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刀闘記  作者: 燈海 空
恋愛針筵 篇
30/96

ー玖ー


 霊剥れいはぎと巫女みこ。切っても切れない関係。どの道はっきりしていることは、澪の母に会わないとなにも進まない——。


「巫女の伝承でんしょうを優香からよくよく聞かされた」要は頭を上げて、「なぜ霊剥れいはぎを封じなければいけなかったか、それがよくわかるうたがある」


  リュウりとて 水濁みずにご

  してもどさば 人食ヒトグイいの

  うつろ御身おんみに 面影おもかげ

  かくもヒトとは べぬ魂欠タマガケ

  ミドリはりや 仕舞しまえ かくせや くらはら  


十二支じゅうにしたつ——つまり、りゅう白魔はくま

「龍の、白魔……」

霊剥れいはぎを受けた悪魔あくまが人間にもどったとしても、廃人はいじんになってしまう。それは知っているかい?」

「あ、はい」

たつの白魔の能力はテンワザワヒと呼ばれる。雨を降らし、その雨を浴びた人間は狂って人をおそう。感情も心も失って、人を食らうようになってしまう。そして霊剥ぎという行為は、その雨がもたらすものとなんら変わらないじゃないか、という皮肉が、吟の真意だ」


 それでも、もしかしたら、と要は思った。


「……優香なら、彼女なら、もしかしたら真の霊剥ぎへときみを導けるかもしれない」


 居間から離れて、もどってきた要は一枚の写真を持ってきた。裏面が黄ばんでいるその写真には、澪に似た美しい女性が写っていた。


    

 ・…………………………・


 駄菓子屋だがしやのレジに椅子を並べ店番をする、みお須賀すがのふたり。


「もしかしてきょう、東子さんの家、行ったんですか?」


(あああぁあぁぁ……、すっげぇ、この子の直感、声の圧もはんぱじゃねぇぞ——!)須賀は表情を凍らせる。


須賀すがさん?」

「すまねぇそのとおりだ、です」

「やっぱり、おかしいと思った。どうして、急に?」

「むかし、秋の父と、東子さんの親父さんに交流があった。それについて、訊かなきゃならんことがあるんだそうだ」

「そう、ですか。しゅう東子とうこさん、付き合うんですか?」

「それはない」

「あの、服のシミは?」

「わからねぇが……。うーん、なんつうか、泣きたいときが、だれにでもあるってことじゃねぇか、としか……」


 すると、店の入り口から子供がひとり、大声と共に入ってきた。


「澪ねえ! かあちゃんに怒られて10円持ってきたあぁぁぁ!」

「クソガキ……」

「––––あ」


 レジに並んで座る、須賀すがみおを見た、クソガキは数秒、硬直こうちょくしてから、やまびこがひびくほどの大声で——


「あぁ! 先約せんやくだ! 先約せんやく! すげぇ! じじぃが好きだったんだ澪ねえ!」

「ば、ばか! 違う! 10円はいいから帰れ!」

「え、いいの!? やったー! もーらいー!」


 なんの迷いもなく、10円をポッケにしまって、自転車にまたがるクソガキ——かれはこの日の夜、洗濯せんたくをするかあちゃんがポッケから10円を発見する事になるなど、思いもしない。


 今度はレジ奥の暖簾のれんをくぐって、秋が戻ってきた。


「お、秋、話し、終わったか?」須賀が声をかける。

「あぁ、済んだよ。待たせてごめん」


 澪はそっぽを向いている。


「なぁ、澪」

「……」

「おい、聞いてるか?」

「聞いてます」

「あのさ、おれと一緒に何日か東京に行ってほしい」


 澪はとっさに振り向く。


「と、ととつぱ、と、東京!?」

「ちゃんとしゃべれよ」

「なな、なぜに?」

「東京にE•A•E•Cっていう、悪魔祓あくまばらいの組織そしきがあるらしくて。おれ、理由わけあってその組織の、ある人に会わなきゃいけない」

「ある、人?」


 しゅうの頭の中に、かなめとの会話が流れる——


(澪の母を探しに行くことは、ギリギリまで隠してくれないか。澪は、もしかしたら、おさない自分を置いて家から出た優香ゆうかを、心のどこかでうらんでいるかもしれない……)


「生きた化石——といわれる熟練の悪魔祓いを探さなきゃいけない」


 うそをついた秋の口調はカタコトみたいだった。


「それって、何日くらい?」

「——おっさん、東京の新宿にキリストの教会って何軒なんけんある?」

「何軒もあるっていうのが妥当だとうかもしれねぇ」

「そんなに?」

「一軒いっけん、たずねて回るつもりか?」

「そう、なるかも」

「ひとまず、二、三日はみねぇとじゃねぇか?」

「——それで」澪が言った。「なんでわたしに白羽の矢が?」


 顔から嬉しそうなオーラがれている。


「ほら、おれ東京行った事ないし。そもそも電車の乗り方もよくわからない、から。澪について来てもらわないと野垂のたぬかも…」


 もじもじとする秋に、澪は母性本能ぼせいほんのうをくすぐられた。スマホも持たずに都会とかい交通網こうつうもうを乗りこなす秋の姿は全くもって想像ができない。だれかがついて行ってあげないといけないことは、火を見るより明らかだった。


「す、須賀すがさんは?」

「おれぁ、ダメだ。三日も穴を空けるわけにはいかねぇ」


(かすみさんは寺から離れられないし……。となると、わたししかいない、よね——秋と東京デート!?)


 急に、ものすごく嬉しくなった。


「じゃ、じゃじゃじ、す、仕方ない、お供するしか、ないね」

「ちゃんとしゃべれよ」

「わぁ……、東京か。なに着ていこう」

「わるいな、澪だって忙しいのに」


 秋はまた、やたらと綺麗な笑顔をした。この笑顔に、今度は嫉妬しっとしないで済んだ。


「おし! そんじゃ、景気けいきづけにラーメン食い行こう! 時間もいい頃合ころあいだし」須賀が言った。

「え! わたしもいいんですか!」

「あったりめよ! かなめさんも行かねぇかな?」

「ぼくは大丈夫です。みなさんで行ってきて」


 暖簾をくぐって、かなめが入って来た。須賀は立ち上がり、頭を下げる。要も頭を下げる。


「須賀さん、澪がいつもお世話になってます。すいません、ご飯代は持たせますので、おねがいしてもいいですか?」

「あぁ、いえ、そんな、金なんていいのに」

「澪、ちゃんとお代は払いなさい、いいね?」

「うん、もちろん!」

「澪——」要は真面目まじめな顔で見つめる。「行っておいで」


 その言葉から、ふたつの意味が感じ取れた。

 みんなとご飯を食べておいで。


 それと。


 東京に行っておいで。


「お父さん……」澪は胸の前に片手を置いて「——行ってきます!」





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