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初めての男

挿絵(By みてみん)


「…条件次第では1000万ディアムで売る。勿論先払いだ」


「分かった。条件はなんだ?」


「…お前は、最近フラッテロ家の娘に…ジェラルディーナ・フラッテロに、やたら付き纏ってるらしいじゃないか。

お前が俺を尊重する気がちゃんと有るって言うのなら、今すぐあの子から手を引くべきだろう?…と本来なら言ってやりたい所だ」


「…そうなんだ?」


「(ハァーッ)しかし…実は俺の方は少し困った事になっている。彼女の保護者達に妙な誤解をされてしまってるんだ。

そこで物は相談だが…フラティーニ侯爵邸以外の場所でジェラルディーナと会う算段をつけて、俺と彼女を会わせちゃくれないか?」


「…んん?はぁ?」


「…鈍いヤツだな。俺とジェラルディーナは愛し合ってるんだよ。それをフラッテロ子爵とフラティーニ侯爵がジェラルディーナの照れを『拒絶だ』と解釈し、俺達が会えないように引き裂いてるという現状だ」


「………」

(何言ってんだ?コイツ…)


「分かるか?想い合う俺達が野暮な連中に泣く泣く引き裂かれたままでいる、この辛さが?!」


「…ええと…。ソレ、本当にジェラルディーナ・フラッテロ嬢のこと?別人の話じゃなくて?」

(妄想?…妄想だよな?この男の脳内だけの…)


「ああん?お前…何も知らないのか?…いいか、俺はジェラルディーナの初めての男だ。アイツは俺にメロメロになって、俺無しじゃ生きられないって縋っておねだりして、俺達は心から愛し合ったんだ。一月間もの間」


「あのぉ〜…。ソレって、いつの話デスカ…?あの子、半年もダレッシオの地下で軟禁されて強制労働生活させられてたはずデスガ…?」

(御都合主義のエロ妄想を夢で見たとかか?妄想自体が突き抜けてる…)


「それより前の話だよ。ジェラルディーナが異端審問庁に入庁する時の研修期間の時の事だ。

俺達2人は幼い頃に既に知り合っていたが、思わぬ再会をして惹かれ合い、熱烈な恋に堕ちたんだ」


「ええと…。『スペクルム』さんの妄想とか?じゃなくて、ホントにホントに実話デスカ?ええぇぇっ???!!!」

(…この人格破綻者にジェリーが惚れるか?…そもそも「幼い頃に知り合って」って、どうやって知り合うんだよ。いやいや絶対有り得ないだろ)


「だからお前なんて出る幕は無いんだよ。気が有るのかも知れないが悪いな」


「………」


「女心を分かっちゃいないフラッテロ子爵とフラティーニ侯爵のせいで、せっかくジェラルディーナは『俺に会うために』危険を犯してダレッシオから逃げ出してきてくれたのに…未だ会えないままだ」


「…スミマセン。ジェリーの口からアンタの話を聞いた事は一度もないんですが?」


「ハッ!当然お前が幾らあの子に付き纏っても、お前なんか対象外って事だろが。

…まさかお前、ジェラルディーナの想い人である俺を差し置いて、あの子とどうこうなろうなんて考えてたんじゃないだろうな…」


「…いや、そんな風に言われても、アンタの認識はジェリーのそれとは全く異なるのかも知れないし…。

とにかく俺はジェリーの意志を尊重するつもりだよ。

フラッテロ子爵とフラティーニ侯爵が『ジェリーはフェッリエーリ伯爵を拒絶している』と見做している事情はよく分からない。

とりあえずはアンタがジェリーと対面できるようにジェリーを呼び出すという条件は果たすつもりだが…。

その後、どうするかは全面的にジェリーの意志を尊重するという事にしてもらいたい。それは当然アンタも了解してくれるな?」


「ああ、それで良い」


「…まさかと思うが、アンタ、ジェリーに魅了チャーム系の精神干渉魔道具を使おうとか思ってないだろうな?

小細工して『愛し合ってる』かのように偽るのは無しにしてくれよ?」


「…そんなモノ使わなくても、会えばちゃんとあの時の情熱を思い出して、俺と居られなくて寂しかったと縋ってくる筈だ」


「………」

(アンタの妄想の中ではそうなのかもね)


「お前は『運命の恋人』という存在を信じてもいないんだろうな…」


「俺、そういうのはちょっと分からないかな」


「だいたい俺以外の妖術師が役立たずの穀潰しなのは、お前を含めてどいつもコイツも『生き続ける意志』に乏しいからだ」


「…いや、俺も昔は『何が何でも生き続けてやる』って思ってたよ?…でも何度も肉体乗り換えをするうちに段々色んな事がどうでも良くなっていったんだ。…みんながみんなアンタみたいに欲深く自己中心的にはできていないって事だな」


「はぁ?…お前、バカなのか?」


「…バカは『他人にバカって言ったほうがバカなんだよ』って言われてる。世間的には」


「…お前らは、ただ適性があって妖術師になっただけで根本が錬金術師じゃないから、大事な事が分かっちゃいないんだ」


「一応俺にも錬金術師の素養があって、魔道具を製作・修繕できるから『推定序列第三位』なんて言われてるんだけど?!」


「俺が言いたいのは、心の方の問題だ」


「…ああ」

(アンタみたいに病んでなきゃならないって事か)


「…自分の欲というものが『全て自分の内から出ている』と錯覚することは致命的間違いだ。特に俺達妖術師の場合は」


「左様デスカ」


「俺は身体を乗り換える度に食べ物の好みは勿論、諸々の趣味嗜好も変化してきた。要は、欲というものは肉体に付随するものだという事だ」


「そうなんだね」

(変態のくせに意外にマトモな事を言い出したぞ)


「この身体の元々の持ち主がジェラルディーナを好きだった事は身体を乗っ取って直ぐに分かった。

俺は常に自分の欲が何処から来るのかに対して分析するたちだからな。

身体の元々の持ち主がどんな思い出を持って何を好きなのか、それを把握し、それらを欲し、『手本を見せる』つもりで獲得し、それを堪能する。

そういった一連の行為自体が実は供養に近い作用をもたらしている。

これらの事実を錬金術師を兼ねていない妖術師は認識できないが、俺くらい長寿の一流になると、それがよく分かる」


「…今、初めてアンタが『推定序列第一位』の妖術師だと納得できたような気がする…」

(肉体由来の欲を満たすのに元々の身体の持ち主の嗜好を意識する在り方は妖術師としては理に適っているように思える…)


「俺達が餌食にしているのは何も自分の身体に元々宿っていた本来の宿主だけじゃない。

日々の糧でさえそうだ。食い物にされなきゃ殺される事もなく未だ生きていられた筈の動植物。

そういった生き物に対しても『お前を糧にして生きるからには、俺はこの世界に有意義さを齎さなければならないし、俺はそれができる』という絶対的自信と行動を示さなければならない。

そこで注意すべきは、人間が糧にする生き物へ示す有意義さとは、必ずしも人間社会における有意義さではないという事だ。

時に社会規範に背こうとも、洗練された知性ある生き物として存在し続ける事は、それ自体が世界へ齎す有意義さになり得る。

そういう意味でも俺は『妖術師としても第一人者だ』という事だ」


「…俺が思っていたよりも、アンタは偉大な妖術師だったみたいだ。…でもだからといって『ジェリーとアンタの仲が上手くいくように』だなんて応援してやる気は一切ない。

というか、妖術師の嗜好が身体の元々の持ち主のものであり、その嗜好に基づく欲を満たす事が供養にもなるのだと言うのなら、俺がジェリーを求めるのも同じ理由で正当化されるべきだろう?

アンタさっき序列が自分の方が上だとか占星庁絡みの地位を利用するような発言をしたけど、そういうものが俗っぽくて世界へ有意義さを齎すのとは真逆の方向性だって事は理解できてるんだよな?」


「…社会的アドバンテージを利用して欲しいものを得る行為は、お前やジェラルディーナが知識階級に属してないというのなら、それは普遍ルール無視の野暮な傲慢でしかないが、幸いお前達は知識階級に属している。

知識階級に属し、過度な肉体労働と無縁に生きる、という社会的恩恵に浴している。それは自然な在り方の世界とは乖離している状態だ。

お前達は社会的心理戦やポジションゲームに巻き込まれても仕方ないという位置付けで人間社会の内部に包括されている」


「…アンタはそうやって自分の思い通りに物事を進めて自己正当化して来てるんだな…」


「ともかく約束は守れ」


「…(ハァーッ)…了解」


そういったやり取りを経てーー


サルヴァトーレはフェッリエーリ伯爵邸を後にし

今度はフラティーニ侯爵邸へ遣いを出した…。



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