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刀闘記  作者: 燈海 空
恋愛針筵 篇
31/96

ー拾ー

 

 夜の歌舞伎町かぶきちょう歓楽街かんらくがい。エアコンの室外機が数個、設置せっちされているだけのだだっぴろいビルの屋上にたたずむひとりの男、三代西威みしろせい


 西威は手摺てすりに両腕をあずける。十数メートル下のあでやかなネオンやみだらな看板かんばんがところせましとひしめき合うまちの通りを見下す。足早あしばやう人の群れをただ、ながめている。


よくあふれている。人間こそがしん悪魔あくまだって、ね」


 黒い半袖はんそでのワイシャツに赤いスキニー。腰には二本のカタナ。その表情ひょうじょうはどこか、下等かとうな生き物を見下みくだすものに見える。


 うしろから足音。

 金属きんぞくの階段をのぼ革靴かわぐつの音。

 足音のぬしは屋上にたどり着いた。


「一〇〇万ドルの夜景やけいは、ここにはねぇぞ」


 タバコの吸いすぎか、ハスキーで漢らしい声。


 西威はかえりもおどろきもせず、「この街のよくをかき集めれば、一〇〇万ドルじゃ足りませんよ。先輩せんぱい


 先輩と呼ばれた男——雑賀仁さいがじんは、西威せいとおなじく屋上の手摺てすりまで歩く。漆黒しっこくのノースリーブフード付きコートに赤いワイシャツ、討魔分隊とうまぶんたい制服せいふくの腰には、一振ひとふりの刀とソードオフショットガン。


 並んで立つふたりのあいだには、三メートルほどの距離が空いている。仲の良い友人ならば、もうすこし近くで話すはず。


「どうだ、白魔はくまになるってのは」


 仁がたずねる。

 タバコは吸っていない。


「いいもんですよ。腹も減らない、睡眠すいみんもいらない、女にも興味きょうみかない。人間もこれくらい無欲なら、世の中もすこしはマシになりそうですよ」西威は口角こうかくを持ち上げて応えた。そのままわるびれる様子もなく、「ぼく、死んだことになってます?」

特異型死亡認定とくいがたしぼうにんてい、その辺の悪魔とおなじあつかいだわ。安心しろ」

「そうですか。なら、よかった」

「おまえがまるで、自分が白魔になるとわかってて掛けたご立派な死亡保険しぼうほけんのおかげで当分、おまえの家族は金に困らねーわな」

「そこまでの予見はできませんよ、さすがに。東子とうこは、申請しんせいを出しましたか?」

「このあいだ、高校卒業後の入隊希望にゅうたいきぼう受理じゅりした」

「そっかー! 嬉しい、嬉しいな! 東子も討魔分隊とうまぶんたいに入るのかぁ。鼻が高いよ」


 西威は嬉しそうに背伸びをした。

 そのまま視線を空にうつす。

 黄金色おうごんいろ満月まんげつが見えた。

 夜風を味わうように深呼吸。

 真っ白な髪の毛が生温なまぬるいビル風に吹かれる。

 髪はすこしだけなびいた。


「で、こんなところでだれを待ってる」


 仁は、左にいる西威の方を向いた。右手は、刀に軽くえられた。刀の柄頭つかがしらにぶら下がっている大粒おおつぶの数珠がちゃり、とわずかに鳴った。


いて言えばネズミかな」

「やっぱりいるのか」

十二支じゅうにしの始まり。白魔はくま頂点ちょうてん。そりゃいますよ。ぼくが証人しょうにんだ」

すえだわな」

「すこしはシゲキがないと。人間だってつまらないでしょう? つまらない。ほんとうに。金だ、女だ、物だ、地位だ——って。地球がぶっこわれていくのもおかまいなしに、人間は自分がいい気分になりたいだけ。暴走する資本主義のしわよせが来ていることは、すぐそこのスーパーにでも行けばわかる。キャベツが一個四〇〇円。そんな時代が来ますよ、そのうち」


 くすりと笑いながら、西威は人差し指で手摺てすりをトントン叩く。


「おまえはだれに白魔の力をもらった」

「それは言えませんよ先輩。すいません」

「ネズミはどこにいる?」

「それも言えません」

「白魔になったのはおまえの意思か?」

「そうです。ぼくには素養そようがあったみたいですね」

「そうか」


 仁は左手でショットガンを抜いた。

 左にいる西威の顔にまっすぐ向けた。

 迷わず発砲はっぽう

 散弾銃さんだんじゅう薬莢やっきょうはじける音。

 ビル下を歩く通行人つうこうにんは上を見上げた。


「ヤクザの抗争こうそうじゃない?」

 

 群衆ぐんしゅうのなかでだれかが笑いながら言った。

 ショットガンからはなたれみだれ飛ぶ黒い弾。

 10数発すうはつの散弾。

 西威の右頬みぎほほを確実にえぐるコースを飛んだ。

 銃弾はしかし二〇センチ手前で静止せいし

 空中でピタリと止まる散弾。

 

「先輩、こんなところで銃を撃ったら、警察が来ますよ?」


 相変あいかわらず夜景を見たまま、西威がすこし力を抜く。空中で止まっていた銃弾たちは、ぱらぱらと無力に––––コンクリートの床に落ちた。


「残念ながら、おれがその警察だわ」

「その辺のおまわりさんは、討魔分隊とうまぶんたいなんて知りませんよ」

「たしかに言えてるわな」


 じんは腰の刀を抜きながら、距離をちぢめる。体幹の回転を乗せた袈裟斬けさぎりを振った。瞬間——西威は右手をそちらに伸ばす。刀はあと数ミリの距離きょりで静止。


 ピタリと止まる刀身には半透明はんとうめいの蛇がからうごめいている。蛇は、すこしずつ仁の右手へとって近づく。指先から腕への感覚が——だんだんとなくなってゆく。


「氷の力はどこ行った」

「こっちのほうが、ぼく好みでして」

「——針根しこん


 仁はじゅつとなえると、さきほど床にらばった散弾たちがとがった木の根に変貌へんぼうした。


 長く鋭く伸びた木根もっこんたちは触手しょくしゅのようにうごめきながら、それでいて的確てきかくに、西威せいの体に穴を開けるという明確な意思にしたがい、足元から次々とおそう。


「先輩の時間差攻撃じかんさこうげき。やっかいだなぁ」


 足元から一本づつ、じゅんを追って飛んでくるするどい根——西威はバックステップで避ける。


 尖った根は何度も頬をかすった。

 西威は右手のひらを開く。

 数本の根が、西威の手前でピタリと止まった。

 半透明はんとうめいの蛇が根の尖端せんたんにそれぞれ噛みついて、攻撃を止めている。


「ここには土がない、木は育ちませんよ!」西威せいは言いながら左手を持ち上げる。「時返トキガエシ」


 じゅつとなえると。木の根は一度、逆再生ぎゃくさいせいしたように、シュルシュルと引っ込みたねにもどった。


 ふたたび出現した木の根は、迷わずに仁をおそった。自分にされたことを、そのままやり返すかのような西威せいの技。


 仁は、迫りくる根をかわしながら次々とせる。


「ちっ……、飛び道具はダメか」


 ショットガンを片手でクルッとまわし、リロード。

 つづいて自身の足元に発砲——コンクリートに埋まる銃弾たち。

 ハチみたいな銃痕じゅうこんを片足で踏む。


 植物しょくぶつつるが仁の両足にからみついた。そのつるはとてつもない速さで床を這い、西威に向かってまっすぐ、突進とっしんするいきおいで伸びる。


 つるに身体を高速ではこばれ、相手を一刀のもとに切り捨てる——その気迫が俊速で迫る。


(先輩が正面からイノシシみたいに攻撃するわけない、なにかくる)


 案の定、仁は右のわきの下に銃身じゅうしんをまわし、自分の背後はいごに向けて発砲。


 銃口じゅうこうからは数本のほそい木の根が飛び出した。仁の背後で、翼のように大きく広がり、すぐに正面へと方向転換ほうこうてんかん


 左右からは鋭い根。

 正面しょうめんからは、仁とその刀。

 前、右、左の三方向から、一度に攻撃を受けようとする西威。

 左右からおそう根は、ヘビに受け止めさせる。

 刀は——


「きょうは抜きたくなかったな……!」


 重くきしり合う剣戟けんげきの音。

 パトカーのサイレンもわずかに聞こえてきた。


「先輩、タイホされちゃいますよ? 銃刀法違反じゅうとうほういはんだ」

「刀を抜いて言うセリフか? 特異型死亡者とくいがたしぼうしゃ


 双方そうほう、片手と片手の鍔迫つばぜい。


「やっぱり、すごいや! 先輩の能力はすごいや!」

「うるせぇ、黙って闘え! バカ後輩が!」


 数秒の鍔迫つばぜりり合いののち西威せいの真うしろからビルを蹴って飛ぶ足音あしおとがした。三〇メートルの距離を五、六歩で飛ぶほどの高速。


 ひとりの女性らしき影が一瞬いっしゅん、見えた。目にも止まらぬ速さで西威せいの背後まで近づくと、彼女は即座そくざ居合斬いあいぎりりをはなつ。


「せんぱいに何してんのよゲスへびハクマいますぐ死ねっ!」


 俊速の居合い斬りは、西威の背中から生えた半透明はんとうめい蛇一匹へびいっぴきに受け止められてしまう。


 急襲きゅうしゅうした覇南彩音はなみあやねに西威はおどろきもしない。


「ずいぶんかわいい後輩をおれだ」

「ただのじゃじゃ馬だわ」

 彩音あやねはうしろを向いた。

 後方から六匹の悪魔が飛んでくる。

 西威の増援ぞうえんと言ったところ。


「せんぱい! 来てる! アクマ!」


 仁は刀をはじいて、鍔迫つばぜいを終わらせた。

 蛇たちもシュルシュルと主の躰にもどっていく。


 西威は屋上の手摺てすりにスッと飛び乗る。刀をおさめ、両手を広げ——


「ここに雨が降るよ! りゅうは産まれた!」


 ビルの屋上から飛び降りる。


「待て! どうゆうことだ! 説明しやがれ! 西威!」


 仁はあわてて手摺てすりまで走り、身を乗りだし、血眼ちまなこでビル下を見渡みわたすも、西威はいない。


「くそだわっ!」


 仁はグーで金属の手摺てすりを叩いた。


「せんぱいっ!!」


 彩音あやねが空を見ながら叫んだ。悪魔たちが波状攻撃でせまる。しかし、相手はプロ中のプロ。まるでテニスプレイヤーがたまを返すように、悪魔たちは軽々《かるがる》と斬りせられてゆく。時間にして一分とかからなかった。いったん、静まるビルの屋上。


 なにも知らない警察官達けいかんたちがドタドタと賑やかに足音を鳴らし、階段をけ上がってくる。屋上にいるふたりを見つけると、銃口じゅうこうを向けて叫んだ。


「武器を置いて手をあげろ!」


 彩音はため息をつきながら納刀のうとう

 仁も武器を納め、ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。


「お、おい! ふざけてるのか! て、手をあげろ!」


 仁は口では応えず、ふー……、とけむりを空に吹く。左手で胸ポケットから警察手帳けいさつてちょうを取りだして警官に見せた。


「これ見てもわかんねぇか?」


 目をらす、警官。


「そ、そんなのおもちゃの手帳に決まってる! コスプレかなんかだろ!」

「こりゃダメだわ」手帳が引っこんだ。


 すると銃を向ける警官たちのあいだから、水色のラフなワイシャツを着た刑事けいじらしい人物が前に出てきた。


 仁の制服せいふく、刀、床にらばるちり、それらを一望いちぼうすると、すぐに頭を下げた。


「か、介入かいにゅう! 申し訳ありません!」


 急に頭を下げる上司にポカンとする警官たちは「撤収てっしゅうだ!バカ!」と刑事に怒鳴どなられた。


 嵐が去って、ふたたびしずまる屋上。


 遠くの夜空から、ヘリの羽音が近づく。討魔分隊とうまぶんたいのヘリだ。彩音はあわいピンク色のツインテールの髪をらしながら、ピョンピョンと嬉しそうに跳ねてじんに近づいた。束の間でもふたりきりになれたのが嬉しいらしい。


「せんぱーい♡ けが、ないですか? なんなら、わたしが、一晩じゅー、かんびょーしてあげますよ?♡」

「おい、雨具あまぐ、持ってるか?」

「えー? 確か天気予報てんきよほうだとぉ、こんしゅーは雨、降りませんよ? あ、せんぱい、もしかして雨男あめおとこさん? かわいいぃ♡」


 キャピキャピする彩音を無視して、仁は夜空を見つめる。さきほどまで黄金色おうごんいろに光っていた満月まんげつに黒い薄雲うすぐもかぶさり、月は輝きを失った。その光景をわざと隠すように視界をたばこの煙でたした。


「せんぱーい、あまやどりならぁ、わたしの家がいてますよー?♡」


 ふと——月にかぶっていた黒い薄雲うすぐもにすこしだけ穴が空き、そこから一筋ひとすじ月明つきあかりがした。


救世主きゅうせいしゅでも来るってか? なら、心配ねぇか……)


 タバコを携帯灰皿けいたいはいざらに突っこむ。横で「せんぱーい、聞いてますー?」と言いながら頬をふくらませる彩音あやねに、じんはやっと口を開く。


「動きやすいカッパ。買っとけ」







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