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刀闘記  作者: 燈海 空
風銀立神 篇
13/14

ー拾弍ー



 あずさは約五メートルの高さまで上昇した。両手の爪を、串料理くしりょうりを食べるような動作でめて。上空から爪を振るう。


 当然ながら爪そのものは届かない。しかし、爪にだらだらとしたたっていた液体が飛び散って、秋をおそう。


 全力疾走で走り、液を避けるその様を上空から見下し、梓は嬉しそうに笑う。薄い湯気のようなけむりを昇らせながら、液体は地面の土を焼いてゆく。


「アハハハッ! イイネ! イイネッ! ノタウチマワレッ!!」


 爪を舐める。

 毒液を飛ばす。

 上空からの一方的な攻撃。


 その足の速さで毒液を避けつづける秋だが、このままでは守りに徹してしまう。——二発の銃声。


「こっちを向きやがれぇっ!」


 リボルバー型拳銃を撃ったのは、物陰ものかげで秋の闘いを見守っていた刑事の須賀だ。銃弾は上空に居座いすわる梓の翼にふたつ、ちいさな穴を開けた。——その穴はすぐさま塞がった。


「ナニ……、アレ……。ウケる、アッハハハ!」


 見られているなら好都合とばかりに、須賀が動いた。近くにあったガーデニング用の大型おおがたスコップで校舎の窓を割り、鍵を開け、窓を開けた。


「おい秋、こっちだ!」

「……釣れるのか?」うたがいながらも、秋は校舎に入った。

「ヨルノ、ガッコウ……。イイね、ソレ……! バズるんじゃないノ? あっハハッ!」



 しゅう須賀すがのふたりは、教務室きょうむしつに駆けこんだ。姿勢を低くし、いくつも置かれている机のそばで身を隠した。廊下の明かりはついているが、教務室の照明は、まだぐっすりと寝ている。


「大丈夫なのか! 診せてみろ!」


 須賀は、秋が液体を浴びたところを懐中電灯で照らした。火傷やけどは深くないが、肌は痛々しくただれている。


「すまん……。おれがそばにいながら…」

「大丈夫。これくらいなら、薬《喜神薬》で治る」


 つかの間の会話も許されない。

 すぐに不協和音が聞こえた。

 梓が迫っている。


「ネェェ、ツヅキ、しヨウ……」教務室のドアが蹴破けやぶられた。「シツレイ……、シマーす。だって。ハハハッ……」


 小学生のセリフを真似てから、梓は手当たり次第に机をり散らしてゆく。が、どこをひっくり返してもふたりはいない。


「コッチ……、カナぁ?」


 悪魔祓いのにおいを辿ってゆく。それは別棟べっとうにあたる実習棟じっしゅうとうにつづいていた。理科実験室りかじっけんしつや、家庭科調理室かていかちょうりしつなどがある。


「ココカ、ナァ……?」


 においが《《より濃く》》感じられる、理科実験室のドアを蹴破けやぶる。ぶっ飛ばされたドアは、教卓きょうたくを殴った。禍々しい視線が室内をめる。背もたれのない、丸椅子まるいす蹴散けちらしながら、秋を探す。


 しかし、梓は急に足を止めた。

 ひどい頭痛に晒されたように、頭を抱えて、もがきはじめた。


「ッッアァっ! いやだ……。悪魔になんか、なりたく、ナイ!」


 紫色の肌は人間らしい色が戻り、瞳も優しい女性の瞳に近づいてゆく。


「ウウっ……。あぁ……」


 苦しむ梓。

 その背後に秋が忍び寄る。

 首筋を目掛けて、刀を薙ぐ。

 

 しかし鳴ったのは金属音。首を斬ったのなら鳴るはずのない音。刀は爪に受け止められた。


「アクマになりたくない、ナンテ……、ウソ! ハハハハッ!」

「秋! やつから離れろ!」


 理科室の入り口から、須賀が飛びこんできた。

 両腕には、水がいっぱいに入ったバケツを抱えている。


「うおおあぁっ!」


 雄々《おお》しく叫んだいきおいをそのままに、バケツの水をあずさに浴びせる。


「––––ッッ! アアアアッ!」


 水を浴びた全身から、湯気のような煙がのぼる。

 同時に梓は苦しみ、悶え、暴れた。

 出窓を突き破り、理科室に面した校舎の裏庭へと自らの体を投げた。

 飼育小屋しいくごやのウサギもおどろき、怯える。


「秋! けがは!?」

「おっさん、なにかけたの?」

「あいつ酸を出すんだろ?」

「ああ……」

「もしやと思って。家庭科室にあった重曹じゅうそうを水に混ぜたんだ。あいつが酸なら、アルカリ性の重曹が効くんじゃねぇかと思って」

「……すごい発想するね」

「と、とりあえず効いただろ?」

「らしい。助かった」


 梓を追って、秋はひとり裏庭へ。ふたたび相対する二者の距離感きょりかんは、西部劇の映画などでよくある《《決闘》》のそれに、よく似ていた。


 刀をだらりと持つ。

 左手は胸の前。

 片手の合掌。

 目をつむる。


 死んだ父——直之なおゆきの言葉が蘇る。

 十一年前。

 まだ幼かった六歳の秋が耳にした、父の言葉。


 ——いいかい、秋。立神の剣術はね、風の力を借りるんだ。風は、おまえの躰を運び、悪を攻むるつるぎになるだけではないよ。降り注ぐ矢から身を守る《《盾》》にもなってくれること。それを必ず、覚えておきなさい。




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