アイツは俺を巻き込んだ
昼下がり、校舎の裏道。
俺、神原純は、一人ぼんやりと自販機の前に立っていた。
「……うまく開かねぇ」
握った缶コーヒーはぬるいし、缶の口は変にズレてて開かない。
俺は今日も、無気力に生きている。
そんな中、ふと視線の先に――
見慣れた姿が見えた。
黒髪ぱっつん、黒カーデ、白ブラウス、レースのチョーカー。
地雷の名を背負うに相応しい存在、若本明良。
隣には、明良とは真逆のふわふわ系――富田蘭。
「んでさ〜!佐伯っち、もうマジでアニメオタク〜!って感じで、わたしが保健室行こって言ったら顔真っ赤になってたし〜」
「そ、そうなんだ……ふふ……」
明良は、昨日のことを思い出してるのか、恥ずかしそうに笑っている。
歩きながら、袖をちょっと引っ張ったり、顔を隠したり――
ほんと、いちいち挙動が怪しい。
だが、その時――
明良のポーチが、がさっと揺れた
チャリン。
「…………ん?」
地面に、細長いピンク色の物が転がった。
「……リップ?」
2人は気づかず、そのまま階段の方へ。
俺は、無意識に歩き出した。
誰のかはわかってる。あのピンクの持ち物、いつも明良が使ってるやつだ。
しゃがみ込んで拾うと、キャップに小さく「AKIRA」って書いてあった。
やっぱり、明良のだ。
「……ったく、落とすなよな」
ポケットに入れ、とりあえず追いかける。
でもすぐに姿は見えなかった。階段も、廊下も、誰もいない。
(……どこ行った?)
少し歩くと、急に脇から声がした。
「……よぉ、お前」
顔を上げると、そこにいたのは――
金髪オールバック、開襟シャツの第二ボタンが千切れかけてる男。
町田龍斗。
この前、オタクの佐伯を虐めてた不良だ。
「……あ?」
「……なんだよお前。……男のくせに、リップなんて持ち歩いてんのか?」
「……別に。俺のじゃねーし」
「はぁ?じゃあ誰のだよ」
(めんどくせ……)
「……若本の。落としたから拾っただけ」
その瞬間。
「…………ッッッッ!!!!」
町田の目がカッと見開かれる。
顔が真っ赤に染まっている。
「――はぁ!?何でお前が、明良のリップなんか持ってんだよ!!」
「いや、だから、落としたの拾っただけだっつの」
「嘘つけ!!!てめぇ、いつからそんなに馴れ馴れしくなってんだよ!?そのリップ、スカートの中にあったやつだろ!?」
「は?」
町田は完全にキレていた。
何がどうなってそうなったのか知らんが、リップ一本で人がここまで怒るんだなって、逆に感心するレベルだった。
「お前、まさか……盗ったのか?若本の、スカートから……!?」
「は???」
「やっぱそうだ!!それしか考えらんねぇ!!くっそ、神原……てめぇまさか、昨日のあの時から……ッ」
すると。
「あっ……あぁ!!」
後ろから声がした。
振り返ると――
明良と富田が、駆け足で近づいてくる。
「純っ!そこにいたのっ……!」
「リップ……!わたし、落としちゃって……あっ!」
明良が、俺の手元を見た。
ポケットから少しはみ出たピンク色のキャップ。
「あ、あったっ!それ……わたしの、リップ……!」
「…………!!」
その瞬間――
町田が、一歩前に出て――大声で叫んだ。
「コイツ!!神原が!!若本のスカートの中から盗ったんだぞ!!!!」
――沈黙。
明良の目が、驚きで大きく開かれる。
富田蘭も、口元に手を当てて――
「え……?」
廊下の空気が、ひやりと冷えた。
「コイツ!!神原が!!若本のスカートの中から盗ったんだぞ!!!!」
町田の大声が廊下に響き、場は一気に凍りつく。
明良は硬直したまま、目を見開き、小さな手を胸元に当てていた。
富田蘭は「え……」と戸惑いながらも、純と明良を交互に見ている。
彼女の目には、かすかに「信じたい」気持ちがあったが、それでも“何かあったのかも”と不安が揺れていた。
そして、静寂の中――
「……じ……純は……」
明良が、ぽつりと声を出した。
「純は……そんなこと……しない……よ……」
絞り出すようなその声は震えていた。
でもその震えは、怒りでも恐怖でもなく、
“自信のなさ”だった。
(……なんだよ、それ)
俺は思った。
何が「そんなことしない」だ。そもそも「そんなこと」してない。
落としたのを拾っただけだし、何なら今だって返してないだけだ。
でも――
明良のその目は、まっすぐに俺を見ていた。
「……!」
隣の蘭が、そっと明良の肩に手を置く。
「明良……でも、わたしも……正直、びっくり、した……」
(ああ……こりゃ、マジでイメージダウンだけは御免、ってやつだな……)
クラスの空気。視線。ざわつき。
全部が面倒くさくなりそうな瞬間――
「――あいあい、ちょっと待ったァ!!」
突如、声が響いた。
明るくて、豪快で、ちょっと雑だけど、なぜか安心感のある――
三好響。
陽キャの姉御ギャル、爆誕。
「いや〜〜やっぱそういうの、あたし黙ってらんないタイプなんだよねぇ!!」
三好はスキップするように走ってきて、町田の目の前でピタッと止まった。
町田は眉をひそめて「なんだよ、うるせぇな……」と口を開きかけるが、その瞬間、三好がビシッと指をさした。
「伊佐木太郎!お前〜〜!」
「……え?」
人混みの後ろから、ひょこっと顔を出す陰キャの一人――伊佐木太郎。
ビクッと肩を震わせながら、指された方向を見る。
「お、おれ……!?」
三好は笑顔で言った。
「お前が教えてくれたじゃん。ね?神原がさ、若本のリップ拾って探してるって。廊下で言ってたよね?」
「……あっ、う、うん……!そ、そうそう!純が『若本のだな』って言って、探しに行った!」
「でっしょ〜〜〜〜!!はい、これにて解決〜☆」
三好が両手を広げてビシィッと決めポーズ。
そして町田を振り返って、にやりと笑った。
「そゆこと。あんた、ちょっと暴走しすぎだったよね〜?」
町田は――顔を真っ赤にしながら、ぎゅっと拳を握って――
「……ち、違うっ……だって、あいつ……アイツがっ……!」
「ハイハイ、んじゃ、帰ろーね〜龍斗〜。顔赤いぞ〜?」
三好の軽口が追い討ちとなり、町田は顔を歪ませながら振り返り、舌打ちして走り去った。
――修羅場、終息。
「……ふぅ〜〜〜!」
と三好が大きく息をついたその瞬間。
「あ、いたいた〜!!」
また別の声が遠くから響いてきた。
ハイヒールの足音をコツコツ響かせて駆け寄ってくるのは――
与島花。
ビッチ系、だが憎めない。ノリは軽いが空気は読める。
「え、なに?なに?なに?あたし出遅れてない!?ちょっとー!何この空気ー!」
「安心しろ、与島。お前は空気を吹っ飛ばしてるから」
三好が笑いながら肩を叩く。
「で、こっちが今日のMVP……伊佐木太郎な!」
「えっ、えぇ!? あ、あの……っ、ひぃっ……」
「おっけ〜把握!じゃあこれからは“太郎”って呼ぶわ!」
「うぉおおおおおおおお!!!!!!!」
伊佐木、心の中で絶叫。
肩を叩かれた場所を何度も見て、頬を真っ赤にして震えながら――
「俺の……俺のタイプのギャルが……!!おれのこと……覚えて……うわああああ!!」
あまりの感動に、田本と仁科に抱きかかえられて控室に運ばれていった。
三好、花、蘭、明良――4人はそれぞれ、話をしながら廊下を離れていく。
その後ろ姿を見つめながら、俺はそっとため息をついた。
(……はぁ。マジで、めんどくせぇ)
明良が、振り返る。
さっきより少しだけ、目に光が戻っていた。
「……ありがと。純……」
「別に、何もしてねーよ」
「……うん、でも……ありがと」
恥ずかしそうに俯き、ふわっと髪が揺れる。
……ああ、またそれか。
ほんと、ウザいな。
地雷なアイツは、ウザい。
でも――たぶん、
それだけじゃないんだろうな、と、ふと思った。
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次回予告
第4話「アイツは傘を貸してくれる」
雨の放課後、教室で取り残された純。
傘を忘れたその時、現れたのは――地雷系ヒロイン・若本明良。
「……い、いっしょに、かえろ……?」
相合傘、まさかの接近戦!?
ずぶ濡れ展開か、ウザさ爆発か――!
次回、青春濡れ髪回!!