ー参ー
「おれがもっと強かったら、父さん、生きてたかな」
ぼんやりとした視線を庭に投げながら、あぐらの秋が言った。
「七歳の子供がどれだけ強くても、上位魔には敵わんよ。いま、おまえが考えるべきは、おまえの命のことじゃよ」
「おれなんて死んだって……。悪魔祓いはほかにもいる」
「バカもの」
「死んだって悲しむのは母さんと、じいちゃんくらいだよ」
「わしと、かすみを悲しませるのは大罪じゃな」
「秋、ほら、やっぱりご飯を食べないと」
かすみが重くなりかけた空気を変えようとする。
「いてっ! なんだよ……」
秋の足首に電気のような痛みが走った。銀次が噛みついたせいだ。
「いつまで腐った顔しておる」
「だからって噛むことないだろ……」
「はよ、メシ、食え」
「わかったよ……」
「食わねば食われる。言い伝えじゃ」
「それ、何億回も聞いた…」
「35億」と言って、銀次は妙な動きをした。
「おじいさん、知っているのですか」かすみが笑う。
「わしも流行には敏感じゃでの!」老人ハムスターが誇らしげに言う。
「それもう古いよ」秋は溜息混じりに言った。
秋が居間でそうめんをすすっていると、訪問者を知らせる呼び鈴が室内にひびいた。
「だれかな?」
かすみは座布団から立ち、玄関に向かった。玄関にいたのは、半袖の水色のワイシャツと、黒のスーツパンツすがたの中年男性。ネクタイはしていない。
「あら須賀さん、いつもどうも」
「世話になっております。秋は?」
「居間です。いまちょうど、食事を」
「あがっても?」
「ええ。あの子、きのうは大した事なかったみたいで」
「そうですか、そんな気はしました。現場を見たかぎりの想像ではありますが」
「どうぞ、上がってください」
「失礼します」
かすみの丁寧な手に導かれるように、須賀は頭を低く、靴を脱いだ。
「邪魔するぞぉう」
居間でスイカを食べる秋の背中に、須賀が声をかける。
「どうしたの。おっさん」
「おっさん言うな」
「おっさんじゃん」
「おっさんだがな」
須賀は、ちゃぶ台をはさんで秋と向かいあった。
あぐらもよろしく、さっそく本題に入る。
「花山峠、知ってるか?」
「うん」
「そこで、妙な事故があってな」
秋は黙り、須賀の次の言葉を待った。しゃりしゃりと、スイカを噛む音だけが秋の口から鳴る。
「横転していた二輪車と、そのドライバー。恐らく方向は正面から。三本の長い刃物に切り裂かれ、人間の体ごと四分割されたような形で発見された」
「正面から?」
「これだ、飯のあとでわるいが、見てくれるか?」
秋はこくりとうなずく。テーブルに置かれた写真には、三本の長い刃物に正面から突っ込んだような斬られ方で、分割されたバイクと人間の遺体が写っている。
「人間とバイクが野菜みたいに斬られるなんて、悪魔じゃなきゃ無理だと思うが……」須賀が神妙に言う。
「翼でとんでるだけのやつが、走るバイクとすれ違いざまに、バイクごと人を斬ったとも考えられるけど。なんか、斬ったほうもバイクに乗ってる気がする」
「だとしたら、最近やたらと通報が入っているストリートレースに関係、あるかもな」
「だから、その欲だよ」
「レースに勝ちたい、って欲か?」
「レースに勝って、相手を負かしたい。負かしたら」
「殺す……、か」
「まだ、個人的なうらみで殺しただけかもしれないけど。時間が経てば、見境がなくなって、《《だれでもよくなる》》。無関係の被害が出る前に片付けたほうがいいよ」