ー玖ー
霊剥ぎと巫女。切っても切れない関係。どの道はっきりしていることは、澪の母に会わないとなにも進まない——。
「巫女の伝承を優香からよくよく聞かされた」要は頭を上げて、「なぜ霊剥ぎを封じなければいけなかったか、それがよくわかる吟がある」
龍は去りとて 水濁り
刺して戻さば 人食いの
虚な御身に 亡き面影や
かくも人とは 呼べぬ魂欠
翠の針や 仕舞え 隠せや 蔵の腹
「十二支の辰——つまり、龍の白魔」
「龍の、白魔……」
「霊剥ぎを受けた悪魔が人間にもどったとしても、廃人になってしまう。それは知っているかい?」
「あ、はい」
「辰の白魔の能力は天ノ災ヒと呼ばれる。雨を降らし、その雨を浴びた人間は狂って人をおそう。感情も心も失って、人を食らうようになってしまう。そして霊剥ぎという行為は、その雨がもたらすものとなんら変わらないじゃないか、という皮肉が、吟の真意だ」
それでも、もしかしたら、と要は思った。
「……優香なら、彼女なら、もしかしたら真の霊剥ぎへときみを導けるかもしれない」
居間から離れて、もどってきた要は一枚の写真を持ってきた。裏面が黄ばんでいるその写真には、澪に似た美しい女性が写っていた。
・…………………………・
駄菓子屋のレジに椅子を並べ店番をする、澪と須賀のふたり。
「もしかしてきょう、東子さんの家、行ったんですか?」
(あああぁあぁぁ……、すっげぇ、この子の直感、声の圧もはんぱじゃねぇぞ——!)須賀は表情を凍らせる。
「須賀さん?」
「すまねぇそのとおりだ、です」
「やっぱり、おかしいと思った。どうして、急に?」
「むかし、秋の父と、東子さんの親父さんに交流があった。それについて、訊かなきゃならんことがあるんだそうだ」
「そう、ですか。秋と東子さん、付き合うんですか?」
「それはない」
「あの、服のシミは?」
「わからねぇが……。うーん、なんつうか、泣きたいときが、だれにでもあるってことじゃねぇか、としか……」
すると、店の入り口から子供がひとり、大声と共に入ってきた。
「澪ねえ! 母ちゃんに怒られて10円持ってきたあぁぁぁ!」
「クソガキ……」
「––––あ」
レジに並んで座る、須賀と澪を見た、クソガキは数秒、硬直してから、やまびこが響くほどの大声で——
「あぁ! 先約だ! 先約! すげぇ! じじぃが好きだったんだ澪ねえ!」
「ば、ばか! 違う! 10円はいいから帰れ!」
「え、いいの!? やったー! もーらいー!」
なんの迷いもなく、10円をポッケにしまって、自転車にまたがるクソガキ——彼はこの日の夜、洗濯をするかあちゃんがポッケから10円を発見する事になるなど、思いもしない。
今度はレジ奥の暖簾をくぐって、秋が戻ってきた。
「お、秋、話し、終わったか?」須賀が声をかける。
「あぁ、済んだよ。待たせてごめん」
澪はそっぽを向いている。
「なぁ、澪」
「……」
「おい、聞いてるか?」
「聞いてます」
「あのさ、おれと一緒に何日か東京に行ってほしい」
澪はとっさに振り向く。
「と、ととつぱ、と、東京!?」
「ちゃんと喋れよ」
「なな、なぜに?」
「東京にE•A•E•Cっていう、悪魔祓いの組織があるらしくて。おれ、理由あってその組織の、ある人に会わなきゃいけない」
「ある、人?」
秋の頭の中に、要との会話が流れる——
(澪の母を探しに行くことは、ギリギリまで隠してくれないか。澪は、もしかしたら、おさない自分を置いて家から出た優香を、心のどこかで恨んでいるかもしれない……)
「生きた化石——といわれる熟練の悪魔祓いを探さなきゃいけない」
うそをついた秋の口調はカタコトみたいだった。
「それって、何日くらい?」
「——おっさん、東京の新宿にキリストの教会って何軒ある?」
「何軒もあるっていうのが妥当かもしれねぇ」
「そんなに?」
「一軒いっけん、たずねて回るつもりか?」
「そう、なるかも」
「ひとまず、二、三日はみねぇとじゃねぇか?」
「——それで」澪が言った。「なんでわたしに白羽の矢が?」
顔から嬉しそうなオーラが漏れている。
「ほら、おれ東京行った事ないし。そもそも電車の乗り方もよくわからない、から。澪について来てもらわないと野垂れ死ぬかも…」
もじもじとする秋に、澪は母性本能をくすぐられた。スマホも持たずに都会の交通網を乗りこなす秋の姿は全くもって想像ができない。だれかがついて行ってあげないといけないことは、火を見るより明らかだった。
「す、須賀さんは?」
「おれぁ、ダメだ。三日も穴を空けるわけにはいかねぇ」
(かすみさんは寺から離れられないし……。となると、わたししかいない、よね——秋と東京デート!?)
急に、ものすごく嬉しくなった。
「じゃ、じゃじゃじ、す、仕方ない、お供するしか、ないね」
「ちゃんと喋れよ」
「わぁ……、東京か。なに着ていこう」
「わるいな、澪だって忙しいのに」
秋はまた、やたらと綺麗な笑顔をした。この笑顔に、今度は嫉妬しないで済んだ。
「おし! そんじゃ、景気づけにラーメン食い行こう! 時間もいい頃合いだし」須賀が言った。
「え! わたしもいいんですか!」
「あったりめよ! 要さんも行かねぇかな?」
「ぼくは大丈夫です。皆さんで行ってきて」
暖簾をくぐって、要が入って来た。須賀は立ち上がり、頭を下げる。要も頭を下げる。
「須賀さん、澪がいつもお世話になってます。すいません、ご飯代は持たせますので、おねがいしてもいいですか?」
「あぁ、いえ、そんな、金なんていいのに」
「澪、ちゃんとお代は払いなさい、いいね?」
「うん、もちろん!」
「澪——」要は真面目な顔で見つめる。「行っておいで」
その言葉から、ふたつの意味が感じ取れた。
みんなとご飯を食べておいで。
それと。
東京に行っておいで。
「お父さん……」澪は胸の前に片手を置いて「——行ってきます!」




