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刀闘記  作者: 燈海 空
風銀立神 篇
12/14

ー拾壱ー

 

 夏の夜。

 小学校のグラウンド。

 ひとりの男が立っている。

 中肉中背。

 サラリーマンの服装。


 しかし、妙だ。まるでカカシのようにそこから一歩も動かないし、肩も上下していないから、呼吸をしているのかすらも、あやしい。その男の頭上から、一匹のコウモリが飛んできた——いや、それにしてはあまりに大きすぎる。


 その大きな翼の生き物は、満月が居座いすわる夜空から降ってくるように急降下。目指すは、グラウンドに立つ男。


「コロシテ……、ヤル!!」


 迷いなどなく、男の左胸を爪で一突き。あっけもなく相手は倒れたが、血は流れていない。悪魔と化した青柳梓あおやなぎあずさは、うつ伏せで倒れる男を、左手に持ったスマートフォンでビデオ撮影しはじめる。


 端末の電池はもうわずかしか残っていない。あずさが着ているピンク色の膝丈ひざたけまであるパーカーは、所々が溶けたように破れている。強酸に食い破られたような衣服のすきまから、女性用の下着と、紫色の肌が見え隠れする。


「アハハハッ! イイネ! イイネ! コウヒョウカッ! ハハッ……」


 だれもいないグラウンドで倒れこむ男を撮影し、よろこびにひたる。しかし——悪魔になり幾分いくぶん、低下した知能でも《《おかしい》》と気づく。


「……ァァ? コイツ、イキテる?」


 梓は、亡骸の腹を蹴った。うつ伏せから仰向けになった男は——変装をしたマネキンだった。


「ア? ドッキリ……! ドッキリダ! アっハハッ!」


 すると背後から、やけに軽やかな、それでいてかなり素早い足音が迫ってきた。とっさに振り向き、鋭く伸びた両手の爪で自身の顔を守る。振り下ろされた刀を防いだ。


「アァァア! イヤダァァアッ!」


 女性の声が混じった、気味悪く甲高かんだか不協和音ふきょうわおんがグラウンドにこだまする。


 しばらく刀と爪は鍔迫つばせり合ったが、梓が両手を左右に大きく払った。刀は弾かれる。秋は、そのまま流れるように背を向けて、走り、距離を取る。


「マテェッァッ!」


 漆黒に染まった背中の翼をあおぐ。

 飛んで、秋に迫る。

 右手の爪を逃げる秋の後頭部に当てようとする。

 しかし横薙ぎの爪は、くうを斬った。


 その身を低く、攻撃を避けた秋は、軽やかなステップで相手の真後ろに回りこむ。しかし刀も、空を斬った。


 梓は前方に羽ばたいて逃げていた。

 危機察知能力が、ほかの悪魔より高いとみえる。


「速いな……」秋が言った。


 飛び上がり、地面から四メートルほど浮いた梓は、空中から見下す。


「アハハハッ! カワイイ! ナニ、コノコ! ドウガにシナキャ! バズる! アハハッ!」


 秋とおなじ目線まで急降下。

 翼を大きく扇ぐ。

 地面スレスレの高度。

 矢弾の速度で迫る爪。


 点を突くような攻撃。それを刀が受け止める。異常な腕力のなすがまま、秋は軽々と飛ばされるも、そのまま小学校の外壁に飛びつき、両足で外壁をぎゅっ、と踏みつけた。


 すぐさま壁を力強く蹴り、燕のような勢いで一直線に梓に斬りかかる。

 ——躱しきれない梓の右手首に、斬れ目が入った。


「アッ! アァッ! テイヒョウカしてやる!」

「次は首を——」

 

 刀が次の弧を描こうとした瞬間——

 梓はつばを吐いた。

 その唾液は、濃い緑色をした液体だった。

 粘度のあるそれは秋の左腕にかかり、さらに左の頬にも飛び散った。

 肌が、強酸に焼かれたようにただれてゆく。


「くそっ! ——っ!」


 がらにもなく、怯んだ秋。服や頬にかかった唾液を手で払ったら、その手も焼けてしまう。呼吸で痛みを逃そうとする。

 

 梓は長い舌をいやらしく伸ばして、片手の爪を舐めた。爪に緑の唾液がどろり、どろり——。一滴、二滴と液体が垂れていく。ピンク色のパーカーが焼かれ、土に穴があいて煙がのぼる。


「マダ、たのしみたい……、デショ。ハハハッ……!」


 口まわりについた液体を長い舌が舐めとる。

 不協和音が、猫なで声を投げる。



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