アイツは変わった
ゴールデンウィークが終わった朝。
空気はやけに湿っぽくて、山あいの小道には昨日の雨の名残がある。水たまりを避けながら坂を下りていく。
俺は、神原純。高校一年。無気力で、たぶん周りから見たら「陰キャ」ってやつだ。
この町の高校は、山に囲まれたド田舎で、学年にクラスは1つしかない。30人ちょいの仲間たちで、3年まで進む。それだけ。まあ、狭くて、息苦しいけど、慣れたら意外と居心地は悪くない。
スマホが震えた。
画面には「アキラ」の名前と一言メッセージ。
"今日も一緒にいこ。駅前、いつものとこで待ってる!"
こいつは幼なじみだ。たぶん3歳くらいからの付き合い。
いつの間にか俺の生活に溶け込んでて、朝はたいてい一緒に登校してる。
中学のころは、お互い静かで、本とか漫画の話してるだけの関係だったのに――
ゴールデンウィーク前までは、そうだったのに。
なんか……様子がおかしい。
とりあえず、いつもの駅前の自販機前に向かった。電柱の下に咲いたタンポポをぼーっと見てると、足音が聞こえた。
「あーっ!あきらー!早いじゃーん!」
派手な声が飛んできて、目を向けると――そこにいたのは、見知らぬ4人の女子。
いや、見知らぬって言っても、見覚えはある。
ギャルの三好響。髪を染めて、なぜかめちゃくちゃスカートが短い。いつもうるさい。
与島花。噂では「ビッチ」とか言われてるが、本人は気にしてない様子。口紅と香水の香りがきつい。
で……富田蘭。これは知ってる。俺たちのもう1人の幼馴染。相変わらず「はわわ〜♡」とか言ってるぶりっ子キャラ。中身は小動物系だけど、計算高いのも知ってる。
問題は――あと1人。
あれ……?誰だ?
目をこすった。いや、見間違いじゃない。
黒髪に、毛先だけ染まった赤色の髪。赤いアイシャドウ、真っ赤なネイル、レースのリボンつきのカバン。―――全身地雷系。
そいつが俺の方を見て、めちゃくちゃ恥ずかしそうに言った。
「……じゅん……お、おはよ……」
……え?
この声―――明良?
若本明良なのか、これ?
確かに、顔は同じ。けど、3歳から知ってる地味で、図書館好きで、文芸部だったあいつが、まさかこんな地雷系にイメチェンするなんて――。
GW前まで普通だったよな?陰キャだったよな?
蘭はともかく、三好とか与島とつるんでるとか見たことないんだけど!?
「うっそー!じゅんくん気づいてなかった?これ、明良なんだよ〜」
三好が声を張った。
「明良ね〜、モテたいからって、イメチェンしたんだよ!ってさ!」
「や、やめて……響、ちゃん……」
明良が小さく言って、目線はずっと俺を見てる。
「ふーん」
正直、俺は言葉に困ってた。
ギャル、ビッチ、ぶりっ子、地雷系―――なんだこのパーティ。
明良がこのメンバーにいるのが、俺の中の常識を破壊してきた。
「ま、わたしたち、他の子と行くから〜。おふたりさん、ごゆっくり〜!」
三好が察したように笑って、花と蘭と一緒に去っていった。
蘭が「ふふ、じゅんくん……あっちゃん、がんばってるの♡」と意味深なことを言いながら、ピースして去っていく。うるさい。
残された俺と明良。
気まずい空気。だけど、明良はぽつりと言った。
「……じゅん……あの、その……こういう服装……やっぱり……嫌い?」
え?
お前、聞くんかそれ。
「……いや、似合ってる、とは……思うけど」
俺はとりあえず答えた。適当に、でも思ったとおりに。
すると、明良は、マスクの下でうっすら笑った気がした。
─────────
そんな様子を、遠くから見てる奴らがいた。
「うわ……完全に……始まったじゃん」
伊佐木太郎。俺の陰キャ仲間。
「地雷化するって……こっち側の人間じゃなくなるってことなんだな……」
田本も、ショックを受けてた。
「これが……陽キャ堕ち……」
仁科侑が深くうなずいた。
「まさか、あの若本明良が……ギャル軍団に……っ!」
「しかも、純だけには話しかけてんだよな。なにそれ!何が起きた!?」
なんだよ……伊佐木達も笑ってやがる。
昔はもっと静かで、日陰にいたのに。 急にキラキラし始めて、でも俺の前だけではちょっと照れてて、 俺のことだけは、ずっと見てるみたいな目してきて……なんなんだよ、本当に。
……ま、嫌いってわけじゃないけど。
でもやっぱり、地雷なアイツは、ウザい。