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刀闘記  作者: 燈海 空
恋愛針筵 篇
36/97

ー拾伍ー

 

 あれから、どれだけ歩いた?

 何時間。

 距離はどれくらい。

 なにもわからない。

 暑い。

 人だらけ。

 右を向いても。

 左を向いても。

 人しかいない。

 だれもが自分のことを見ている。

 そんな気がする。

 でも、目と目があったことはない。一度も。

 冷たい。

 都会の冷たさ。

 ここに来た時。

 新幹線しんかんせんを降りる時。

 怖くなった。

 視界しかいうつるほとんどの人間に——

 悪霊あくりょうがつきまとっていた。

 きっと、すきがあればすぐに食われる。

 悪魔化あくまかする。

 なぜ気づかない?

 ほら、そこにも。

 高そうなスーツを着てるやつ。

 肌をさらけ出して歩いてる女。

 それを見て鼻の下を伸ばす男。

 みんな、悪霊あくりょうがつきまとっているのに。

 なぜ気づかない。

 気付けよ。

 おかしいだろ。

 こんなにたくさんいるのに。

 まて。

 おかしい。


 花町ばなちょう悪霊あくりょうなら、もうすでに、こいつらのよくを食って悪魔化しているはず。

 なぜだ?

 なぜ、首輪をつけられた犬みたいに。

 寸止すんどめで、欲を食わずに耐えていられる?

 



 ——だれかがらしている?




 いまはそれより、みおを見つけないと。

 暑い。

 水が飲みたい。

 どこかで買えばいいのか。

 財布は——そうだみおが持ってる。

 路地裏ろじうら

 人がいない。

 とりあえず逃げよう。

 人がいなくて、

 すこしでもすずしいなら。

 それでいい。

 頭がクラクラする。

 立っていられない。


「おい!」


 だれか、呼んだ?


「ねえ、きみ、大丈夫?」


 男と、女?


「こいつ、もしかして…」


 こいつらには悪霊がつきまとっていない。


「リク、きっとそうだよ、この子エクソシストだ」


 よかった、まともなやつもいるのか。


「あ! おい! 死んだのか!? しっかりしろよ!」

帰命キミョウ——だめだ回復しない。肉体的にくたいてきというよりか、精神的せいしんてきなダメージで倒れたのかな? リク、ひとまず教会に運ぼう」

「なぁ、こいつの背中の、刀だよなこれ」

「うん、きっとそうだ。リク、おぶっていける?」

「しゃーねぇ。軽そうだからいいけどよ」

「ぼくは、優香さんに連絡しておくよ。早く運ぼう」

「こいつ、こんなヒョロいのにまじでエクソシストなのか?」



 ・…………………………・


 数時間前。朝、六時三〇分。


 ルイとリクははいビルにいる悪魔を倒すため、その現場にいた。ビルは歌舞伎町かぶきちょう歓楽街かんらくがいに建っていたが、その賑やかな町の中心部からすこし外れた場所にあった。


「ここか?」


 ビルを見上げてリクが言った。五階建ての、さほど大きくないビル。テナントはどこも使われておらず、どの階に、どの企業きぎょうしゃを構えているかが分かるテナント看板かんばんも、一階から五階まで白紙の状態。


 エレベーターも機能しておらず、薄暗うすぐらせまいコンクリートの階段が、お化け屋敷やしきの入り口みたいに、その口を開けている。


「何階だ?」


 リクがルイに訊いた。ルイは、錫杖しゃくじょうの石突を地面に突き立ててから、指で鈴をはじいた。ひたいの近くでリン…と鳴ったすずに、目を閉じて耳をすます。


 悪魔がいる場所、そのすがた、輪郭りんかく、うめき声——それらが手に取るように脳内に描写びょうしゃされてゆく。この鈴の音はコウモリが出す超音波ちょうおんぱのそれと似ている。


「……四階だよ。一匹、すごく大きいのがいる。どんな技を使ってくるかわからない。慎重しんちょうに行こう」


 ルイは目を閉じながら言った。


「オッケ……」


 リクは背中の黒革くろかわ長袋ながぶくろを肩から下ろし、ファスナーを一直線いっちょくせんに開けて刀を取り出した。


 さや深海しんかいのようない青色。持ち手の柄巻つかまき純白色じゅんぱくいろで、その網目あみめから真っ黒な菱形ひしがたが覗いている。


 目を引くのは、鞘を走る金色こんじきかみなりの模様。純金素材じゅんきんそざいで作られたその装飾そうしょくは、この刀がすくなからず名刀であることを物語っている。


 ふたり分のスニーカーが乾いた足音を鳴らし、コンクリの階段をゆっくり登る。四階、ちいさな窓からうすい太陽光たいようこうすだけの廊下。


 真っ白な片開かたびらきドアが見えた。金属製きんぞくせいのスチールドア。防犯にはうってつけの重厚感じゅうこうかん


 冴島弁護士事務所さえじまべんごしじむしょと書かれたプレートがってあるが、その事務所自体じむしょじたいは何年も前にここから引っ越しているはず。いまこのなかにいるのは、法律ほうりつおかした側の人間——。


 数時間前まで闇金企業やみきんきぎょうとして困窮こんきゅうする人々から金を巻き上げていた、金欲きんよくおぼれきった五人の元人間たち。


 リクが、ドアの前に立った。

 耳をます。

 ドア越しに悪魔の声がする。


 ルイはこくっ、とうなずいた。

 いつでもいけるよ、タイミングは任せる。


 ——深呼吸。



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