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刀闘記  作者: 燈海 空
疑心六感 篇
39/109

ー弍ー

 

「ごくまれに、どこからその存在を知ったのか、イースに入りたくてこの街に来る、野良ノラのエクソシストもいますけど。どこを探しても見つからないと思います」


 カラスはルイの言葉を聞き届けてから、首を左右にかたむけてコキコキ、と鳴らした。


「それは、まぁそうよね。たずねてまわった教会がほとんどイースでした、なんてオチ、すげぇよね。ちょーうけるー」


 まったくもって感情がこもっていない口調——。ものすごく不穏で、笑えない空気がただよう。


「あんたらがイースじゃねぇってんなら、話すことはねぇですわ。お時間をとらして、わるかったね。朝っぱらから悪魔退治あくまたいじ、お疲れさんした」


 カラスはそう言ったが、すぐに去る気はないようだ。あきらかに、ルイがなにか言うのを待っている。


「——刑事さんは、なぜ、イースを?」


 カラスは首をだるそうに一回転してから、待ってましたといわんばかりにこちらをギロッとにらんだ。


「悪魔を人にもどすとか、って。えげつない人体実験をしてらっしゃるらしいじゃない? ——ね? 元、イースさん?」


 だらりとしたその姿勢しせいつかわしくない、身が震えるほどの圧を感じる声。だがルイはひるまない。ひるむ必要がない。なにも知らないのだから。


「ぼくらは知りません。関わった例もありません。信頼する司教しきょうが組織を離れると言ったので、それにつづいただけです」


 カラスは自分の肩に手を添えて、筋肉をみほぐしながら、「遺体いたいが塵だろうが灰だろうが、遺族いぞくに返さなきゃならねぇのよ。うちら警察はね」


 なにもあやまちを犯していないのに、なぜか犯罪者になったような感覚をルイとリクは覚えた。


「問い詰める相手がちがうことくらい、わかってますぁ。すんませんね、職業柄しょくぎょうがら目つきがわりぃもんで——」カラスは右の奥を見て、「マスター。おチビちゃんふたりに、好きなもん食わしてやって。金はつけといてくれる?」


 マスターはタバコをくわえたまま、あいよ、とだけ答えた。そして、煙が晴れるようにカラスは去った。カラカラ、とドアの鐘だけが音を残す。


「息詰まった……」ルイが深呼吸する。

「あいつ、あの目つきじゃ彼女できねぇな」


 ふとテーブルを見ると、いつのまにか名刺が一枚、置かれていた。それを手に取って、ルイはまんじりと眺める。



 《警察庁公安部》

 特殊組織犯罪対策室・室長


 江田こうだ 義哉よしなり 

 070-xxxx-xxxx



 なにか告発したいことがあったら連絡をくれ——そういうことだろうか。


「ごちゅうもんは?」


 マスターがテーブルに近づいてボソりと言った。


「いちばん高いやつ、だっ!」リクが吠える。

「オムハンバーグナポリタンね。オタクは?」

「ぼくは——アイスカフェオレで」

「いじょうで?」

「はい、おねがいします」ルイが頭を下げる。


 カウンターけん厨房ちゅうぼうに戻ったマスターは、冷蔵庫で寝ていたパスタをフライパンで炒め始める——。ニンニクとケチャップとバターがいい感じにげる香りがただよう。


「まじであんなダセェ組織、抜けてよかったぜ。優香さんが急に荷物をまとめてさ、あんたらは!? 残るの!? って怒鳴ったときは、ビビったけど」

「ぼくたちは優香ゆうかさんについていく。なにがあっても、それだけは変わらないよ」

「てかあいつ、この時期に長袖のスーツ着て暑くねぇのかな」

「なんだろ、体温低そうな顔はしてたよね」

「そんじゃあれだ、冬はめっちゃ着こんでんだよ。雪だるまみてぇに着膨れしたあいつのすがたを見てみてぇわ」

「ぼくは——できればもう、会いたくないかも」


 *


 同日、夕方——。


 ジェイド教会内の宿舎。六畳ほどで、二段ベットと勉強机とちいさなテレビだけの一室。


「ん? どこだ、ここ」


 左を見る。

 壁しかない。

 上を見る。

 天井がやたら近い。

 右を見る。

 ちいさなテレビ台に19インチの黒い液晶テレビが乗っている。


「なんだ、ここ……」


 ノックがして、ドアが開いた。

 だれか入ってくる。


「あんた大丈夫? 起きた?」


 優しい女性の声。

 どこか、聞いたことがあるような気がする。


「ねぇ、聞いてんの? 大丈夫?」


 声の主は純白色じゅんぱくいろのキリストの修道服しゅうどうふくを着ていた。足首まで隠す丈長のローブ——その、みぞおちのあたりには翡翠色ひすいいろ十字架じゅうじかが埋まっている。首元にもなにか巻いている。コンパクトにしたスカートのような白い布。


 頭にはなにもかぶっていない。肩まであるボブっぽい髪は、薄暗うすぐらい部屋の中でもその髪は茶色だと気づくくらいに、やや明るい色。


 なぜか——見覚えのある顔面だった。まだ意識がぼやっとしている秋は思わず、目の前の女性によくた別の人物の名前を呼んでしまう。


みお……?」

「みみゃみっ、澪!? あんた澪って言った!? もしかしてやっぱ——たぶんだけど直之の息子だよね!? 来てるの!? ねぇ、澪も一緒に来てんの!? 応えなさいよ、ちょっと——!」


 両肩をつかまれた秋の上半身は、何度も前後に揺らされた。廊下からだれかの足音がする。


優香ゆうかさん、来客ですが……」ルイが部屋を覗きこんで言った。

適当てきとうにあしらっといて! いま、それどこじゃない!」

「その子、起きたんですね、よかった」ルイはつづけて、「えと、名前が——ひいらぎみお、ちゃん? だったかな。用件だけでも聞いておきましょうか? たぶんイースがらみではないと思うんですけど」

『澪!?』


 同時に声を放たれた優香と秋の声は、ぴたりと寸分のずれもなく重なった。



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