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刀闘記  作者: 燈海 空
疑心六感 篇
49/96

ー拾弍ー


「とりあえずアレをかないと」睦月むつきが言った。

「そうだな」一月いつきはゆっくり、悪魔に近づく。「上位魔ハイアーでもないおまえが、どうしてこんな団体行動ができる」


 工場のなかは、一月の声だけがひびく。さっきまでの喧騒が夢だったみたいに思える。


「おまえの能力は、人の容姿をたもちながら、ほかの悪魔に指示を出せる——というものだな?」

「その分、戦闘能力はからっきしだけどねー」睦月が言った。


 一月はさらに詰め寄り、胸ぐらをつかんだ。


「さっきの悪魔たちは––––罪のない人間たちだな? 工場で働いていただけの、なんの罪もない人間だった! おまえらに力を与えた白魔はどこにいる! 答えろ!」

「イワナイ、イワナイぃっ! ヒャハハハァッ——」


 犬歯けんしがやたら長く伸びている口内から行儀わるく飛び散る唾液だえき一月いつきの頬にかかった。それでも気にとめず、怒りと力強い眼光がんこうを依頼主に押しつける。


「あんまり笑ってると、イツ、キレるよ? キレたらおれっちのじゃないくらいから」


 悪魔はいったん、しずかになった。


「てんまさま、ダヨ……」


 一月は胸ぐらを力のかぎり持ち上げた。悪魔は身体をうしろにらせて、四肢ししをダラリと脱力する。腕力のなすままに身を任せている。もうどうでもいいんだよ——と敗北にまみれた全身が言っている。


「もったいぶるな! 言え!」

「イワナイ、イワナイ! カンガエロ、カンガエロ……! だれもが知っている天魔さまのコト、カンガエテおびえろォっ!」


 ——銃声じゅうせいが鳴った。

 緑色の閃光せんこうが工場内を一瞬染める。

 弾丸は悪魔のこめかみに命中。

 塵になったそいつのシャツだけが一月の手に残る。

 睦月むつきはとっさに刀を抜いた。

 左を見る。銃声は左から鳴った。

 一月もシャツを放り投げる。

 暗がりの中からだれかが来る。

 大口のフードを深くかぶっている。

 ノースリーブからは細くて白い腕。

 胸がふくらんでいる。

 女だ。

 

 スカートの丈は短い。赤と黒のボーダーのニーソックス。太腿ふとももにはガーターリング。花弁はなびらったような白黒のミニスカート。

 

 黒い服の胸にはレースの白いリボン。左手には拳銃けんじゅう。腰には刀。彼女の横にもなにかいる。


「ゴスロリ——?」睦月が言った。

「と、犬だと?」一月いつきは、女の横にいる生き物を見て言った。


 かなり大型だ。犬種けんしゅはアラスカンマラミュート。となりにいる少女ひとりくらいならば、ひょい、と背中に乗せて走りまわれそうなほど大柄おおがらの体格をしている。


獲物えもの、取られた。帰ろ、シキ」


 ゴスロリの少女は、大型犬の頭を片手ででながら言った。


「待てりん。ふたりに話を聞いてからだ」


 犬も、しゃべった。若い男の声が犬の口から発せられている。


「は!?」睦月がおどろく。「犬がしゃべった!?」

「おまえたち、所属、どこ」


 凛は銃口をこちら向けて言った。アニメのオーディションを一発で合格しそうな、かわいらしい声。


「人にたずねるときは、自分からだ」一月が答える。

「えと、その前に、ワンチャン、しゃべれるの?」


 睦月の目はいつになく見開いている。犬から目が離せない。


「おれのことはいい」犬——シキが言った。

「わたしはだれのものでもない。この子はわたしの家族。答えた。次はおまえたち。答えろ」


 無感情な声が双子の耳に触れる。


「教会だ」一月が答える。

「イース? なら死ね」


 凛の指は引き金にかかる。

 その拳銃を磁力で取り上げようと、一月が左手を広げる。


「——待て、凛」シキが止める。「ふたりが倒した悪魔たちはイースのがねだろう」

「なら、なぜ、教会?」凛が言う。

「イースから離反りはんした。独立の教会だ」

「そう、なら、敵じゃ、ない」


 リンは拳銃をホルスターにしまう。


「——きみらは、フリーのエクソシストってこと?」睦月があごに指を当て、首をかしげながら言った。

「……すこし話しがしたい」シキが言った。「ここは悪魔あくまくさくて居られない」


 妙な緊張感を保ちながら、みなは外へ。

 シキは犬らしく全身を振るって、あくびをした。

 しかし目は鋭く、振り返って双子を見据える。


「イースの闇を知っているのか?」シキが言った。

「おれたちの知っている闇とおなじなのかはわからんが、そっちが知っている闇とは、なんだ?」一月が言う。

「イースには白魔スノウがいる」

「……いても不思議ではないな」

「おまえら、知らないのか。知ってて離反したと思った」

「おれたちの知っている闇とはちがう」

「こっちは話した。そっちの闇も教えろ」


 シキはおすわりをして、耳のうしろを足でいた。


「人体実験の話だ。むしろ、そっちの方が有名だと思うが」


 一月が言うと、シキの動きが止まった。リンも顔をすこしもち上げた。


「そうか——。離反りはんはおまえらの意思か?」

「おれたちは司教しきょうに従ったのみだ」

「おまえらは、飲んだのか?」


 シキは突然おかしな質問をした。


「飲んだ、って?」睦月が首をかしげる。

「シキ、わかる。こいつら、さるじゃない」


 リンが輪をかけて疑問ぎもんふくらますようなことを言う。


「なんだ? 猿とか、飲んでない、とか……」睦月は顔をしかめる。「もしかして、おれっち、ばかにされてる? そんなに猿っぽいかなぁ……」


 一月は黙って思案を巡らせる。

 ふたつのヒントから、ひとつの答えが。


晩餐会ばんさんかい……」一月が言った。

「晩餐会? あーあったね」睦月が言った。「新宿の教会——みんなを集めて、ご馳走ちそうかこんで。ワインとかジュースとか飲もうっていう、アレ? あれはたしか––––優香ゆうかさんに止められて、おれら、行かなかったんだよね」


 突然——凛がフードを脱いだ。ミディアムの白に近いほど色が薄い金髪きんぱつあらわになる。その毛先はカールしている。前髪は目とまぶたのあいだで、一直線にりそろえられている。小動物っぽい顔は、睦月のタイプにストライク。


(うわ——! めっちゃ可愛いじゃん!)

「おまえ、いま、優香って、言った。優香、司教の、こと?」


 双子は一度、顔を合わせた。


「優香さんのことを知っているのか?」一月が言う。

「……」


 リンは一度、黙る。こぶしを握る。シキはふぁ——とあくびをした。なにか、リラックスできる理由を得たようだ。


溯乃宮そのみやりん

「え?」

「ん?」


 双子は、溯乃宮そのみやという苗字みょうじに聞き覚えがあった。


「イース新宿支部しんじゅくしぶ二大司教にだいしきょう溯乃宮理子そのみやりこの娘——」


 シキが付けくわえた。

 

「お母さん悪魔にされた、いまも、きっと、実験、されてる……っ! 優香、会わせろ! 優香なら、母さんの親友だった、あの人なら、きっと、なにか——」


 双子は呆気あっけにとられる。混乱とおどろきが混じってしかたないが、なにかがここで《《繋がった》》ことだけはわかる。


「つまり、こういうことだ」シキがつなぐ。「おれたちもイースに所属していた。離反し、いまは賞金稼バウンティーハンターぎとしてなんとか生活している。新宿のイースメンバーが全員集結した晩餐会ばんさんかいに出席しなかったのは、おれと凛——そして、おまえら優香組ゆうかぐみの数人だけ。くわしくはあとで話すが——晩餐会で〝水〟を飲んだやつらはみな、人間ではないと思え」


 一月の脳はフルで回転した。ひとりの男が頭に浮かぶ。ええ——ええ、という独特の口癖が耳の奥で勝手に鳴る。


優香ゆうかに電話できるか?」シキが言う。

「もち」睦月が準備をする。

「目の前に溯乃宮凛そのみやりんがいる––––。そう言ってみろ」


 睦月は番号を押して、スマホを耳に当てる。優香ゆうかがいる書斎しょさいにある固定電話のディスプレイには、ムツキと表示された。


「……もしもし、睦月?」


 すこし元気がない優香の声。


「あ、優香さん、ごめん、今、大丈夫?」

「どした? 依頼は大丈夫?」

「うん。やっぱ依頼主、白魔スノウまれてたっぽい」

「そう、なにか情報はつかめた?」

「いや、その前に、ちょっといまさ、わけありで」

「トラブル?」

「うーん、まぁ——とりあえず言うね」


 睦月は一度、呼吸を肺に溜めた。


「溯乃宮凛——って子がいま、目の前にいるんだけど」


 スマホのむこうから、やかましい音が聞こえた。書斎しょさいで尻もちをついていた優香があわてて立ち上がった際に、コードが引っぱられて電話機が床に落ちた。雑音から耳を守るため、睦月はスマホを頭から離す。


 しかし耳から数センチ離れたスマホからも聞き取れるくらいの大声で、優香がしゃべっている。


溯乃宮そのみや!? ほんとうにそう言ったのね!? てか、凛とかわって! あの子、生きてたの!?」


 優香の声は、凛の耳に届いた。こわかったよ、助けてほしかった……、そんな感情が爆発しそうになるのを、彼女はどうにか抑えた。


 拳を握り、震える凛に気づいたシキは、華奢で白い、冷え性のあしに、やわらかく流れるような被毛ひもうをすり寄せた。


「大丈夫だ、凛。やっと前に進める」





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