三派閥
サルヴァトーレがフェッリエーリ伯爵との話し合いの後に考えたのは
(ここの所占星庁内部に探りを入れて把握した情報と引き換えにフラティーニ侯爵と懇意になれないものか?)
という事だった。
サルヴァトーレ・ガストルディとしてではなく
「チプレッソ」として情報収集して得られた情報。
それはフラティーニ侯爵と深く関わるものだ。
「オドル」も言っていたことであるが…
「今現在の神子ーーリベラトーレ大公ーーはハリボテである」
という事実が
「妖術師達の予想よりも遥かに深刻に占星庁と大公家、五つある公爵家の安泰を脅かしている」
という事が判った。
何故か刑吏一族以外の家に生まれた『転生者』は加護の有無に関わらず前世の記憶のない者が多い。
大公家・公爵家・バルディ侯爵家に至っては今の時代「記憶なしだらけ」。
それでいて
「神子とは【強欲】の加護を持つ『転生者』のうち、魂の兄弟姉妹から効率的に徳力を搾取した者達のうち最も社会的地位の高い者を指す」
という情報だけは関係者の頭に知識として入っている。
そのせいで
「徳力の搾取に結びつかない大量儀式殺人を強行する大公子・公子がここ数十年湧き続けた」
のだ。
現大公が大公位に就く時にも11人もの『転生者』が儀式によって殺されている。
しかしそれだけ殺しても大公に能力の向上も運気の向上も見られなかった。
つまり前々から密かに指摘されていた
「【強欲】の加護を持つ『転生者』は前世の記憶がないと、徳力の搾取が出来ないのではないか?」
という推測が
「事実である」
と証明されてしまっている形だ。
リベラトーレ公国は
「神子に国政に携わらせる」
事によって
「神子の豪運を国益に反映させる」
方針の国。
その方針のせいで
「名目上は神子だと認定されていないが実質的に神子だ」
と見られていた先代フラティーニ侯爵は異端審問庁長官のポストから外されて財務省所属へ鞍替えさせられた。
「異端審問庁というアングラ国防も大事なのだから、国益追求するよりも現状のままフラティーニ侯爵には異端審問庁を任せたままで良いのではないか?」
という意見も占星庁内に多数あったが…
国益追及派は
「フラティーニ侯爵には国の財務事情の好転に貢献してもらう」
という方針を強行。
そして今に至る。
先代フラティーニ侯爵同様に
現フラティーニ侯爵も名目上はただの侯爵だが、実質的には神子。
「神子に仕える」
という占星庁の伝統が
およそ20年にわたり覆されたまま
「フラティーニ侯爵は(先代も含め)財務省の長官でもなく官僚の1人として自分の運気を国に捧げさせられた」
訳である。
そんな現状の中ーー
神子問題に関連してリベラトーレ公国の頂上では
派閥が三つ生じている。
一つは
「懲りもせずに大公家・公爵家内の加護有り『転生者』を神子として擁立し続ける」
という伝統保持派。過激な行動を取る。
もう一つは
「表向きは大公家・公爵家内の加護有り『転生者』を神子として擁立。実質面では記憶持ちの加護有り『転生者』のうちの社会的上位者を実質的神子と見做して政に携わらせる」
という現状維持派。最大派閥。
残る一つは
「実質的神子を名目上も神子と認定し、忠実に仕える」
という原理支持派。
伝統保持派は次期レオパルディ公爵のアルフォンシーナ・レオパルディを神子として擁立する構えを見せている。
現状維持派は次期大公ベルトランド・リベラトーレを神子として擁立し、アベラルド・フラティーニ侯爵には何も知らせず国家の政治経済に関わらせる意向を示している。
そして原理支持派は当然、アベラルド・フラティーニ侯爵に危害が及ばないように保護し、彼を名実共に神子と認定して占星庁に引き入れるつもりでいる。
(先代フラティーニ侯爵が伝統保持派に暗殺されている事も踏まえ、状況次第では現状維持派も敵になりかねないので原理支持派はかなり慎重になっている)
レオーニ公爵家、レオンツィオ公爵家、レオパルディ公爵家、レオジーニ公爵家は伝統支持派。
大公家、リベラート公爵家は現状維持派。
占星庁は伝統保持派・現状維持派・原理支持派の三つに分裂している状態。
(現状維持派が最も多い)
妖術師達の殆どが政治に関心が薄くて
「そんなのどうでも良い」
と思っている中
推定序列第二位の「ファルチェ」はアルフォンシーナ・レオパルディ公女を支持し、伝統保持派に加わっていると見られている。
推定序列第一位の「スペクルム」はベルトランド・リベラトーレ大公子を支持し、現状維持派に加わっているらしい。
そんな状況においてーー
推定序列第三位の「チプレッソ」は表向き現状維持派を支持してるフリをしながら密かに原理支持派に加わりアベラルド・フラティーニ侯爵の味方をできればと思っている。
とは言えーー
大公家・公爵家は勿論、占星庁もフラティーニ侯爵邸に手の者を潜り込ませて侯爵の動向を監視し続けている筈。
「チプレッソ」がアベラルド・フラティーニ侯爵と面会して、事情説明して「味方したい」と言っても、フラティーニ侯爵に信用してもらえるか分からない。
最悪な場合、伝統保持派・現状維持派から無駄に敵認定される事に繋がりかねない。
「スペクルム」の精神干渉魔道具は脅威だし
「ファルチェ」の盗聴・盗視魔道具も厄介だ。
(まったくあのクズども…。変に政治に関わり合いになろうだなんて、人格破綻が極まって性根自体が腐ってるんだろうな…)
とサルヴァトーレは思っている。
「ファルチェが嫁をもらって家庭を持つ」
という噂話を聞いて初めて
「今、アイツは何処の誰なんだろう?」
と気になったのだ。
そこで占星庁の諜報員に
「ファルチェの表での社会的身分を教えて欲しい」
と頼んでみると
「ファルチェは意外にも身近に存在していた(!)」
事が判った。
(コジモ・レオンツィオ…。レオンツィオ公爵の庶子…)
「コジモ」という名前を聞けば「特定の貴族に言い掛かりをつけて口論する平民」という評判の学生だと分かる。
同じ王立学院に在籍している。学年は一つ下。
「コジモ」の名前は学院内で有名だというのに…
不思議な事に一度もサルヴァトーレはコジモに会った事がない。
「ファルチェ」が「サルヴァトーレ・ガストルディを意図的に避けていた」可能性が高い。
つまり「ファルチェ」はとうの昔に「サルヴァトーレ・ガストルディがチプレッソだ」と初めから気付いていたという事だ。
(いけ好かない…)
アルフォンシーナ・レオパルディも伝統保持派も、フラティーニ侯爵とその派閥に対して悪意的。
現状維持派と原理支持派がフラティーニ侯爵邸に監視員を送り込み伝統保持派の監視員を排除させているのは
「伝統保持派に本物の神子を殺させないため」
だ。
最大派閥の現状維持派は原理支持派と違い
決してフラティーニ侯爵に好意を持っている訳ではない。
大公家・公爵家から擁立されたハリボテ神子を優遇しながら、本物の神子に対してはこれといった実権も持たせず、それでいて実質的な神子の恩恵を国にもたらすように幸運の搾取を行うだけ。
利用する相手が居なくなると困るので伝統支持派からは護るが
フラティーニ侯爵を持ち上げさせる気は無い。
伝統保持派筆頭に祀り上げられているアルフォンシーナ・レオパルディはまだ若い。ジェラルディーナと同じ16歳。
深窓の姫君という触れ込みで学院にも通わずにいる。
「フラッテロ家の者に見られれば『転生者』だとバレる」
のを警戒しての事だろう。
レオパルディ公爵領は西部。
西都ガッダに西部騎士団を持っている。
西部騎士団の暗部は、異端審問庁ガッダ支部で起きた出来事の多くに秘密裏に関与していた。
ジェラルディーナがヴァレンティノ・コスタと組まされたのも
ヴァレンティノに精神干渉魔道具が使われていたのも
ヴァレンティノ・コスタがジェラルディーナに悪意的だったのも
ヴァレンティノには瘴気濃度測定魔道具が配給されてなかったのも
ヴァレンティノが殺されるべくして殺されたのも
ヴァレンティノの親族がジェラルディーナを逆恨みしたのも
ヴァレンティノの親族がジェラルディーナの情報を教皇派へ売ったのも…
レオパルディ公爵家による
(西部騎士団暗部を使役した)
「フラティーニ侯爵派へのいやがらせ」
の一端なのであった。
サルヴァトーレは「チプレッソ」としてではなく「ガストルディ侯爵令息」としてアルフォンシーナ・レオパルディと遭遇したことがある。
サルヴァトーレは半年ほど前の夜会でアルフォンシーナ・レオパルディと会った。
「記憶のない加護有り『転生者』だ」
と言われれば
「なるほど」
と思うような女だった。
能力的にも容姿的にも優れたところがある訳ではない。
瘴気の状態から「転生者だ」とは分かる。
他人に命令する事に慣れた搾取的性格。
前世の記憶もないくせに
「貴女は転生者だ」
「自分じゃない誰かの視点で夢を見るのなら【強欲】の加護が有ります」
と教えられ
変に自己特別感を拗らせると
「ああいう女になりそうだ」
とサルヴァトーレは思った。
おかしなものだ。
300年以上も前はその手の傲慢な女が好みのタイプだったというのに、今では吐き気を催すくらいには嫌いだ。
それでも次にまた肉体乗り換えをした後には、今とは違う嗜好になって、やっぱり傲慢な女を好きになったりもするというのか…。
(多分、それはない筈…)
と思いたいサルヴァトーレなのだった…。




