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刀闘記  作者: 燈海 空
風銀立神 篇
18/109

ー拾漆ー


「ん……、なんだろこの感じ……」


 澪は布団の中で、もぞもぞと寝返りを何度もうっていた。ピンク色のかわいいキャラクターが描かれたカバーを着た、軽い羽毛の掛け布団が、あっちへ、こっちへ。めくれたり、もどってみたりを繰り返す。


 暑くて寝苦しいだけかと思ったが、そうでもない。なぜか落ちつかない。


「秋……、きょうも闘ってる? あー、もうっ!」


 ガバッと布団をめくり、起きてみる。白いTシャツと少しモコモコとした短パンルームウェアの寝巻ねまき姿のまま、目をこすりながら歩き鍛冶場に向かった。そこに行けば気持ちがリセットされそうだったから。


 しかしかなめがそこにいた。


「え、お父さん起きてたの?」


 要は目を閉じて、ゆっくり呼吸をする。


「ざわざわ、するだろ?」

「え?」

「刀のこえが聞こえたんだね」

「刀のこえ?」


 要は、椅子から立ち上がり、鍛冶道具がしまってある木製の収納棚しゅうのうだなに向かった。収納棚から、方角を確認するときに使う、手のひらサイズのコンパスを持ち出し、澪のそばにきた。


「それ、なに?」

火守ひもびとが、悪魔祓あくまばらいと疎通そつうしているのは知っているね?」

「秋と、かすみさんでしょ?」

「そうだよ。そして、秋くんが持っている刀は、妖刀ようとうだ」

「ああ、たしかそうだったっけ」

「妖刀はなぜ妖刀と呼ぶのか、わかるかい?」

「呪われてる?」


 要は「あっはは」と軽く笑ってから、すぐに真剣な顔になり、澪の目をまっすぐに見た。


「生きているんだ」

「刀が?」

「そう」

「ほんとに?」

「秋くんの刀はね、平安時代から振られている刀なんだ」

「うそ、骨董品じゃん」

「普通の刀だったら、欠けて研いでを繰り返していたら刀身がせて、使い物にならなくなり、観賞用かんしょうようになるのがオチだけども。妖刀はね、自己再生じこさいせいするんだよ」

「え——、ちょっときもいかも」

「正直でよろしい」要は笑った。「大丈夫、足が生えたりはしないから」


 要が持つコンパスの中には〝東西南北とうざいなんぼく〟などの細かい方角が描かれているが、肝心のしんがない。


「よく見ているんだよ、いいかい」


 コンパスの丸いガラスのふたをパカっと外し、装束の懐から取り出したちいさな黒玉くろたまをコンパスの中に入れた。


 玉はからからと音をたて、しばらくコンパスの中を転がってから、ピタッと〝北西ほくせい〟の方角に張り付いて止まった。


「どういうこと?」


 目を丸くする澪にしっかり見せるようにして、要はコンパスをゆらゆらと揺らした。コンパスの中の玉は一度自由いちどじゆうに転がったが、まるで磁石に引き寄せられるようにして——やはり北西ほくせいに張り付く。


「この玉はね、秋くんの刀を研いだ時にこぼれた、鉄粉てっぷんを固めたものなんだ」

「カケラみたいなもの?」

「そうだね。このカケラは今、秋くんの刀にもどろうとしている」

「……てことは、この玉が行きたがっている方角に秋がいるってこと?」

「そう。いいかい澪。火守ひもびと悪魔祓あくまばらいと疎通そつうするなら、刀鍛冶かたなかじは、刀と疎通そつうする。妖刀ようとうは、自分に触れた人間を覚えているからね。——その玉に従って、秋くんの所に行きなさい」

「え、わたし、なにもできないよ」

「でも——するだろ? ざわざわ」

「え、まぁ、うん、でも……」


 胸騒ぎの原因が、《《鍛冶屋の娘であること以外》》にもある——とういうことを本人はまだ知らない。


「行ったほうがいいよ。後悔しないために」

「——」澪はなにかを察して、「お母さんが関係ある?」


 要は視線を横に流した。


「いずれ、ちゃんと話すよ。でもいま、おまえに必要なものはこれだ」


 装束のふところから取り出されたものは、スクーターの鍵だった。


「なんだか、四次元ポケットみたい、お父さんのふところ」

「たしかに。——さぁ、気をつけて行っておいで。きっと、おまえの聲が必要なんだ」

「よくわかんないけど、でも、ざわざわを消すにはそれしかないんだな、ってわかる」


 澪はスクーターの鍵を手に取った。


「——行ってきます!」

「あわてずに! 法定速度は守りなさい」

「はい!」


 去る娘の背中がのれんに吸いこまれて、消えて、要は息をついた。目を閉じて、緑の炎を思い浮かべる。


「まだ目覚めてはいないけれど、それでも今夜、澪の存在こえが必要になったんだね。きっとわるい気が——、秋くんを狂わすはずだ。だから——」


 顔を上げると、不意に頬を伝う雫が。


「あの娘の未来に、どうか、きみの導きがありますように……。優香——」



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