像程度の世界よ」


 栞菜が言った。三人の頭には、ひとりの男が影として現れる。

 ええ——ええ。


「ああ、とりあえずやめよ」雑念をきらうように優香は首を横に振った。「秋たち、待ってるのよね」

「澪たち——じゃないの?」


 優香ゆうかが、みお積極的せっきょくてきに関わることから逃げようとしているのを栞菜はするどく察した。


「——そうね、ありがと。ほんと、隠せないわね、栞菜には」

「わたし、後悔してるからさ。お母さんのこと、ちゃんとお母さんって呼べないまま、あの人死んじゃったから。ずっとケンカしてて、だいっきらいだったけど。会えるだけ幸せなんじゃない? って、どうしてか、いまは思ったりするのよね」



 一五畳のシックで洋風感あふれる食堂の中央を占拠せんきょする長方形ちょうほうけいのダイニングテーブル。そのテーブルを、アンティーク調のチェアたちがかこむ。


 藤次とうじは、秋と澪を食堂に案内した。


「もうすぐ夕飯ができるから、そこで座って待っていてくれ。大丈夫、そこの——テーブルにあるロウソクやティーポットが突然、しゃべりだしたりはしないはずだ」そう言って、《《メルヘン藤次》》はキッチンにもどった。


 まずみおがテーブルの中央付近に座った。そのすぐとなりにしゅうが座ろうとする。


「そこは美鈴みすずん席だ!」リクが怒った。


 しかなく秋は、澪からひとり分、席を空けて座った。足を閉じて行儀ぎょうぎよく座るふたりとはうって変わり、リクは大股おおまたを広げ、腕組みをして、なにを見るでもなく真横を向いて貧乏びんぼうゆすりをしている。


「……で、おまえ、なんなんだよ」


 リクが言った。バンダナをいつもより深めにかぶっている。まつげに黒い生地のはしが触れるくらい。


「なんなんだよって、なんなんだよ……」


 秋が返す。いたって無表情に。


「ノウリョク、だ!」


 リクが軽く怒鳴った。その声に澪がビクッと肩をすくませた。それに気づいたリクは、んんっ……!、とのどを鳴らし、目を泳がす。やっちまった、と思ったのか。


「いてっ……」この状況にも眠そうな秋に、澪の平手打ひらてうちが飛んだ。

「なっ……」仲よしかよ! とリクは嫉妬をたぎらせる。

浮楽岩刀ふらくがんとう……」風の能力を示す単語を言って、秋は眠りについた。


 知らない人たちと、もうすぐ食事をしなければならないという状況が、秋にとってはかなりのストレスなのだろう。


 ——人間は緊張をするとあくびが出たりするとこがある。これは、脳が極度きょくど緊張状態きんちょうじょうたいを回避して通常の状態に戻ろうとする作用さようといわれている。この作用が、秋の場合、露骨ろこつな眠気としてあらわれているようで。


「マイペースすぎんだろ……」リクの貧乏ゆすりが激しくなる。こっちはこっちでストレスを逃そうとしている。


 そこに——場の空気をまったく知らない美鈴が「ぶーん!」と、両腕を飛行機ひこうきの翼のように広げ、食堂のテーブル外周がいしゅうを小走りで一周。秋の背後でブレーキをかけ、停止。


 いつもとちがう雰囲気ふんいきのなかでご飯を食べる——美鈴にとってはワクワクの状況だ。


 片手で刀を指差ゆびさし、もういっぽうの手で服をつかみ、秋をらしはじめた。


「——わっ」突然、体を揺らされて目を覚ます。

「これ、おんぶちゃんのやっつけ棒?」

「やっつけ……、棒?」

「うん! やっつけ棒! これでね、リクにーちゃんもね、ムツとイツもね、クロハネバタバタをやっつけるんだよ! おんぶちゃんもやっつけ隊なの?」

「クロハネバタバタ?」

悪魔デビルのことだよ」リクが不機嫌そうに通訳した。

「デビル?」

「あ? デビルって言うだろ普通。あぁ、そっか。田舎の《《あくまばらい》》さんはアクマって言うよな、田舎だもんな」


 あからさまな態度をとるリクに対し、澪が眉をひそめた。

 

「やべ——」リクに緊張感がはしる。




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