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刀闘記  作者: 燈海 空
恋愛針筵 篇
32/96

ー拾壱ー


 西威せいじんが刀をまじえた、その翌日。

 

 しゅうみお新幹線しんかんせんに乗り、東京に向かっていた。白とブラウン系のカジュアルガーリーで可愛かわいらしくおしゃれした澪。茶色のボブの髪は、天使の輪ができるほどつやめき、いつもより大人っぽさを感じさせるあかルージュが目立つメイクも、バッチリ決まっている。


「ねぇ。なぜ上が灰色のパーカーで、下も灰色のカーゴパンツなの。いつも原色系げんしょくけいのカラー着てるのに、なぜあえて地味路線じみろせんで来たの?」


 新幹線の窓際まどぎわに座る澪が、通路側の秋に訊いた。車窓しゃそうの景色はせわしなく通りすぎているが、田んぼの広々とした一面緑の景色がずっと続いている。花町ばなちょうから出発して、まだもない。


派手はで格好かっこうしたら、なにが襲ってくるかわからないだろ? なるべく目立たないようにしないと…」


 しゅうは刀を抱っこしながら言った。ぬの二重にじゅうにくるまれた刀は、一見いっけんしただけではだれも刀だと気付かない。足元には宿泊しゅくはく荷物にもつが詰まったボストンバッグが置いてある。刀はいつも通り背中に背負しょっていないと落ちつかない。


「おれの財布さいふ、持っててくれない?」

「は、はい?」

「財布」

「え、なぜに?」


 秋は上半身じょうはんしんを折り、かがんでボストンバッグのポケットから財布を取り出した。その横を売り子のカートが通り過ぎる。


「おれ、金、使ったことないから。おつりとか、だまされて余計に支払うかもしれない。ほら東京だとレジの人、実はみんなヤクザかもしれないだろ?」


 冗談じょうだんで言いそうなことを秋はマジメに言う。東京をどれだけ無法地帯むほうちたいだと思っているのこの子!? と澪は思ったが、茶化ちゃかす雰囲気ではない。本人はいたって真剣だ。


「金……、さわるだけで気分わるくなる」

「え、どして?」

「これが原因で悪魔になったやつが何人もいた。そいつらを、何人も斬ってきた。だからきらいなんだ。お金そのものが……」

「そっか……。わかった。わたしが持ってる。でも払うのは折半せっぱんだからね? そこはゆずらないよ」


 この男はわたしがそばにいないと経済的けいざいてきなことはなにもできないのではないか……、と澪は思った。ともあれ、新幹線しんかんせん車窓しゃそうから外の景色をながめて、ひと息をつく。


 出発してからしばらく——それしかないのか、と言いたくなるほどに田んぼの景色ばかりだったが、段々《だんだん》とビルや大型ショッピングモールもあらわれ始めた。


「終点、東京、東京。お降りのさいは、お忘れ物のないようご注意ください」


 鼻声みたいな車内アナウンスが鳴った。

 時間は、お昼過ぎの12時50分。


「降りるよ? ——てか大丈夫?」


 澪のとなりに座る秋は、ガタガタとふるえている。南極なんきょくの氷山の上にでもいるのかと思うほどの震え。


「い、いくら人が多くても、みんな秋のこと見るわけじゃないから、ね?」


 そう言って澪は立ち上がり、頭の上の荷物棚にもつだなからリュックを引っ張り出す。


 秋もふるえながらボストンバッグのひもを肩にかけた。両手でギュッと刀を握りしめ、なんとか平常心へいじょうしんたもとうと努力する。


 周りの乗客は我先われさきにと雪崩なだれれるように、せかせかと降りてゆく。


「秋?」

「——」

「ねぇ、早くしないと、清掃の人が来ちゃう」


 すでに、ほとんどの乗客が降りている。


「いま行く、立つ」


 すこしよろめきながら立ち上がり、通路に身をさらす。秋はボストンバッグを座席にぶつけながら、車内のせまい通路を歩いた。


「——!」


 秋の足は、電車を降りる一歩手前いっぽてまえで止まってしまう。いままでふたりがいた車両は自由席じゆうせき。車内の清掃が終わるのをいまかいまかと待ち、清掃が終わるや、すぐさま乗りこんで席を確保しようと目くじらを立てる群衆ぐんしゅうの列——。それに秋はひるんでしまった。


「秋、早く……! 降りてっ!」


 うしろから澪がかす。バンジージャンプにいどむ直前みたいに、足がこおり付いて動かない。


「……行くよ!」


 みおしゅうの右手をこじ開けるようにして握った。手をつないだまま車内からひっぱり出す。


「えっと、中央、青梅行おうめいき」


 すこしでも深呼吸しんこきゅうをすれば、途端とたんに息が詰まって死ぬんじゃないかと思えるほどの人混ひとごみの中。澪は右手に持ったスマホとにらめっこを繰り返した。左手は、秋の右手をしっかり握っている。


「出口が、こうで、いまここだから。まずはむこうに行けばいいのよね」


 頭上の案内板あんないばんをキョロキョロと見まわす。秋はなすがまま、澪にしたがってついてゆくしかない。ボストンバッグがだれかの躰にあたり、舌打したうちが聞こえた。


「オレンジ、オレンジ、あった! こっち! ——快速、青梅行おうめいき、には乗れないね、一本待とっか」


 すし詰めの満員電車に秋を乗せるのはまずい、と思った澪はあせらず、一本後の電車に乗ることにした。


 ひとまず呼吸をととのえる。駅ホームのジメジメとした低温ていおんサウナみたいな空気がしつこく肺にたまる。


「あ、ごめん、もういいよね」


 澪は手を離そうとした。しかし秋の手はカチッと固ってしまい、離れてくれない。背筋せすじが凍りっぱなしのこの男は、灼熱しゃくねつ外気温がいきおんなど感じていないかもしれない。


「電車に乗れば、新宿はすぐだから。そしたら、まずホテルで荷物をあずけて、一休みしよ?」


 秋はコクっと、人形みたいに首を動かした。


 ゴチャゴチャと入り組んだ迷路めいろのような駅構内えきこうないと、その周辺のみちをさまよい歩くあいだ。群衆ぐんしゅう荒波あらなみまれて、秋がおぼれてしまわないようにギュッと強く、一秒たりともはなさぬようしっかり、澪は手を握ったままだった。


「ここだ、ついたぁ」


 ホテルの自動ガラスドアが開いた。冷房の効いた室内から流れ出てくる、まるで天国の扉を開いたような冷たい風が、ふたりを出迎でむかえる。


「秋、ホテル、ついたよ…よかった」


 廃人はいじんみたいになった秋の手を握ったまま、ホテルに入る。


「——うわっ!」


 突然、みおの手がしゅうに引っ張られた。しかし、おかしなことに澪は床に向かって引っ張られた。背のちいさな子供に、うしろから手を引かれたようにバランスをくずしてしまう。


「お客様! 大丈夫ですか!?」


 フロントの接客係せっきゃくがかりの女性が声を上げた。しかし、その声は、明らかにみおではなく、しゅうに向けられた言葉だった。


「し、しゃし、秋! ちょっと! 大丈夫!? ねぇ!?」


 そこには気を失い、ホテルの床に前のめりに倒れこむ秋が。


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