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刀闘記  作者: 燈海 空
風銀立神 篇
3/14

ー弍ー

 祭壇さいだんに雄々《おお》しく灯る緑色の火は、「火守としんあいする」といわれる。


 その言葉どおり、火守り人の命が絶えると、だれかが代わりに火を灯すまで、火は完全に消えたままになる。


 十年前、秋の祖母が急死した。

 祖母は、当時の立神家の火守りだった。

 

 火が消えた寺院の本堂内で秋の父——直之は、悪魔祓あくまばらいの妖刀を手に、ここぞと迫りくる悪魔たちと闘った。


 悪魔を狩るには必須ひっすともいえる風の異能力を使えない状態だった。直之は、己が体術たいじゅつ剣術けんじゅつのみを頼りに、邪悪じゃあく尖兵せんぺいを次々と切り伏せてゆく。


 十数匹の悪魔が斬られ、事態が収集すると思われたそのとき。空から隕石いんせきでも降ったような速度で真上から屋根と天井を突き破り、一匹の悪魔が現れた。


 岩石の如く盛り上がる筋肉に覆われた、強靭な肉体。はがねとも見まごうほどに硬化した皮膚が月明かりに反射し、淡紫色あわむらさきいろひかった。頭からは漆黒しっこくの二本角。


 上半身は裸。下半身だけズタズタに破れたジーンズは、人間だったそのなごりだ。さきほどまでの雑魚たちとは、明らかに風体がちがう。いままでが下位の悪魔なら、これは上位といえよう。


 異能力の源泉げんせんたる、緑の火が消えた状態で戦うことは、武器を持つ相手に素手でいどむに等しい。健闘むなしく、直之は凶爪きょうそうに腹を裂かれてしまう。


 勝利を確信し、高笑いをする悪魔に向かって、刀が弱々しく振りおろされた。突然だった。悪魔が足元を見ると、七歳のしゅうが、ガタガタと震えながら刀のきっさきを向けていた。


「ナンダ? コノコゾウ……、ナンダコノコゾウ! ハハハッ!」

「秋! いやぁっ!」


 駆けつけたかすみは悲鳴を上げた。


「オマエの子? オマエの子だ! コイツ、コロシタラ、オマエ、ドウナルノカナァ!?」


 しかしちいさな体は体当たりをされ、横に突き飛ばされた。秋が落とした刀を、血塗ちぬれの手が力強く握る。背水の刀身が上位魔の右手を斬った。紫の手は、宙を舞ってからすぐ塵となった。かろうじて息があった直之が、あがいた。


 とはいえ——手から落ちる刀。

 かすみは泣いた。

 叫んだ。

 嫌だ、嫌だと。

 何度も叫んだ。

 秋に駆け寄った。

 息子を抱きしめる。

 おさなほほには父親の血。

 幼い目をかすみの腕がおおう。

 見てはいけない。

 こんな残酷ざんこくを。

 子供に見せてはいけない。

 この子だけは絶対に殺させない。

 食うなら私を食え。

 殺すなら私だけを殺せ。

 身長が二メートル以上ある悪魔に怒声をぶつける。

 廊下を走る身軽な足音が聞こえる。 

 一秒。

 悪魔の左手を短刀が斬り落とした。


 短刀を手に駆けつけたのは、秋の祖父、銀次ぎんじだった。銀次は、倒れた自身の妻のそばで最期さいごまで名前を呼び、心臓を叩き、蘇生そせいをしようとしていた。そのために一足、遅れてしまった。


「ァァァッ! オマエ……、がァァアッ!」


 悪魔はうめき、さわぐ。銀次はそのまま短刀を左胸に突き立てる。絵巻に描かれる悪鬼あっきのような全身は、灰色の塵と化す。


「火が……、キエタノ……、ニ……」


 肉体を失った悪魂あっこんくやまぎれの断末魔だんまつまをあげ、闇夜やみよに消える。


 銀次は「直之なおゆきを!」と声をあげた。走り、祭壇さいだんの前に座り、流れるように経を唱える。緑の火は、みるみる灯ってゆく。


「なお! ねぇ……、なお、死なないで!」かすみは直之なおゆきかかえて名前を呼ぶ。何度も、何度も。


 膝が夫の血で真っ赤に染まってゆく。

 

「なお! なお! なお……」

 

 かすみは、うつむく。

 すでに事切れていた。

 

 ——緑の火が完全に灯った。

 これで悪魔は寺院に近づけない。

 銀次は一旦経を止め、直之のそばに駆けつける。

 

「わしがはよう来とれば。悪魔あくまめが、悪魔ごときめがっ!」

「なお……、ねぇ……、なお! 起きてよ。ねぇ…」


 泣き声がむなしく響き渡る。そのかたわら、ふるえ、座りこみ、おびえる七歳のしゅうは残酷な光景を、幼い瞳に強く焼きつけた。




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