アイツは意味不明
――昼前の廊下。
田舎の高校、全校生徒は200人に満たない。
そのうち、俺たちの学年はたったの1クラス。
だから、どこを歩いていても、だいたい顔見知りだ。
で、俺の隣を歩く3人の顔も――当然、顔見知り。
つーか、腐れ縁。
「なぁ〜純!!」
先頭を歩くのは、伊佐木太郎。メガネにマスク、黒リュック。
身長だけはやたらデカいくせに、目を合わせないで喋ってくる。
「モテたいよなぁ〜〜〜〜〜!?!?」
「…………別に」
俺はそっけなく答える。
「うっわぁ〜〜出た。そういうやつが一番モテるんだよな〜〜〜」
田本数人がくそ真面目にうなずく。彼は常に首にタオルをかけていて、汗っかき。
「俺?俺はね?俺のタイプ、ギャル!!圧倒的ギャル!!三好さんみたいな、サバサバしてて明るい子!!」
「俺は、清楚系だな……黒髪ロングで、図書委員っぽい……そういう子に限って、夜は……」
最後にボソッと呟いたのは仁科侑。声小さいくせに妄想は過激。
「お前、それ絶対検索履歴やばいだろ」
伊佐木がボソッと突っ込む。
「じゃあ純は!?誰がタイプ!?ギャル?清楚?それとも――」
「……」
俺は答えない。ただ歩く。
昨日の“地雷系明良”の視線が脳裏をよぎる。あのくまバッグ。あの上目遣い。
「ま、まぁさ。俺たち陰キャには高嶺の花ってやつよ」
田本が言った。
「三好さんなんて、マジで姉御肌だもんな〜。一回、図書室で居眠りしてたらブランケットかけてくれたもん。惚れた」
伊佐木がニヤニヤしながら呟く。
「いいな……俺、三好さんにゴミ箱どかされたことしかない……」
そんな会話をしていると――
ピタリ。
足が止まる。
「……なんか、気配しね?」
先を見れば――
廊下の角。窓際。
壁に追い詰められて、床にうずくまっているのは――佐伯類。
根っからのオタクで、声も小さくて、存在感もないやつ。
その彼を見下ろすように立つのは、町田龍斗。
派手な髪、開襟シャツ、ピアス、でかい靴音――典型的不良。
「……へぇ?フィギュア、女の子と間違えて買っちゃったの?マジキモくね?」
町田が、佐伯の買ったばかりの袋を蹴り飛ばす。袋の中身――箱がゴロゴロと転がった。
「や、やめてよ……っ」
佐伯の声は震えている。
伊佐木・田本・仁科の3人が、サッと物陰に隠れる。
「町田だ!」 「無理無理無理!!あれは“ガチ”だぞ!?」 「誰か先生呼んでこようぜ!?無理!俺たち死ぬ!!」
「…………」
俺は、ただそのまま、町田の横を通り過ぎようとする。
でも、彼が廊下の真ん中に立っていて、通れない。
「……邪魔だ。どけ」
町田が振り向いた。
「……は?なんだテメェ、文句あんのか?」
「うるさい。どけよ」
数秒の沈黙。町田の眉が吊り上がる。
だが――
何かを感じ取ったのか、町田は小さく舌打ちして、壁に退いた。
「……チッ。つまんねーの。いこーぜ、マジだりぃ」
町田は、仲間たちを引き連れてその場を去っていく。
佐伯は、へたりこんだまま小刻みに震えていた。
「大丈夫k……」
俺がそう言おうとした、その時―――
「ありぇりぇ〜〜!?だいじょーぶ?佐伯っち〜!?」
後ろから、ふわふわな声が飛び込んできた。
振り返ると、富田蘭が両手を広げて走ってきた。
「うわ〜ん!何その目ぇ〜!うるうるしちゃって〜!こりゃダメだ〜保健室直行だねっ♡」
そう言いながら、佐伯の腕をとってぐいぐい引っ張る
「ほらほら、わたしと一緒にしゅっぱ〜つ♡ ん〜〜佐伯くんかわゆ〜♡」
彼女の勢いに押され、佐伯はフラフラと保健室へ連れていかれた。
そこに、また誰かの気配。
「……コソコソ……行きなよ」
廊下の端から、三好響がこっそり声をかける。
「せっかくチャンスなんだからさ〜。あんた、今行かなくてどうすんの?」
そう言われて、もう一人の影が現れる。
「……っ、あ……あの……」
若本明良。
黒髪ぱっつん、地雷系。だけど顔は赤くて、目は泳いでて――やっぱり昔のままだ。
「すごかった……よ。純、さっきの……」
言い終わる前に、黙っている俺に焦れたのか、明良はちょっと前に出てきた。
「……あのっ!一緒に、昼……食べようっ?」
その声は、どこか震えていて、でも、まっすぐで――
……ちょっとだけ、ズルい。
「…………」
どこからか、また気配がした気がした。
だが、誰もいない。
(……誰か、見てたか……?)
でも、それよりも目の前の明良の顔が近い。
昨日と同じ、あの上目遣い。くまのチャームがカラカラ揺れてる。
ああ、やっぱり。
こいつは――子どもの頃から、変わらない
「ウザイな……」
心の中で、そっと呟いた。
──────
俺と明良が並んで弁当を広げる。
明良の弁当箱には、ピンクのハート型のウインナー。うさぎのりんご。
そして俺の唐揚げを、箸でひょいと取ろうとする。
「……あっ、それ俺の……」
「……だめ?」
またその顔。
「……はぁ」
一方……影では
「――確認した。若本明良、唐揚げ泥棒の常習犯だ」
「またか!?神原の防御力が下がってる……!」
「もうこうなったら、次は“スプーンあーん”が来るぞ……!!」
──────
次回予告
第3話「アイツは俺を巻き込んだ」
明良が落としたリップから大きな事件が勃発!?不良の町田龍斗を交えた喧嘩の結末は───!?