ー拾漆ー
「ん……、なんだろこの感じ……」
澪は布団の中で、もぞもぞと寝返りを何度もうっていた。ピンク色のかわいいキャラクターが描かれたカバーを着た、軽い羽毛の掛け布団が、あっちへ、こっちへ。めくれたり、もどってみたりを繰り返す。
暑くて寝苦しいだけかと思ったが、そうでもない。なぜか落ちつかない。
「秋……、きょうも闘ってる? あー、もうっ!」
ガバッと布団をめくり、起きてみる。白いTシャツと少しモコモコとした短パンルームウェアの寝巻き姿のまま、目をこすりながら歩き鍛冶場に向かった。そこに行けば気持ちがリセットされそうだったから。
しかし要がそこにいた。
「え、お父さん起きてたの?」
要は目を閉じて、ゆっくり呼吸をする。
「ざわざわ、するだろ?」
「え?」
「刀の聲が聞こえたんだね」
「刀のこえ?」
要は、椅子から立ち上がり、鍛冶道具がしまってある木製の収納棚に向かった。収納棚から、方角を確認するときに使う、手のひらサイズのコンパスを持ち出し、澪のそばにきた。
「それ、なに?」
「火守り人が、悪魔祓いと疎通しているのは知っているね?」
「秋と、かすみさんでしょ?」
「そうだよ。そして、秋くんが持っている刀は、妖刀だ」
「ああ、たしかそうだったっけ」
「妖刀はなぜ妖刀と呼ぶのか、わかるかい?」
「呪われてる?」
要は「あっはは」と軽く笑ってから、すぐに真剣な顔になり、澪の目をまっすぐに見た。
「生きているんだ」
「刀が?」
「そう」
「ほんとに?」
「秋くんの刀はね、平安時代から振られている刀なんだ」
「うそ、骨董品じゃん」
「普通の刀だったら、欠けて研いでを繰り返していたら刀身が痩せて、使い物にならなくなり、観賞用になるのがオチだけども。妖刀はね、自己再生するんだよ」
「え——、ちょっときもいかも」
「正直でよろしい」要は笑った。「大丈夫、足が生えたりはしないから」
要が持つコンパスの中には〝東西南北〟などの細かい方角が描かれているが、肝心の針がない。
「よく見ているんだよ、いいかい」
コンパスの丸いガラスの蓋をパカっと外し、装束の懐から取り出したちいさな黒玉をコンパスの中に入れた。
玉はからからと音をたて、しばらくコンパスの中を転がってから、ピタッと〝北西〟の方角に張り付いて止まった。
「どういうこと?」
目を丸くする澪にしっかり見せるようにして、要はコンパスをゆらゆらと揺らした。コンパスの中の玉は一度自由に転がったが、まるで磁石に引き寄せられるようにして——やはり北西に張り付く。
「この玉はね、秋くんの刀を研いだ時にこぼれた、鉄粉を固めたものなんだ」
「カケラみたいなもの?」
「そうだね。このカケラは今、秋くんの刀にもどろうとしている」
「……てことは、この玉が行きたがっている方角に秋がいるってこと?」
「そう。いいかい澪。火守り人が悪魔祓いと疎通するなら、刀鍛冶は、刀と疎通する。妖刀は、自分に触れた人間を覚えているからね。——その玉に従って、秋くんの所に行きなさい」
「え、わたし、なにもできないよ」
「でも——するだろ? ざわざわ」
「え、まぁ、うん、でも……」
胸騒ぎの原因が、《《鍛冶屋の娘であること以外》》にもある——とういうことを本人はまだ知らない。
「行ったほうがいいよ。後悔しないために」
「——」澪はなにかを察して、「お母さんが関係ある?」
要は視線を横に流した。
「いずれ、ちゃんと話すよ。でもいま、おまえに必要なものはこれだ」
装束のふところから取り出されたものは、スクーターの鍵だった。
「なんだか、四次元ポケットみたい、お父さんのふところ」
「たしかに。——さぁ、気をつけて行っておいで。きっと、おまえの聲が必要なんだ」
「よくわかんないけど、でも、ざわざわを消すにはそれしかないんだな、ってわかる」
澪はスクーターの鍵を手に取った。
「——行ってきます!」
「あわてずに! 法定速度は守りなさい」
「はい!」
去る娘の背中がのれんに吸いこまれて、消えて、要は息をついた。目を閉じて、緑の炎を思い浮かべる。
「まだ目覚めてはいないけれど、それでも今夜、澪の存在が必要になったんだね。きっとわるい気が——、秋くんを狂わすはずだ。だから——」
顔を上げると、不意に頬を伝う雫が。
「あの娘の未来に、どうか、きみの導きがありますように……。優香——」




