思慮と寄り添い
トマーゾはわざとらしくジェラルディーナに向かって
「…や、やあ、久しぶり〜。偶然だなぁ〜、こんな所で君に会うなんて〜」
と声をかけた。
そうやってジェラルディーナに挨拶をしながらもトマーゾの関心は『エチセロ』(ルクレツィオ)に移っている。
ここに居る男が本当に『エチセロ』なら、アルカンタル王国のアングラの防御が現時点でかなり落ちている可能性があるのだ。
(話をしてみたい)
と思いながらトマーゾがチラッと『エチセロ』を見ると…
『エチセロ』の方は露骨に不審者を見る目をトマーゾに向けていた…。
ジェラルディーナがトマーゾのわざとらしさには敢えてツッコまず
「…トマーゾ、久しぶり。そう言えば、退職の時にも挨拶とか出来なかったし、誘拐される前ぶりかな?」
とにこやかに挨拶を返して上げたので
「そうだね…」
(監視対象がここ最近ドニゼッティ男爵だったしな…)
とトマーゾは頷いた。
「本当なら『トマーゾも一緒にどう?』って誘ってカフェで一話し込みたいところだけど、今日はこの方と約束があるから無理なんだ」
ジェラルディーナの言う「この方」ことサルヴァトーレ・ガストルディはニコリともせずジッとトマーゾを見ている。
「そうなんだね」
(知ってる)
サルヴァトーレが視線で「消えろ」と言ってるのが分かるのでトマーゾもとっとと退散するべきだと流石に悟った。
「また機会があれば会ってお喋りしようね」
「うん。それじゃ」
トマーゾが不自然にならないように立ち去ると
「それで?今日は何の御用なんですか?」
とジェラルディーナは真顔になってサルヴァトーレへと向き直った。
「………それが、ちょっと、ここでは説明し辛いというか…」
「?」
「とりあえず店の中に入ってみようか」
「………」
********************
まんまと店内に引き込まれたジェラルディーナが「野放しの性犯罪者」ことランドルフォ・フェッリエーリと対面して先ず思ったのは
(…コイツら知り合いだったのか…)
という事だった。
ジェラルディーナはランドルフォ・フェッリエーリに関してほぼ何も知らない。
占星庁内でも不思議なくらいにランドルフォ・フェッリエーリに関する噂がなかった。
異端審問官という職種自体が貞操面で色々と普通とは違う事もあり、ジェラルディーナが受けた被害も深刻に受け止められてはいない。
皆が皆
「ランドルフォが規定からはずれた研修を行った」
という業務規定違反程度の認識でしかない。
当然
「…ご機嫌よう。フェッリエーリ伯爵。何故こんな所にいらっしゃるんですか?」
と尋ねるジェラルディーナの視線は吹雪のように冷たいものだ。
ランドルフォ・フェッリエーリのほうは感極まったかのように
「っ!ジェラルディーナ!会いたかった…」
と涙目になって立ち上がり、ジェラルディーナを抱擁しようとしたが
「ちょっと待った!」
サルヴァトーレがそれを許すはずもない。
ジェラルディーナとランドルフォの間に割り込んでハグを阻んだ。
「………」
サルヴァトーレの顔が目の前にあるせいでランドルフォにはジェラルディーナの顔が見えない。
という事はジェラルディーナにもランドルフォの顔は見えない。
ランドルフォは表情を一転させて鬼面を剥き出しにする。
「………」
サルヴァトーレは無言でジェラルディーナを振り返り
「すまない」
と一言だけ謝った。
ジェラルディーナの表情と声音だけで、彼女がランドルフォを毛嫌いしてる事がよく判ったからだ。
「…(ハァーッ)どういうつもりで、この方がいらっしゃる場所に私をおびき寄せたんでしょうか?事と次第によっては今後お付き合いを一切拒絶させていただく事になりますが?」
ジェラルディーナの声が地を這うように低い。
静かに怒りを滾らせていることがよくよく分かる…。
「本当にすまなかった。申し訳ない。今後の付き合いを拒絶するとか、そういう悲しいことは言わないで欲しい。
今回は彼に頼まれて仕方なく君と会えるように場をセッティングしただけで、君と彼が仲良くできるようになどといった余計なお世話をしたつもりはないんだ。
不快だったなら、それを彼に告げて、このまま帰ってもらっても構わない。
その代わり、俺とも二度と会わないとか、そういう事だけはやめて欲しーーーわっ!」
サルヴァトーレはジェラルディーナの機嫌を取ろうと早口で捲し立てたが、ランドルフォがサルヴァトーレを突き飛ばしたのでサルヴァトーレはよろめいた。
サルヴァトーレがよろめいた隙に
ランドルフォがジェラルディーナの前に立ち
手を握り
膝をつき
「フラッテロ子爵とフラティーニ侯爵のせいで長く会えなかったから、お前は俺の心がお前から離れたと思い、不安になっていたかも知れない。
だが絶対にそんな事はないし、あり得ない。
ずっと俺はお前のことが忘れられなかった。
もしかしたら俺からの求婚の事すらお邪魔虫どもに伏せられてお前の耳には入っていなかったのかも知れないが、愛してる。心から愛してる。
どうか俺と今後の人生を一緒に生きて欲しい。結婚しよう」
と告白した。
断られるとは微塵も思っていない自信満々の表情で。
それに対してジェラルディーナは
ゴキブリでも見るような目付きで
「スミマセンが、嫌です」
と即答。
(((((おおぉ〜っ!)))))
サルヴァトーレのみならず、店の入り口付近で護衛としてジェラルディーナを見守り聞き耳を立てていたルクレツィオも、店内の他の客達も、ジェラルディーナの拒絶を小気味良く思い、感心した。
「…場所が悪かったな。お前が恥ずかしがり屋だという事をすっかり失念していた。場所を変えてもう一度しっかり話し合おう。
互いに気持ち良くなれば、頑なに変化したお前の心も解れる筈だ」
「…そういうところが、私には耐え難いんです。結婚は一生に関わる問題です。
結婚相手とは長く一緒にいる事になります。短い限られた時間内だけ我慢して性的奉仕や感情労働をするのとは訳が違います。
私の感情や立場を一切慮る事なく性欲だけぶつけて『愛してる』と言い張る人に対して、私はどうしても信用できないのです。
相手の立場への配慮も心情への寄り添いもなく、欲まみれの執着だけで愛とか恋とか錯覚してしまえるような人に対して、残念ながら私は全く共感も理解もできません。
場所を変えて話し合うも何も、どんな言葉で都合の良い条件を並べ立てられようとも、どんなに脅迫されようとも、どんなに薬漬けにされてイカされても、一生を連れそう相手として貴方を受け入れる事はあり得ません。
ご厚意もお申し出も有り難いと思いますが、その話は無かった事として、このまま帰らせていただきたいと思います」
ジェラルディーナがそう言って踵を返すと
「「えっ」」
とランドルフォとサルヴァトーレは呆気にとられた。
言われた時点では
「ジェラルディーナが何を言ってるの」
か全く理解出来なかったものの…
言葉の意味が咀嚼できた後では
サルヴァトーレは微妙に身につまされる思いがした。
何故なら彼女がランドルフォを拒んだ理由は
「マトモに恋愛できない独りよがりな男の言動に全面的に当てはまる」
ものだったからだ…。




