表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刀闘記  作者: 燈海 空
血風緑輝 篇
100/100

ー壱ー


 巨大な黒鉄の格子門こうしもん。その先に見える大教会。土地も、建物自体も、優香たちが暮らしている教会の十倍は大きい。西洋風の装飾が至るところに施された格子門の外観を見るだけで、ここが日本であることを忘れてしまいそうになる。


 ヨーロッパの観光名所と言われても違和感がないがこの教会は、たしかに東京にある。三メートルの白いコックリートブロックべいの上には、剣状の先端がならぶ黒鉄の格子。


 塀をまたいだそのさき——敷地内でまず目をひくのは一面の芝生しばふだ。青々としげったそれはサッカーの試合もできそうなくらい広大なにわの主役だ。


 格子門から中に入ると、白い大理石だいりせきタイルの一本道が建物に伸びている。


 六角形の塀。その内側は、芝生の広い庭。門から建物へとつづく、白い大理石の一本道。敷地の真ん中には、城のように大きい教会の建物。上空から観察すると、いかに整った見た目をしているかを実感することになる。


 新宿でこれほど広い土地を確保するなど、よほどの財源がなければ無理だろう。


 礼拝堂れいはいどうへの門扉もんぴは木製で、ところどころに打ちつけられた黒い金具が、重厚感を演出している。建物の外観を見たかぎりでも、よほど豪華ごうかな礼拝堂であることが想像できる。


「母さんは……」秋は、胸の前で片手の合掌をした。「うん、大丈夫。一度、倒れそうになった感じがしたけど。いつもの脱水症状かな」


 秋は、黒鉄の格子門の前に立っていた。軽くしゃがみ。両足で地面を蹴り、ひとっ跳び。塀とおなじ高さの門を軽々と越えて庭に降りる。


 門の外側にいるときは、絶対に入るな、と言われているような、威圧感があった。敷地内に足を踏み入れたいまは、おまえを逃がさない、といわれているような圧迫感がある。


 まずは大理石の道をまっすぐ進んだ。硬い足音が鳴る。歩いても、歩いても、一歩も進んでいないような気分になる。敷地が広すぎるせいか。それとも、このさきへの不安のせいか……。敵の本拠地と思えないほど、しずかでだれもいない。それが気になる。


「やあ、いらっしゃい」


 男の声は、建物の上から聞こえた。門扉の真上。尖塔せんとうといわれる、天を突きさすようにそびえ立つ塔。その窓を開けて秋に声を投げた。塔の先端には十字架が立っている。


 声の主は、うれしそうだ。

 まるで友人の訪問を待ちわびていたように。


「だれだ」


 表情を変えずに、尖塔にいる人物を見上げる。秋の髪は、神木の効果を得たなごりでほぼほぼ緑色だ。黒髪の部分が一割くらいしか残っていない。


「ふむ——ふむ。ときどき、自分でもわからなくなるのだよ。自分のなかに三人くらいが同居している感覚がある。人間の自分。教会人としての自分。もうひとりはなんだろう」


 男はメガネをしている。黒髪の短髪だ。の色も普通。もしこの男が白魔であるならば、それを隠している、ということになる。白髪はくはつと赤眼が、白魔の特徴であるからだ。


 口がにやけているから、太陽に反射したメガネのむこうの表情がよくわかる。見下すような、勝ちほこったような。他人に不快感を与えるためにつくられた、嫌味の顔だ。


「ああ——ああ。白魔としての自分だ」


 甲斐那を見上げる秋の目つきが、するどくなる。


「澪はここにいるんだろう。返してくれ」


 刀を抜いた。いつでも甲斐那の目線まで飛び上がって、太刀を浴びせられる。


「まあ、そうあせらず。ラスボスというものがあるでしょう。わたしはきっと、その役目なんですよ。だからやいばを交えるのは、もうすこしあとだ」

「白魔は全員倒す。それ以外に、ない」


 有無をいわず秋は飛びあがろうとする。


とらえられている純血がいますぐに死んでもいいのか!」


 甲斐那の怒号どごうが、秋の動きをぴたりと止めた。


「そう——そう。お利口です。十代の男の子にしては、ものわかりがいい。白魔という未知が、なにをするかわからない。そんな思いが、胸のなかで——なかでうごめいているのでしょうね」


 甲斐那は両手を左右に大きく広げ、高笑いをしてみせる。すると、秋の頬を一本のダガーがかすめた。周囲にはだれもいない。なにもない。


 畳みかけるように、数本のダガーがおそう。素早い動きで避けつづけ、十本ほどが地面を穿ったとき。ダガーがどこから飛んできているのかを理解した。


 なんの前触れもなく、空間に現れる黒い穴。ダガーはそこから飛んでくる。黒い穴は、ダガーを射出するときだけ空間に現れ、単発の攻撃が済んだらすぐに消えていた。


 穴が現れては、ダガーを撃ち、そして消える。秋にまとわりつくように、うっとうしく、それが繰り返される。


「いい——いい!」甲斐那は動きまわる秋を見て、悦楽に浸った。「未知の攻撃にうろたえる風の悪魔祓い……。なんと素晴らしい!」


 ダガーを避けつづけ、さらなる殺気を感じたとき、二メートルほどの大穴が目の前に現れた。楕円形だえんけいに切りとった宇宙を貼りつけたような、異次元の穴だ。


 その穴が生成されてから、一秒と間をおかずに、スーツの男が異次元から飛びだしてきた。そのものが刃なったような腕を縦に振り、秋に斬りかかる。


 人らしい肌色の手や指は完全に消えていた。代わりに生えているのは、大型の漆黒刀であった。刃幅をさらに広くした、半月刀はんげつとうのような形状だ。男の片肘から先の八十センチが、武器に化けている。


 その刃自体も、ブラックホールのように歪んでいた。金属には見えない。刃の形をした宇宙が、男の腕から生えている——。実態をつかめない凶器ほど、人を不安にさせるものはない。


安東あんどう!」窓から甲斐那が声を投げる。「大事な客人だ。彼には、純血が死ぬそのときを、特等席で観覧かんらんしていただく。その予定だ。席で大人しくしていられるように、身体の自由を奪って差しあげなさい。方法はまかせる。目と耳だけは潰すなよ」


 言い残し、甲斐那は窓を閉める。塔の中に消えた。安東は息をついて、自慢の武器腕ぶきわんを持ち上げた。刃型の宇宙の中で、遠くから見た星々のような、白い点が泳いでいる。


 もし、あれに斬られたら……。

 斬られた肉体は、どこへ行くのだろうか……。


「どう思う? 礼儀がなっていないよな。この教会のあるじは」

「白魔に礼儀はない。あるのは殺意だけだ。澪を返してもらう」


 刀を構える秋を見て、安東は笑みをうかべた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ