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仲間割れ防止の婚約者問題

挿絵(By みてみん)


ルクレツィオ・フラティーニは内心で動揺していた。

自分で自分の行動に戸惑ってもいた。


(「ジェラルディーナ嬢の護衛兼サルヴァトーレ・ガストルディ令息の監視」が役目なのに、あの男の監視を放棄してしまってる…)


ルクレツィオにとっては命令違反してでもジェラルディーナの身を護りたかったのだ。

まさか不審者が(ドニゼッティが)ナイフでジェラルディーナに襲いかかるなどと思いもしていなかった。


不審者を尾行している不審者も居て、今日の外出は随分と波乱含みだとは思っていた。


(もしかして「俺をおびき出す為にワザとジェラルディーナ嬢を襲わせたのか?」ジェラルディーナ嬢が「トマーゾ」と呼んでいた男は異端審問庁の元同僚のトマーゾ・バルディーニか?)


気になる点が多過ぎるものの

(とりあえずジェラルディーナ嬢を無事に屋敷に届けた後は財務省のアベラルド様の元へ向かい急ぎ報告をするべきだろうな)

と思い、今は思考停止してジェラルディーナを抱えて疾走する。


ジェラルディーナの側では意味が分からない。

何故か辻馬車を見つけて乗せてもらうのではなく、店を出た途端にルクレツィオにお姫様抱っこされて運ばれている。

しかも馬で疾走するよりも早い速度で。


(…何がどうなっているのやら…)


自分を狙って襲いかかってきた男…。

ヴァレンティノ・コスタの父親か

或いはダレッシオの地下で同じグループだった子達の誰かの父親。


不思議ではある。

自分の命か

他人の命か

どちらかを優先するに際して

自分の命を優先する事を選ぶという

誰もが選ぶ道を選んだだけなのに…

「お前は自己犠牲して俺の子の命を優先するべきだったんだ!」

と逆恨みしてくる人達がいる。


その憎しみが余りにも迷いのない激しく真っ直ぐなものなので

「…絶対に私は悪くないと判ってる筈なのに、それでももしかしたら私が間違っていたのだろうか?と迷いそうになる」

のだ。


こうした不条理な迷いは恨む筋合いもない激しい逆恨みを向けられた経験のある者にしか分からない感覚なのだろう。

(…ルーベン兄さんに会いたい。「お前は間違ってない」と言って欲しい)

と思いながら、不意に涙が出てきた…。


サルヴァトーレはジェラルディーナに気が有るそぶりを見せ続けてきたが

「侯爵邸の外で会いたい」

と誘われて会いに行ってみれば、何故かランドルフォ・フェッリエーリに引き合わされた。


(…普通、気が有る相手に求婚してる者をわざわざ自分の手で引き合わせる人なんていないよね?)


つまりーー

(サルヴァトーレ・ガストルディが私に気が有るそぶりを見せていたのは演技。「惚れられてる?」と思ってたのは全部勘違い…)


それを思うと余計に自分が惨めになって涙が溢れた…。



********************



ジェラルディーナをフラティーニ侯爵邸へ送り届けた後、ルクレツィオはアベラルドの元へ向かった。


異端審問庁以外の各省庁は大公宮の近くに建っていて、それらを護るように中央騎士団の各施設がある。


見学を受け入れている騎士団訓練場は一つだが、騎士団訓練場自体は複数あり、広さの差を勘定に入れず数だけ述べるなら実に20箇所以上敷地内に点在している。

騎士達が各所に居たほうが不審者の侵入に早く気付けるから、という理由がある。


ルクレツィオはアベラルドの私兵だと中央騎士団では認知されているので、顔パスで入っていけるが、普段屋敷に詰めている私属騎士が来ると

「何者だ!(お前、本当に我が国の騎士か?)」

とすかさず進路を塞がれる。


(彼女を襲撃した男ーー。憎々し気な表情から察するに私怨。ヴァレンティノ・コスタの父親か、ダレッシオで彼女と一緒だった子達の父親だろうと容易に想像がつく…)

警備隊での尋問には素直に答えるだろうから、情報の回収は難しくない筈。


ルクレツィオはアベラルドの元まで辿り着いた。


「…何があった?」

とルクレツィオの顔を見るなり尋ねるアベラルドは本当に察しが良い男だ。


「実は…」

と結界魔道具を稼働してから全てを話す。


結界魔道具の良い所は

「結界外に居る者の目と耳には無難な日常会話が繰り広げられているように見える」

というカモフラージュ映像・音声付きのところだ。


あらかじめ

「どんな会話をしてるように見せかけるか」

シナリオを考えておけば誰にも不自然に思われない。


ルクレツィオは

「実は好きな女性のことで悩んでいて仕事も手につかない」

という内容のシナリオをセットしている。


具体的な内容はともかく

今回ジェラルディーナの近辺で起きた出来事を報告しながら

(多少はカモフラージュのほうとカブるな…)

と気が付いた。

好きな女性、ジェラルディーナの事での報告なのだ。


アベラルドを監視している連中はルクレツィオがジェラルディーナの護衛についていたという情報も直ぐにつかむだろうから

「お姫様抱っこして屋敷まで連れ帰った後に恋心が高まったのだろう」

と恋愛ボケした騎士像を信じてくれる筈。


アベラルドはルクレツィオから報告を受けながら

「ヴァレンティノ・コスタの父親はガッダを出ていない。ジェラルドを逆恨みしている父親達のうち今現在首都にいるのはドニゼッティ男爵だ」

と指摘した。


そして

「お前はドニゼッティ男爵の顔を知らなかったんだな…」

と改めて気付いたようだった。


「…フェッリエーリ家のように実物そっくりに姿絵を描ける人材はフラティーニにもフラッテロにもいませんし、アドリア大陸で使われていた『写真機カメラ』を再現する魔道具技術を持つ妖術師も居ませんからね」


「『ファルチェ』は盗視・盗聴魔道具のエキスパートだったな。そうやって盗み見・盗み聞きした情報は記録できないのか?」


「できません」


「そうか…」


「『転生者』の中に高度な技術を持っていた技師だった者が出てくれば、魔道具技術の劇的躍進も夢ではないのでしょうが…」


「まぁ、無理だろうな。アドリア大陸では高度な技術を持っていた者達は社会内でも優遇されていた。

一方で『転生者』は少なからず『やり直したい』という報われなさを抱えていた者達ばかり。

【強欲】の加護持ちだけは例外だが、基本的に技術者は『対人搾取に血道を上げる』ような【強欲】な性質を持っていない。

人為的なものを感じるくらいにハイスペックな技術者だけが、あの大陸から転生して来ない」

アベラルドがそう断言するのにも理由がある。


今はアベラルド・フラティーニだが

アドリア大陸で転生を繰り返していた複数の人生の記憶も

ミセラティオ大陸で(この大陸で)転生を繰り返した複数の記憶も

欠けることなく持っているのだ。


だからこそ

「何故かハイスペックな技術者だけ不思議なくらいに転生して来ない」

という事実を実感的に理解してしまっている。


人類文明の発展に貢献して

虐げられる事も

虐げる事もなく

大した未練も残さずに死んだ者達は

人生の記憶を綺麗に忘れて

真新しい別の魂として

真新しく別の大陸に生まれているのかも知れない…。


「…そう言えば、お前はジェラルドを本当に、他の者では代わりにならないくらいに欲しているのか?チェザリーノからの報告ではお前がジェラルドの容姿を気に入って懸想してるらしいとの事だったが」

アベラルドが単刀直入にルクレツィオに訊くと


「…それが俺にも自分でよく分かっていません」

と要領を得ない返事だ。


「そうか…」

(…にしても、サルヴァトーレ・ガストルディが「ランドルフォ・フェッリエーリとジェラルドの仲を取り持とうとした」のは意外だった。ジェラルドに対して別に惹かれてはいなかったという事か…)


「ジェラルドと婚約したいか?」


「したいです」


「それならやっぱり懸想してるって事じゃないか」


「一目惚れしたのは間違いないです。ですが、他の美しい少女を見ても、やっぱり一目惚れしてしまうのかも知れません」


「唯一じゃないかも知れない、という意味か…」


「ええ。フラッテロ子爵家の女性使用人達を見て、自分が面食いだと気付きました」


「…こう言っちゃなんだが、フラッテロ家は容姿が美しい者が多い。お陰で親族間の結婚で生まれた子供が『本当にその夫婦の間の子供なのか?』疑わしいくらいに夫婦間の浮気が許容されている。

夫が他所の女との間に子を作り引き取る。妻が他所の男の胤で子を産む。

そうやって他家の血が混じり込んでも、別段子供に敵意を持つでもなく嫉妬するでもなく自分の子と同様に育てる感性を持っている。

そんな親を見て育つ子供達に一般的な貞操観念が育つ筈もないし、異端審問庁は女性職員に色仕掛けを推奨しているし、ジェラルドのような経歴の娘に『夫に操を立てろ』と強いる事はおそらく不可能だ。

フラッテロ家以外の男がフラッテロ家の女性を妻に迎えたら『自分の胤じゃない子に対して我が子として接する事ができるだろうか?』という点での葛藤が必ず生じる。

その点を許容できるくらいにお前の懐が広ければ、ジェラルドの婚約者をルーベンからお前に変更するのも吝かではない。

だが逆にお前が嫉妬でジェラルドを殺しかねない状態に陥りそうなら、婚約者にはできないし、それどころかジェラルドと関わりになる機会自体をなくして仲間割れを防がなければならない」


「…そうなんですね…」


「嫉妬で発狂しそうになるくらい女の事で心を揺らす生き方というのは、一歩間違えば仲間割れを引き起こしかねないんだ。

その辺の自制心について、お前も一度本気で自分を省みて欲しい」


「分かりました」


「目先の欲に囚われて安易な返事はするなよ?」


「(うっ…)…はい…」


ルクレツィオとアベラルドの

そんなやり取りの後ーー


部屋の隅で控えていたチェザリーノが

「…サルヴァトーレ・ガストルディ侯爵令息が(アポ無しで)『あの人』と一緒に来られました」

と控えめな声で告げてきた…。



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