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刀闘記  作者: 燈海 空
疑心六感 篇
44/96

ー漆ー


「わ、わたしゃす、わたし?」優香ゆうかは、おどろきを隠せない。

「え? ほんとなの? 秋……」


 澪は寝耳ねみみに水といった反応はんのう


「うん……」

「じゃあ、わたし、ずっと自分のお母さんを探すのを手伝っていたの?」

「そうゆう、こと、になる」

「そうなんだ、そっか」


 何時間か前にこの事実を聞いていたら怒っていたかもしれない、とみおは思った。しかし、いまとなっては蚊に刺されたくらいにしか感じない。それくらいに、きょうという一日は色々あった。色々ありすぎて心が麻痺しているみたいだ。


「どうして、わたしを?」優香ゆうかが質問した。

「おれ、霊剥れいはぎをしたいです」


 優香からあふれていた優しい空気が、さっ、と引くように途切とぎれた。


「だめ。あんたが霊剥れいはぎについて、どこまで知っているのか知らないけど。なにかを失うことになるわよ、確実に」


 なにかを失う––––。


「いい? よく聞いて。悪魔はころすべき存在。もう人じゃない。死んだ人間なの。法律上ほうりつじょうも、死んだ人間としてあつかわれる。下手にもどしたいってカッコつけていたら、あんたが死ぬわよ」


 優香ゆうかの言葉は重かった。しかし、しゅう脳裏のうりにはひとつの光景がよみがえる。


《悪魔のいない世界を作って、おねがい》


 青柳梓あおやなぎあずさの母が言った言葉。愛娘まなむすめを悪魔化という悲劇でくし、その命を根元ねもとからったしゅうへ放った言葉——。


「と……、わたしもカッコつけて止めたいところなんだけどね」優香はがっくりとした顔で、「いまは、白魔がいるのよね……」


 白魔は、大した罪はなくとも素養そようさえあれば、その素養ある人物を悪魔に変えている。悪魔になるということは死を意味する。遅かれ早かれ、悪魔祓あくまばらいに狩られてしまう。


 大した罪もないのに悪魔化させられる。


 ——それは。


 大した罪もないのに死罪しざいを言い渡される。


 ——と同義どうぎになる。


「悪魔化する前は大したつみおかしていないとしても」優香は気を切り替えて言った。「悪魔化したのちに、人を殺してまわる。その罪はどうなる? 何人も殺したやつらが、人にもどって普通に生活をする。これがどれほど大変か、考えたことある?」


 悪魔だったので覚えていませんでした——では済まされない。人にもどっても、その罪を背負せおっているのならば、法的に許されたとしても世間の目は鋭い。


 あいつ、もとは悪魔だったらしいよ——そんな野次が秋の頭に流れる。


「いい? やめなさい。考えるのもやめなさい。霊剥れいはぎはあんたの刀をにぶらせる。命を落とすわよ。大切な人がいるなら——いますぐその考えを捨てなさい」


 そう言いながら優香ゆうかみおをちらりと一瞥いちべつした。


「……でも」


 秋が弱々しく声を出す。


「なに? なっとくするまでわたしに言葉をぶつけな?」

「悪魔のいない世界を——、だれかの大切な人が悪魔になる悲劇をなくしたい」


 秋はこぶしを握った。澪はその拳を見た。力が入った彼の右手はふるえている。きっと、怒りに。


 数秒ほど、だれともなく口を開かない時間が流れた。いったん話題を変えてもいいかと、優香が口火を切った。


「わたしみたいな黄泉巫女は、火そのものなのよ」

「燃えていませんけど……」秋が言った。

「ばか、そういう意味じゃないでしょ」澪がつっこむ。

「緑の火も、もとは黄泉巫女よもつみこの力で生まれたもの」優香が言った。「だから巫女がいれば、火がなくとも巫女みこと通じている悪魔祓いは能力ちからが使える」


 ここに来てから、かすみに似た雰囲気——もとい祭壇の炎に似たものを優香から感じていた原因はそれだったのか、と秋は思った。


「緑の火はあくまで黄泉巫女よもつみこ加護力かごりょくを寺院に置いているだけにすぎない。だれかがずっと面倒を見てあげないと消えてしまう。そのための火守り人——いま、立神たちがみの火守りは、かすみさんよね?」


 秋はコクリとうなずいた。優香はどこか、話していないと落ちつかない様子がみえる。


「わたしは火を生むがわの人間だから、この教会には火がないし必要ないけど。悪魔祓いはしっかりいる」


 まっさきにリクの顔を思い浮かぶ。


「さっきの、頭にバンダナしてたオラオラ系の人?」澪が言った。

「そうよ。かれ——リクと、いまは出払ではらっていて、ここにいないけど、双子の男子高生がいる。この教会の悪魔祓あくまばらいはその三人」


 秋は、リクとその双子がどんな異能いのうを持っているのかが気になった。しかし優香がどんどん話を進めるので訊くタイミングが見えない。質問は、いったん胸に置いておくことにした。


「わたしの血をめた女は純血じゅんけつじゃなくとも黄泉巫女よもつみこになれる。女じゃなきゃなれないし、純血ほどの力はもてないけど。ルイと––––わたしとおなじ修道服しゅうどうふくを着ていた栞菜かんな。彼女たちも立派な黄泉巫女よもつみこよ。だから、ここには三人の悪魔祓いと、わたしをふくめて三人の巫女がいる。美鈴みすず黄泉巫女候補生よもつみここうほせいね。実戦はもちろんさせないから、勘定かんじょうに入れていないわ」


 話を聞いていた澪と秋は、まっさきに疑問へとぶつかった。


「え?」

「あれ?」

「ルイって」

「そう、あの人」

『男じゃないの?』


 澪と秋の声がかさなった。

 優香は動揺どうようし、目をらす。

 その顔は、話しに夢中でやってしまった、と言っているようで——


「あぅ……、ちゃ………」


 優香は前屈まえかがみになり、ひたいに右手のひらを当てた。


「あんたたちのこと、信用していい?」

「あの外国人? の男の子、ぼくって言ってるけど……」


 澪は人差し指を頬に当てて上を見た。


「ほんとうの名はルイーザ。女なの。教会のみんなでも、わたしと栞菜しか知らない。ほかの子には、ぜったい内緒にして、おねがい……」


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