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刀闘記  作者: 燈海 空
風銀立神 篇
15/55

ー拾肆ー


 秋は、目の前で塵となった青柳梓あおやなぎあずさを直視できずにいた。月明かりが反射し、キラキラと光るちりの上には、梓のピンク色の衣服いふくが抜け殻のように横たわる。


 これは正しい行いだ、と頭では言っているものの、胸がムカムカし、おのが良心が語りかけてくる。


 (おれは、人を殺した……?)  


 命を落とす寸前、微笑みながら「よかった」と梓は言った。


 肉体は悪魔でも、心はまちがいなく人間だった。これまでに悪魔が人間にもどったという事例は、非常に稀なケースを除いてほとんど存在しない。悪魔祓あくまばらいの常識の中では、悪魔が人にもどるという常識はない。すくなくともいまは。


「秋、大丈夫か?」


 須賀すがの包みこむような声に——秋はわれに返った。


「うん」

「怪我は? 早く酸を食らったところを手当てしねぇと」

「あぁ、そうだね……」


 すると、遠くからパトカーのサイレンが小学校に近づいてきた。三台のパトカーから数名の男性警官と、ひとりの中年女性が降りた。穴だらけの土や、外壁、割れたガラス窓——警官は散開して学校をらした主を探す。


「あずさ? いるの? あずさ!」


 声をあげた女性は梓の母だ。男性警官に付きわれながら彼女は、あたりを見回し、闘いの痕跡をたどり、学校の裏庭に来た。


 そこに積もる塵。見覚えのあるピンク色の服。それを見た梓の母は駆け寄り、膝を折り、塵を手ですくい、衣服を抱きしめ、泣き崩れる。そのかたわらで秋は立ち尽くした。


 須賀と男性警官は互いに敬礼し、現状説明を交換しあう。泣きじゃくる梓の母は、秋を見た。手には刀——。


 理由はどうあれ娘の命を絶った人間が目の前にいる。四つん這いのまま近づき、秋の左脚を掴んだ。拳を握りしめ、立ち尽くす秋の足に何度も叩きつける。


 あわてて須賀が駆け寄り、梓の母を秋からがした。


「お母さん! この子はわるくない」

「あんたが殺したんでしょっ!  あずさを——あずさを返してっ!」

「お母さん、この子は悪魔祓いの仕事をしただけだ。おねがいだ、わかってくれ」


 須賀は片膝かたひざを折って彼女にい、震える肩に手を添えた。


「ねぇ」地面を涙で濡らしながら、梓の母は言った。「悪魔のいない世界を作ってよ……。おねがいだから」


 それは、悪魔化あくまかした娘を消した人物に対する、精一杯の言葉だった。いみごとを投げつけることもできた。しかし掻き乱れる心をなんとか落ち着かせ、どうにか建設的な言葉を選んだ。梓の母は、男性警官に肩を持たれつつ、その場から去っていく。

 

 梓の着ていた服のポケットから、ピンク色の可愛らしいネコミミケースを着たスマートフォンが滑り落ちた。その画面は「Low Battery」と、赤い電池のマークを表示させ、自らの電源を落とした。去る母の背中を、見届けたかのように。



 秋は刀を月明かりに反射させて、刀身の痛みを確認しながら考えた。


 ——悪魔を斬る以外の道はないのか——


 須賀は携帯で刑事らしく、どこかに連絡をしている。すると小学校のグラウンドの方から、重厚で大きい金属のかたまり——乗用車一台じょうようしゃいちだいが空から落ちてきたような大音が聞こえた。


 その音につづき、男性警官たちの叫び声があたりにこだました。


 秋と須賀は目を合わせ、なにかおきた…、と暗黙あんもく意思疎通いしそつうすると、すぐさまグラウンドに駆け出した。


 グラウンドにたどり着くと、そこには、先ほどまではありもしなかった貨物用コンテナがあった。幅と高さは4メートル弱。グラウンドの土には、コンテナを引きずった跡も、なにかの重機に運ばれてきた形跡もない。


「なんだあれ、空から降ってきたのか?」須賀の口がポカンと開く。


 コンテナの上から足を投げ出し足組みをして座るひとりの男。


「へぇ。立神たちがみのか。そんな気がしたよ。やけに風が心地よいからさ。うっとおしいくらいに、ね」

「な、なにもんだ! そのコンテナはなんだ! どうやって運んだ!」須賀は銃口を向ける。

「立神の、秋くんだよね?」 

 

 男は須賀を無視して、秋に声をかけた。

 赤い瞳が深く、深く、こちらを覗きこむ。

 白髪が、夜風に揺れる。

 

強酸きょうさんを使う悪魔。なかなか面白かったでしょ? ぼくが用意したおもちゃとの遊びは、楽しかったかい?」


 彼はそう言って無邪気に笑った。



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