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刀闘記  作者: 燈海 空
風銀立神 篇
14/14

ー拾参ー


 爪を根元からみ、折りはじめた。十本の爪を、一本、また一本。犬歯けんしするどく伸びた歯で噛み、折ってゆく。爪を失った指先からは、血の代わりに濃い紫色の液体が垂れた。その色は、さきほどまで緑色だったものが、より強力になっていることを示している。


 指先から延々《えんえん》とき、垂れしたたる液体。それは、ただいまより爪による近接攻撃を捨てて、液体による攻撃に終始しゅうしする事を物語っている。遠距離攻撃に特化した、ともいえるだろう。


「ハーイ、センセイ」


 声高こえだか不協和音ふきょうわおんととともに、梓は挙手する。


「なんだ」


 秋はあえて、会話に付きあうことにする。


「ヒトは、シヌト……、ドウナリ、マスカ……」

「自分でたしかめてきたらどうだ」

「ワタシハ、キライナヒトガ、いまス」


 悪魔が言うにしては、具体的な言葉のように思えた。


「ワタシをイジメタ……、ユキチャン、シズカチャン、マイ……」


 この小学校はあずさ母校ぼこうだった。彼女は小学生五年生のころから、いじめを受けていた。


 ある日、マイが好意を寄せていた男子生徒が、梓に告白をしてしまう。それから女の怨嗟えんさに火が付いた。いじめがはじまった。


 梓は二次元のキャラクターに恋をしていたため、リアルな恋にはまったく興味がなかった。男子生徒を迷いもせずに、ふった。それがまたマイにとっては気に入らなかった。


 執拗しつようないじめを受けながらも、梓は、なんとか小学生時代を乗り越えた。しかし、全生徒が百人程度だった小学校から、三百人以上の中学校に入ると、マイはまっさきに梓の居場所を奪った。


 ありもしない噂話を校内に言いふらし、梓が学校に来れなくなる状況を意図的に作った。マイは優秀ゆうしゅうだった。人間関係も、勉学も、所属していたバスケ部も、あたりさわりなく、こなしていた。


 彼女が言うのなら、本当なのだろう、と。

 だれもうたがわず、わるいうわさを信じた。


 学校に居場所を無くした梓は、入学式から数えて約一ヶ月ほど中学校に通ったのち、家にこもることになる。ネットの世界に居場所を見出し、ここが生きる世界だと実感し、動画投稿どうがとうこうを始めた。美少女中学生の名目で、あっという間に有名になった。


 ——あんたに居場所を奪われても、わたしはこんなにも大勢から好かれている——


 しかし今度は父親だ。

 

 彼は、職場で多くの部下を抱えていた。自分の面子メンツ世間体せけんていがなによりも大切だった。社内しゃないでは、厳格げんかくですきのない気むずかしい上司を演じていた。


 一躍いちやく有名になった梓の動画は社内に広まった。投稿主が、青柳部長あおやなぎぶちょうの娘、という事実もすぐに拡散。耐えがたい羞恥心が毎日おそってくる。自分が築きあげてきた社内での威厳いげんが、音を立てて崩れるような感覚を覚えた。——娘を殺してでも、動画の配信を止めねばならない——。


「オトウサン、ハ、タクサン……コロシタカラ……。コンドハ……、マイチャン……、コロサナキャ」


 いま放った言葉を、そのまま解釈かいしゃくをするならば、記憶の中のマイに似た女子中学生を殺害して歩くということ。


 紫の液体が、乱雑に飛び散る。

 草を焼き、土を焼く。

 しかし、ゆっくりと歩む秋には一滴いってきもかかっていない。


 身を守る風——矢でも、銃弾でも、いまは秋を貫くことはできない。飛び道具は高圧の風にはばまれ、ことごとくその飛力ひりょくを失う。


「ナンデ! ナンデッ! ナンデェッッ!」


 何度も何度も。

 爪のない手を振るう。

 液体が当たらない。

 もどかしい。

 いらだつ。

 天敵が近づいてくる。

 ゆっくり。

 一歩ずつ。

 ——瑠璃色るりいろの瞳が見えた。

 

「キミ……、おなじ? もしかして……、わたしと……?」


 悪魔の瞳が、人間の色を取りもどす。


「そっか」その声は不協和音ではなかった。「きみに殺されるなら、いいよ。わたしとおなじくらい、さみしそうな目、しテるから」


 抱きしめるようなひと突きが、梓の命を終わらせた。力を抜き、風の盾を解放すると、あたりに涼しげなそよ風が吹いた。裏庭に生えた低い木の枝に小学生が吊るした小さな風鈴が、ちりん——はかなく哭いた。



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