ボッタクリと誠意
サルヴァトーレ・ガストルディこと「チプレッソ」は
(この世には「精神干渉魔道具」という便利な道具が存在する)
という事実を理解している。
精神干渉魔道具ーー。
字面の如く他人の精神に干渉できる魔道具だ。
残念な点は
「一個の魔道具につき一種類の精神状態しか作り出せない」
という点か。
「怒りっぽく反抗的な精神状態へと陥らせた標的が仲間を攻撃するように仕向ける」
ような攻撃的な負の感情を昂らせる魔道具と
「恋愛感情・性欲を掻き立てて自分もしくは特定の相手へ好意を持たせる」
ような進取的な色情感情を昂らせる魔道具。
それらは別物となる。
一個の魔道具で複数の感情誘導はできないのだ。
数種類を相手に応じて使い分けるのが正しい使い方だ。
サルヴァトーレは
「ジェラルディーナに魔道具を使おうとは思わない」
程度にはジェラルディーナに対して誠実である。
サルヴァトーレが魅了系効果を持つ精神干渉魔道具を使いたい相手は婚約者である。
どうせ婚約破棄するのだから、気に入られるように気を遣うだけ無駄だ。
楽して好意を持たせ
嫉妬を掻き立てて下手を打たせる。
そのついでにジェラルディーナとの仲を深められるならしめたもの。
(にしても、「スペクルム」のヤツ。多分滅茶苦茶吹っかけて来るだろうなぁ…)
と入手難易度の高さが流石に気にかかる。
個人的に動かせるカネは少なくない。
だが物が物だ。
何より「スペクルム」は「チプレッソ」と仲良くない。
友達価格が成立しない間柄でレアな魔道具を購入しようとするなら、ボッタクられるのは当たり前。
(けど、首都のフェッリエーリ伯爵邸に居るらしいし、フェッリエーリ伯爵領のあるっていう西部の領主館まで行かずに済む分、有り難いと思うべきか?)
とりあえず、会おうと思えばすぐ会える距離に居てくれた事だけでも良かったと思う事にするサルヴァトーレだった。
フェッリエーリ伯爵邸に着いて、玄関先の待機所にて待たされながら
(フラティーニ侯爵邸もそうだったけど、ホント刑吏一族って金目の物を飾ったりとかしない質なんだねぇ〜)
と思った。
飾ってあるのは旧式の武器とか鎧兜。
これで狩った動物の剥製が飾ってあれば
「刑吏一族は余程血に飢えた連中なのか?」
と思われる事間違いなしだろうが…
動物の剥製は一切見当たらない。
単に
「いつ襲撃されても非戦闘員の使用人も武器を手に応戦できるように」
という理由で飾られているだけなのだが…
サルヴァトーレは
「刑吏一族の本家貴族家ともなると処刑された罪人の身内が逆恨みして襲撃して来る」
という事情に考えが及ばない。
(手紙で訪問を告げておいたし「当主様がお待ちです」とのことだったのに、随分と待たせるな…)
と不審に思いながらも
「自分が嫌がらせを受けている」
という事実にも思い当たらない。
リベラトーレ公国の妖術師は他の国の妖術師より恵まれているので、やや平和ボケ気味。
自分と同じ妖術師からの悪意に気付きにくい。
「スペクルム」ことランドルフォは、それを逆手にとって嫌がらせのため、サルヴァトーレを無駄に待たせ続けた。
その間、ランドルフォはサルヴァトーレの婚約者グローリア・チェッキーニ伯爵令嬢の家についての調査報告書に目を通していた。
「ふぅ〜ん?ファビオ・チェッキーニ伯爵は元々商人。チェッキーニ伯爵家に養子に入り伯爵家を継承。
養子に入ったファビオは前伯爵の息子と娘が邪魔。
さっさと厄介払いしたくて安い金で引き取ってくれる先を探し、グスターヴォ・チェッキーニを商家の婿養子に出して、グローリア・チェッキーニをガストルディ侯爵家に嫁がせる事にした、という事か。
んで、ガストルディ侯爵家の養子どもは『グローリア・チェッキーニに気に入られた者が侯爵位を継げる』とでも思ってる?のか?」
(「チプレッソ」もバカなヤツだ…)
ランドルフォは鼻で笑いを漏らし
サルヴァトーレを1時間ほど待たせてから
「客人を応接間へ通してやってくれ」
と執事に命じたのだった。
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「…久しぶりだな。前回の肉体の時は一度も顔を合わせないままだったんじゃないか?」
サルヴァトーレにそう言われて
ランドルフォは前回の自分の肉体を思い出した。
(…前回の肉体の時は脳のスペックを気にする余り容姿の方に気を回せずに、俺はかなり不細工だったんだよな…)
という情けない事実に、ついつい顔を顰めた…。
「…前回は比較的期間が短かっただろ?14年間だったか?別に一度も会わなくても不思議じゃないだろ」
「そうだったな。先代予言者の予言可能期間は14年。今代については俺は未だ知らないが…アンタの方で何か手掛かりは無いのか?」
「ない。今代のアルカンタル占星庁は随分と用心深い。つまりは今代予言者の予言内容がアルカンタル王国の存亡に関わるような情報を含んでいる、って事なんだろう」
「そうなのか?」
「…俺はこう見えて妖術師の中でも長老クラスの長寿だ。今までもアルカンタルを昔から仕切ってきたコンテスティ家がやたらと情報を出し渋る時代があった事も覚えてる。
そういう時代は決まって予言者の予言期間が長く、しかも国が滅ぶほどの厄災が先行世界で起きてて、アイツらは『絶対、予言者を守り、先行世界と同じ轍は踏まない』と団結奮起してたりしやがる。
そんな状態の中『何が何でも予言者情報を漁る』ような真似をしてみろ。
…サクッと殺されるぞ。コンテスティ家のイカれサイコパスどもに…」
「縁起でもない…」
「冗談とかじゃねぇぞ。お前も長生き寄りなんだ。妖術師の命を家畜のそれと同程度にしか思ってないコンテスティ家の恐ろしさは流石に理解できてるだろ?
連中の妄執の中では『予言者が先行世界で死んだ命日より早い日付で死なれたら、今世の世界線そのものが消滅して、先行世界こそが人類の歴史になってしまう』という認識になっている。
アイツらは自分らを正義だと激しく錯覚した組織的殺人者集団なんだ。
下手に刺激すりゃ楽々国境跨いで殺しに来やがるぞ…。とんでもない冷血非道の化け物揃いなんだからな。
俺達みたいに無駄な殺しは極力避ける平和主義の妖術師なんて、あの鬼畜どもに比べたらホントに可愛いもんだ」
「…過去に何かあったのか?コンテスティ家と」
「…そりゃぁあったが、お前に話しても仕方ねえだろ?んで?お前のほうこそ、なんだ?
『精神干渉魔道具を都合して欲しい』って?今の身体に乗り換えて9年以上経ってるのに挨拶一つして来なかったお前が、今更擦り寄って来るなんて随分と虫が良すぎるんじゃねぇか?」
「それは、本当に申し訳ない…」
「…そっちは異端審問庁の上層を占めるガストルディ家。こっちは異端審問庁の中間管理職どまりのフェッリエーリ伯爵家。
社会的身分だと、そっちの方が上だから勘違いしちまったのか?
占星庁への貢献度がお前よりも高い俺様をお前よりも下だと」
「そんなつもりはない」
「ちゃんと誠意は見せてくれるんだろうなぁ?」
「…可能な限り、そちらの言い値で払うつもりだ」
そう言ってサルヴァトーレが頭を下げると
「………」
(当然、ボッタくってやるつもりだが…)
意外に従順なサルヴァトーレの後頭部を見下ろしながら
ランドルフォは
(この男らしくない妙な落ち着きは「好きな女ができたから」みたいな精神的余裕とかによるものじゃないだろうな…)
と訝しく妬ましく思ったのだった…。




