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刀闘記  作者: 燈海 空
恋愛針筵 篇
22/98

ー壱ー

 


 緑色の火が猛々《たけだけ》しく燃え上がる祭壇さいだんの前で夜通し座り、火守りの経を唱えていた立神かすみと銀次ぎんじは、その場で仰向けにひっくり返った。


「終わり、ましたね」


 かすみの紺色の和装わそうは汗でびしょ濡れになり、その色合いは黒に近くなってしまった。肩からうっすらとき出た〝塩〟が、かすみがながした汗の量を物語る。脱水状態だっすいじょうたいなのはまちがいなく、給水きゅうすいをしたいが、それすらもめんどくさいと思うほど、全身に力が入らない。


「秋はいったい、なにと闘かったんじゃ」

「長い闘いでした…」

「……」銀次はおもむろに、「蔵の鍵はもっとるな?」

「はい、金庫の中にあります」

「いよいよ〝アレ〟をしゅうに見せるときやもしれん」

「アレと言うと?」


 銀次は、祭壇さいだんともる緑色の炎を見上げた。


刀闘記とうとうきを秋に見せるときじゃ。白い悪魔がでおったんなら」


 かすみの顔つきが変わった。さっしたような、なにかを覚悟したような顔。いまはあえて、それ以上たずねようとはしなかった。


「ひとまず、お水を飲んで、お風呂に入らないと…」

「じゃの。さすがにわしも、がきみたいになってしまうて」



「あの、すいませんでした」澪は横を向き、運転する須賀に話しかけた。「スクーター、学校に置いてきちゃって」


 澪が小学校に駆けつけた時に乗っていたスクーターは、警察けいさつがトラックを手配し、澪の自宅に運ぶながれになった。


 夜中に駆けつけたんだ、つかれているだろうから、なんもかんがえずにおれの車に乗って帰ったらいい——そう言った須賀すが配慮はいりょだった。


「しっかし、なんだって小学校で秋が闘っているとわかったんだ?」

「あ、それは……」澪はポケットからコンパスを取りだした。「このなかに転がっている玉が、秋の刀のかけらなんだそうです。それが、方角を教えてくれて」

「へぇ、そんな便利なもんがあんのか。うちのガキもおっそくまでゲーセンかなんかで遊んでるから、おれもほしいな、それ」

「息子さんが妖刀を持ってないと、意味ないですよ」

「そうか、そりゃだめだな」

「——あとは、ざわざわしたから、なんか眠れなくて……」


 そう言った澪の横顔に、須賀は優香の面影を見た。だがいま、お母さんは元気してるか? などと口にするほど無神経ではない。


 澪はふとサイドミラーをのぞき込んだ。刀を抱っこして、すわりながら頭を垂れて寝息ねいきを立てる秋のすがたがうつった。


「寝てるか?」須賀が言った。

「はい、ぐっすり」澪がサイドミラー越しに見た。「あ、あの……、いてもいいですか?」

「お? なんだ? おっさんに分かることなら、なんでも訊いてくれ」

「え、えっと……」


 須賀を人生の先輩と見込みこんで、澪は相談そうだんをしてみることに決めた。


「と、東子とうこさんは、しゅうのこと好きだと思いますか?」

「どうだろう。犬猿、って感じに見えたが」

「そう……。ですか……」


 雰囲気からして、澪が秋に想いを寄せていることくらい、中年歴戦既婚男性の須賀には察しがつく。


 「……ん? おっさん、ここ、どこ?」

「もうすぐ澪さんち、着くぞ」

「——あ、そういえば澪、あれ決めたのか?」

「あれって?」


 しゅうはいたって普通に、日常会話の延長できょうは天気がいいね、くらいの感覚かんかくで——


「ほら、婿むこに鍛冶屋にいでもらうって話。要さんだって弟子でしができたらうれしいだろうし」


 このバカ——! と須賀は喉まで溢れかえる言葉をどうにか胃に押しこんだ。澪は顔を赤くして、秋のふとももをベシベシと叩きはじめる。


「いってっ! なんだよ急に!」

「うるさい! ばか! しらないっ!」

しゅう、おまえ……、剣術以外けんじゅついがい勉強べんきょうしないとだな」

「剣術ができてればいい——」

「ばか」澪が言った。

「——なんなんだよ、急にキレて……」

「秋が! ばか」澪はぷいっと進行方向を向いた。


(まずこの男の社会性しゃかいせいの部分を育てないと、恋愛れんあいどころじゃないぞこりゃ)須賀は肩を落とした。謎の疲労感を抱えたふたり——その背中に向かって、秋が追い討つように言ったひとことは爆弾バクダンだった。


「澪、学校に好きなやつとか、いないのか? おれは学校とかきらいだけど。澪はちゃんと通ってるのに彼氏いたとか聞いたことない。おまえ、モテないのか?」











「いってぇっ! そんなに強く叩くなって!」

「ばか! しらない! あっち行って!」

「車んなかだろ。動きようがない」

「須賀さんの真後ろに座って!」


 しかたなく秋は、車内でお尻ひとつ分、席を移動した。








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