ー弍ー
「ごくまれに、どこからその存在を知ったのか、イースに入りたくてこの街に来る、野良のエクソシストもいますけど。どこを探しても見つからないと思います」
カラスはルイの言葉を聞き届けてから、首を左右にかたむけてコキコキ、と鳴らした。
「それは、まぁそうよね。たずねてまわった教会がほとんどイースでした、なんてオチ、すげぇよね。ちょーうけるー」
まったくもって感情がこもっていない口調——。ものすごく不穏で、笑えない空気がただよう。
「あんたらがイースじゃねぇってんなら、話すことはねぇですわ。お時間をとらして、わるかったね。朝っぱらから悪魔退治、お疲れさんした」
カラスはそう言ったが、すぐに去る気はないようだ。あきらかに、ルイがなにか言うのを待っている。
「——刑事さんは、なぜ、イースを?」
カラスは首をだるそうに一回転してから、待ってましたといわんばかりにこちらをギロッとにらんだ。
「悪魔を人にもどすとか、って。えげつない人体実験をしてらっしゃるらしいじゃない? ——ね? 元、イースさん?」
だらりとしたその姿勢に似つかわしくない、身が震えるほどの圧を感じる声。だがルイはひるまない。ひるむ必要がない。なにも知らないのだから。
「ぼくらは知りません。関わった例もありません。信頼する司教が組織を離れると言ったので、それにつづいただけです」
カラスは自分の肩に手を添えて、筋肉を揉みほぐしながら、「遺体が塵だろうが灰だろうが、遺族に返さなきゃならねぇのよ。うちら警察はね」
なにもあやまちを犯していないのに、なぜか犯罪者になったような感覚をルイとリクは覚えた。
「問い詰める相手がちがうことくらい、わかってますぁ。すんませんね、職業柄目つきがわりぃもんで——」カラスは右の奥を見て、「マスター。おチビちゃんふたりに、好きなもん食わしてやって。金はつけといてくれる?」
マスターはタバコを咥えたまま、あいよ、とだけ答えた。そして、煙が晴れるようにカラスは去った。カラカラ、とドアの鐘だけが音を残す。
「息詰まった……」ルイが深呼吸する。
「あいつ、あの目つきじゃ彼女できねぇな」
ふとテーブルを見ると、いつのまにか名刺が一枚、置かれていた。それを手に取って、ルイはまんじりと眺める。
《警察庁公安部》
特殊組織犯罪対策室・室長
江田 義哉
070-xxxx-xxxx
なにか告発したいことがあったら連絡をくれ——そういうことだろうか。
「ごちゅうもんは?」
マスターがテーブルに近づいてボソりと言った。
「いちばん高いやつ、だっ!」リクが吠える。
「オムハンバーグナポリタンね。オタクは?」
「ぼくは——アイスカフェオレで」
「いじょうで?」
「はい、おねがいします」ルイが頭を下げる。
カウンター兼、厨房に戻ったマスターは、冷蔵庫で寝ていたパスタをフライパンで炒め始める——。ニンニクとケチャップとバターがいい感じに焦げる香りがただよう。
「まじであんなダセェ組織、抜けてよかったぜ。優香さんが急に荷物をまとめてさ、あんたらは!? 残るの!? って怒鳴ったときは、ビビったけど」
「ぼくたちは優香さんについていく。なにがあっても、それだけは変わらないよ」
「てかあいつ、この時期に長袖のスーツ着て暑くねぇのかな」
「なんだろ、体温低そうな顔はしてたよね」
「そんじゃあれだ、冬はめっちゃ着こんでんだよ。雪だるまみてぇに着膨れしたあいつのすがたを見てみてぇわ」
「ぼくは——できればもう、会いたくないかも」
*
同日、夕方——。
ジェイド教会内の宿舎。六畳ほどで、二段ベットと勉強机とちいさなテレビだけの一室。
「ん? どこだ、ここ」
左を見る。
壁しかない。
上を見る。
天井がやたら近い。
右を見る。
ちいさなテレビ台に19インチの黒い液晶テレビが乗っている。
「なんだ、ここ……」
ノックがして、ドアが開いた。
だれか入ってくる。
「あんた大丈夫? 起きた?」
優しい女性の声。
どこか、聞いたことがあるような気がする。
「ねぇ、聞いてんの? 大丈夫?」
声の主は純白色のキリストの修道服を着ていた。足首まで隠す丈長のローブ——その、みぞおちのあたりには翡翠色の十字架が埋まっている。首元にもなにか巻いている。コンパクトにしたスカートのような白い布。
頭にはなにも被っていない。肩まであるボブっぽい髪は、薄暗い部屋の中でもその髪は茶色だと気づくくらいに、やや明るい色。
なぜか——見覚えのある顔面だった。まだ意識がぼやっとしている秋は思わず、目の前の女性によく似た別の人物の名前を呼んでしまう。
「澪……?」
「みみゃみっ、澪!? あんた澪って言った!? もしかしてやっぱ——たぶんだけど直之の息子だよね!? 来てるの!? ねぇ、澪も一緒に来てんの!? 応えなさいよ、ちょっと——!」
両肩を掴まれた秋の上半身は、何度も前後に揺らされた。廊下からだれかの足音がする。
「優香さん、来客ですが……」ルイが部屋を覗きこんで言った。
「適当にあしらっといて! いま、それどこじゃない!」
「その子、起きたんですね、よかった」ルイはつづけて、「えと、名前が——ひいらぎみお、ちゃん? だったかな。用件だけでも聞いておきましょうか? たぶんイース絡みではないと思うんですけど」
『澪!?』
同時に声を放たれた優香と秋の声は、ぴたりと寸分のずれもなく重なった。




