犯罪初心者
「ドニゼッティ男爵、外出するみたいだ。尾けるよ」
とトマーゾが言い、上着を手に取るとバタバタ走ってドアへと向かった。
「おい、待てよ」
とブリーツィオが止めても無視。
(部屋の鍵もかけずに出て大丈夫なのか?)
と不安もあるが
(でもどうせ、この共同住宅自体がバルディーニ家の賃貸物件だったりするんだろうな)
と思い直し、トマーゾの後に続く事にした。
尾行は得意だ。
独りでやる場合は。
(トマーゾって頭脳派だから、物理的には鈍臭いんだよな…)
トマーゾに足を引っ張られる予感がするが…
かと言って気付かれる可能性は低そうだ。
トマーゾの尾行技術の低さ云々を分析するまでもなく
対象であるドニゼッティ男爵の精神状態が見るからにオカシイ。
目が血走っていて、思い詰めた表情をしている。
キョロキョロ辺りを見回しているが目が合う事もない。
(いやぁ〜、露骨に「何かしでかしそう」な雰囲気が漂ってるよなぁ…)
とドニゼッティ男爵の犯罪慣れの無さを微笑ましく感じる。
犯罪者は犯罪を繰り返して捕まりもせずにいると、段々太々しくなって全く緊張せずにシレッと他人に危害を加える事ができるようになる。
そういう意味ではドニゼッティ男爵は初心者だ。
「これから誰かに危害を加えるつもりです」
という態度表明が露骨過ぎる。
警備隊員が通りかかれば不審者尋問される事間違いなしの挙動不審。
「…なぁ、あのオッサン、何やらかす気なんだ?」
ブリーツィオが尋ねると
「ジェラルディーナを狙ってるんだよ。ドニゼッティは教皇派に復讐するでもなく、娘と婚約破棄したガストーニ子爵家を憎むでもなく、権力を持たないジェラルディーナを悪に見立てて報復すると決めてしまったんだ」
とトマーゾが答えた。
「教皇派から接触が有ったのか?」
「いや、コスタ家から接触があった」
「異端審問庁の獅子身中の虫…」
「これは流石に言い逃れできない。コスタ家はおそらく拷問にかけられる。
何せジェラルディーナが待ち合わせしてる相手はサルヴァトーレ・ガストルディ侯爵令息とランドルフォ・フェッリエーリ伯爵。
二人は貴族というだけじゃなく妖術師だ。
占星庁が庇護する妖術師達の中でも特に重要性の高い魔道具の製作・修繕技術を持つ二人だと聞いた。
ドニゼッティが彼らの連れに危害を加えようとして彼らを危険に巻き込むなら占星庁は黙ってない。
ただ恋愛ボケしてるって噂の妖術師二人が『自分達のお陰でジェラルディーナを狙うドニゼッティが今後酷い目に遭う』って気付いてる可能性は低いと思う」
「…そういや俺、ベッティーナ・ボッチの方に張り付くよう指示が出てたんで、ずっとベッティーナと一緒にいたけど。
ジェラルディーナ・フラッテロに関しては書類上の情報でしか知らない。…美人なのか?」
「うん。童顔だから、美人というよりは可愛いって感じだけど」
「妖術師も美少女に惚れたりするんだ?案外、妖術師も人間臭いのか?」
「多分ね」
ブリーツィオとトマーゾがコソコソ会話しながらドニゼッティ男爵を監視している間に、とあるカフェの前に妖術師達が到着。
ドニゼッティがそれを観察して一人息を荒くしている。
カフェの入り口前で妖術師二人が何やら口論してる模様。
ガストルディ侯爵令息がフェッリエーリ伯爵を言い負かしたのか…
フェッリエーリ伯爵はすごすご店の中に入って行った。
席取りをしておくのだろう。
(うわぁ〜…。マジで人間臭い〜…)
ブリーツィオは「妖術師」という得体の知れない人種に対して少しだけ親しみを感じたのだった…。
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ジェラルディーナが店の近くまで来ると、サルヴァトーレは
「ここだよ」
と手を振った。
ドニゼッティはジェラルディーナの顔を予め知っていたのか、ジェラルディーナを見るなり、鞄からナイフを取り出し、鞄を投げ捨てた。
ドニゼッティをはじめから監視しているのでなければ、ドニゼッティの襲撃に対処などできないだろうと思われる素早い襲撃。
トマーゾが
「あっ!」
と声を上げた時にはブリーツィオはドニゼッティへ向かって飛び出していた。
(間に合わない!)
とトマーゾは思った。
ジェラルディーナがドニゼッティのほうを何気なく振り返って
その瞬間に目を見開くのが分かった。
「よけろ!」
とトマーゾが叫んだがジェラルディーナは硬直したように動けなかった。
ジェラルディーナ自身も
(え?刺される?!)
と驚愕していたのだがーー
一瞬後には何故か
刃の折れたナイフが落ちていて
ドニゼッティは吹っ飛んでいた。
ジェラルディーナもサルヴァトーレも
ブリーツィオもトマーゾも
((((何が起こったんだ???))))
と意味が分からずにいるうちに
フラティーニ侯爵家の騎士服を着たルクレツィオがドニゼッティを踏み付けて、何処からともなく取り出した縄でドニゼッティを縛りだした。
「…えっと、ルクレツィオさん?」
ジェラルディーナが恐る恐るルクレツィオに声をかけると
「…護衛ですから」
とルクレツィオが耳を赤くしてジェラルディーナに返事をした。
「スミマセン。護衛対象には姿を見せずに襲撃者を未然に処理するのが本来の役割なんですが」
「…いえ、有り難うございます」
ジェラルディーナとルクレツィオのやり取りを見ながらブリーツィオは
(この騎士、かなりあり得ない身体能力だぞ…)
と内心で冷や汗を流した。
この瞬間にさえ、ルクレツィオという騎士はこの場にいる全員を殺せる。
殺す気があるなら、だが…。
トマーゾのほうが冷静に
(フラティーニ侯爵家の騎士か?すごい身体能力だ。占星庁にも欲しい人材だな)
と分析している。
一方でサルヴァトーレは
「…『エチセロ』だろ、お前…」
とルクレツィオに話しかけていた。
「…さぁ?…なんの事だか?」
とルクレツィオが目を逸らしながら答えたが
サルヴァトーレは
「今、お前はあり得ない速度でここまで来て、あり得ない切れ味でその男のナイフの刃を斬って、あり得ない威力でその男を殴った。…人間の身体能力はどんなに鍛えても限界があるんだ。さっきのお前は色々とオカシイ」
と指摘。
「………」
「アルカンタル王国で唯一占星庁公認の妖術師『エチセロ』だけが武具・装備品に魔法みたいなあり得ない効果を付与をして、装備者の身体能力を底上げできる。
アルカンタル王国占星庁に何処の国のアングラ権力も敵わなかった最大の理由が『エチセロ』だ」
サルヴァトーレがジェラルディーナの方を向いて
『エチセロ』に関して説明すると
ジェラルディーナは首を傾げて
「…ルクレツィオさんは、ただの騎士ですよね?」
とルクレツィオに問いかけた。
ルクレツィオが顔を赤らめながらコクンと頷くのを見て
(((うわっ、厳つい顔してて、猫被りかよ…)))
とサルヴァトーレ、ブリーツィオ、トマーゾ3名は白けた目をルクレツィオに向けた。
ルクレツィオのほうはまるで空気など読めないかのように
「コイツ、警備隊詰め所に連行するべきだと思うんですが、俺は護衛対象から離れられません。アンタ、暇なら代わりにコイツを連行してくれないか?」
とブリーツィオに頼んだ。
ブリーツィオはトマーゾのほうを見遣り、トマーゾが頷くのを見て
「分かった」
と返事をしたのだった…。




