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刀闘記  作者: 燈海 空
風銀立神 篇
1/14

ー始ー


 夏の深夜、コンビニ。

 人気ひとけのない駐車場。

 向かい合う男がふたり。


 うち、ひとりは黒いパーカーに、紺色のジーンズを履く。無造作むぞうさにはねた、やや長めの黒髪。前髪のすきまからのぞく青い瞳は、七メートルむこうに立つ男をにらむ。


 手にはひと振りの刀。

 まだ鞘の中。

 抜いてはいない。

 直立不動。

 姿勢よく微動だにしない。

 ただ、立っている。


 もうひとりの男。白いワイシャツ、解けたネクタイ。黒いパンツスーツ。仕事帰りに酒を呑んだ、その帰りともとれる。しかしその男、頭から漆黒の角を二本生やし、瞳は上を向いてうつろだ。


 わるい毒でも飲んだように異様に全身をふるわせ、くねらせ、手はブラブラと脱力し、その肌は紫色をしている。その手を見ただけでもほとんどの人間は、気味が悪いと思うだろう。危ない人と察するに十分。


 深夜のコンビニ、店内はめちゃくちゃだ。店員は怯えている。店のすみで膝を抱え、震えている。どちらが荒らしたのか。


 刀を持ち、若々しい格好をした方がなにか、かんしゃくをおこして暴れたともとれるか。酔っぱらいのサラリーマンが、酒に呑まれて暴れたとも見れるか。


 人間らしい眼光を失った、見るからにおかしいたたずまいの者が、店内を荒らしたと見るのが自然であろう。刀を持った方はそれを退治しようとしていると見るのも、また自然。


 しまいには、「んふ、ハハハァ……! ナンダソレ、ナンダソノボウッキレ!」と笑いだしたのだから救いようがない。


 パーカーを着た、刀を持った若者は黙っている。


「オマエ……、コロしたいなぁ。コロシタイナァ……!」


 サラリーマンの男は体をくねらせ、よじらせる。定まらない姿勢と視線と足元。不気味な声。その声は幾つもの声が混ざっているように聞こえ、単声ではまず有り得ない不協和音ふきょうわおんを発している。


「アァ! ナンダヨ、ハラタツ、ハラタツなぁ。なんにもいわないハラタツなぁ、つかえない部下あいつみたいダ……!」


 罵声を浴びさせられている若者は、依然として黙っている。

 

 サラリーマンのシャツが破れる音がした。その音と同時に、背中から黒い翼のような物が生えてきた。コウモリの翼によく似ている。


 酒気をおびた息を撒き散らし、叫ぶ。悪魔らしい翼を大きくひとあおぎする。放たれた矢のように、一直線に若者へと飛びかかる。


 双方のからだがちょうど重なったとき。金属と金属を打ちつけ合ったような、甲高い音があたりにひびく。


 長い爪で若者の首筋を引っ掻こうとしたが、居合で抜かれた刀が、その渾身を受け止めた。


 若者はすぐさま紫色の手首に刀を当てた。流れるような動き。刀身とうしんはサラリーマンの手首からさきを切り落とした。手を切り落とされたらそれは、生き物ならば苦しむのは当然のことで。


 ——サラリーマンはすぐにうしろに飛び退いた。刀を持った若者の方はいままで立っていた場所から一歩も動いていない。ちがいがあるとすれば、刀を抜いたこと、それのみ。


「——! クソガアアア! オマエ! オレノダイジナ手ヲ!」


 サラリーマンだった生き物は、いま一度、若者に向かって飛翔した。


 まだ残っている左手首から指先までを一本の長刃に変えて、さらなる渾身を見舞おうとする。フック船長もおどろきの芸当だ。


 若者は左足を一歩後ろに下げ、

 右足を前屈させ、

 刀を胸の前へ、

 横に水平。


 刀を一度、天に向かって突き刺すように振り上げる。生き物が若者の間近まぢかまで飛びついてきた矢先、刀は地に向かって綺麗なを描いた。


 弧は——生き物の体を、まふたつに斬り裂いた。


 二分割された生き物の半身はそれぞれ、若者の後方へと勢い余って転がる。どこからともなく声が聞こえる。それは斬られた生き物の口から出てくるのではなく、たましいが発する音だ。


「ナンダ……、オマエ……、コロした、オレヲ?」


 そう言い遺し、真二つに斬られた躰はちりになった。 


 灰だという人もいる。

 埃だという人もいる。


 粉々になり地面に積もったそれは、一つの生命いのちが終わったことを意味する。


 生き物を斬った若者は刀についた塵をひと振りして落とし、鞘に刀を納める。きんと鳴った心地良い納刀の音でよどんだ空気を澄ましてみせ、さきほどまでわめき散らしていた生き物の亡骸なきがらを背中に感じながら、しずかに言った。


「近所迷惑だ」




 刀闘記


 ~始~



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