ー拾伍ー
白髪の男は片手を挙げた。すると近くにいた警官が首をおさえて苦しみだした。秋は刀を抜き、その場から駆けだす。
「お、おい! 秋っ」須賀が声を投げる。
軽々と飛び、その首筋を目掛けて刀を振ろうとする——振ろうとしたが、秋の躰が静止してしまう。空中で振りかぶったまま、写真のように止まってしまった。
「おやおや、風の能力も役に立たなきゃダメじゃないか……。ヘビに噛まれただけで止まってしまっては無様だよ」
「おまえは……」秋はどうにか口を動かす。「白魔——人を悪魔に変えて遊ぶ者——ほんとうにそうなのか」
白髪に赤い目。そして干支の動物に準じた異能力を使う、知的悪魔がいる。悪魔祓いなら、だれしもがその存在を知っている。だがそれは歴史書に出てくるような過去の話であり、現代で遭遇した者はいない。これまではいなかった。
「ぼくも白魔がいるとは思わなかったよ。なんせ、戦国時代には滅んでいたハズだからね」
「彼女も、おまえが悪魔にしたのか」
「まぁ……、そうだね。ここに殺意があるよって悪霊に紹介してあげたんだ。すこし普通とはちがう力を分け与えてから、ね」
「あんな唾液をまき散らすやつは見たことがない。余計なことを——」
「マンネリするよりはいいじゃないか。爪を振るだけが悪魔じゃない——そのほうが楽しいでしょ?」
話しながら白髪の男は、コンテナの上で行ったり来たり——のんきに散歩をしている。途中、指をパチンと鳴らすと、苦しんでいた警官から《《なにか》》が離れた。首を絞められていた反動で、げほげほと咳こみながら、うずくまってしまう。
「ところで、秋くん。東子には、会ってくれたかい?」
白髪の男はそう言うと立ち止まり、こちらにくるっと体を向けた。そのツンとした切れ長の目はどこか、東子に似た面影を感じる。
「あぁ、会ったな」
「そっか。また会ったら、伝えてくれない? こっちにおいでって。妹に伝えて欲しいんだ」
妹と聞いた須賀は、目を見開いた。
「おまえ、まさか三代西威か!」
「おじさん、ぼくを知っているの?」見下す目線。
「討魔第参分隊の隊長……! ある任務で、第参分隊は壊滅した。悪魔の爪ではなく、刀による裂傷で全員死んだ。隊長だった三代西威——おまえただひとりの失踪という謎を残して、全員だ!」
須賀の言葉をしっかり聞き届けた西威は、パチパチと拍手をした。口角は笑っているが、目は死んでいる。
「刑事さん。なぜ、三代家の悪魔祓いが刀を二本、持っているか知ってる? 左手で抜く刀は悪魔用。右手で抜く刀は人間用。三代の家訓は、己以外を信ずるな——」
西威はコンテナから軽々と飛び降りた。コンテナの扉をロックしていたかんぬきの金具を外す。
「もういいよー」と指を鳴らし、秋を拘束から解く。透明な蛇がスルスルっと、秋から離れたように見えた。
開いたコンテナの扉のまん前に落下した秋はそのなかで蠢ぐ、太くて長い物体を見た。
「新たな命、そのお相手をよろしく、ね」
そう言って西威は去ろうとする。
しかし視界に入ったのは、見慣れた面影——
「東子! 来てくれたのか! お兄ちゃん、嬉しいよ!」
西威は歩きながら両腕を横に大きく広げ、そのまま抱きしめるつもりで妹の名を呼んだ。
東子はただそこで、黙って立っている。
メガネが白く反射し、その表情まではわからない。
「人間にしがみつく必要はない。こっちにおいで」
西威は歩み寄る。しかし彼女は刀を抜いた。二本の刀のうちの、左手で抜く悪魔用の刀を西威に向けた。
「お兄ちゃんを、返せ。くそ白髪悪魔が」