アドバンテージ逆転
前々からアベラルド・フラティーニは疑問に思っていた。
「何故、クレメンティーナの想い人であるシルヴェストロ・リベラート公爵がマリアンジェラに懸想しているのか?」
を。
(知り合う機会など無かった筈…)
それなのに彼はマリアンジェラを知っていて、事あるごとにフラティーニ侯爵邸を訪問しようとする。
しかもリベラート公爵邸のシルヴェストロの私室にはマリアンジェラの肖像画がある…。
かつてマリアンジェラがまだ少女だった頃ーー
先代子爵がマリアンジェラの肖像画を画家に依頼した事があった。
依頼を受けた画家は、ついつい同じ絵を二枚描き
「自分用に」
と、一枚をコッソリ所持し続けた。
マリアンジェラのストーカーの一人がその事実を嗅ぎつけ、ストーカー達がその肖像画を巡って諍いを起こした事を、知ってる者達は知っている。
子爵令嬢時代からマリアンジェラの交友関係は広くなかったので…
絵は刑吏一族であるベルナルディ伯爵家、カルダーラ伯爵家、フェッリエーリ伯爵家の間で行ったり来たりしていた。
それがどういう経緯を辿ってか今はシルヴェストロ・リベラート公爵が所有しているのである。
リベラート公爵。
(去年まで公子だったが)
結婚を機に公爵位を継ぎ、その後すぐに離婚。
年齢的にはまだ若い。
アベラルドと同じ歳。
そしてクレメンティーナとも同じ歳。
フラティーニ侯爵家にマリアンジェラ宛の求婚状を送り付けて来られる度にチェザリーノが
「アイツ、殺してきて良いですか?」
と殺気立つのでアベラルドとしては本気で迷惑している…。
不審に思い、調べさせたところ
「ニ年前から夢に出てくる美しい女性がいる。運命の相手だ」
だのと御託をほざいてるのが判明。
(…あの男は『転生者』だが、記憶はないらしいし、そもそも【強欲】の加護も無いという話だ…)
とアベラルドは首を傾げていた。
シルヴェストロはアベラルドの魂の兄弟ではない。
おそらくはクレメンティーナの魂の兄弟。
そしてクレメンティーナは王立学院に通っていた頃からシルヴェストロに片想いし続けている。
それらの事情を合わせて考えた時に、ふと
(まさか「夢を覗き見る性質が加護有りから加護無しに移る」なんて事があるのか?)
と疑ってみたものの…
カッリスト・チェザリーノ・アルフレーダからは
「いや、無いですよ」
と全否定された。
他の加護無し『転生者』に尋ねても
「無いですね」
という返事。
アンジェロだけが
「ん〜。…そうだ、と断言はできませんが。全く知らない人間が夢に出てきて、相手に対する描写がやたら詳細だったりするんで、もしかしてと疑った事はあります」
と答えた。
アンジェロ麾下のフラッテロ家の者達が
「いや、無いですよ」
と言ってる中で
「夢を盗み見る立場が逆転してるかのような妙な感じ」
をアンジェロだけが感じているのだという。
因みにアンジェロにとっての【強欲】は男だ。
バルディ侯爵派の分家で平民だが産業省の幹部官僚。
ソイツもどうやら前世の記憶がない。
アンジェロは
「嫁がいるが男色もいけるクチだ」
という噂が広まってるので…
相手が
「それなら俺も」
と妙な色気を出してアンジェロに好意を持っている可能性はある。
「加護有りが加護無しの兄弟姉妹に懸想すると夢を盗み見る立場が逆転する」
という可能性は如実に濃厚に感じられた。
だが他に事例がなく
確信できないままだった
ーーところに
「ジェラルディーナがロベルトから受け取った手紙」
「トリスターノがジェラルディーナに好意を持ってるらしいこと」
「ジェラルディーナがトリスターノになり変わったかのような夢を見た」
という情報が得られたので
推測に確信が加わった。
(…「惚れられる事」で【強欲】側のアドバンテージを奪ってしまうなんて…。フラッテロ家の美形遺伝子は最強だな)
とアベラルドは思わず苦笑を漏らし
(リベラート公爵には「マリアンジェラに似たフラッテロ家の娘と偶然の出会い」でもさせて対処する事にしよう)
と対策を取るべく、チェザリーノに指示する事にした…。
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フェッリエーリ伯爵ランドルフォ・フェッリエーリ。
彼は伯爵位を継いで間もない。
まだ2ヶ月にもならない。
フェッリエーリ家は画才に恵まれている者が多く、ランドルフォもその例に漏れない。
と言ってもランドルフォ・フェッリエーリの中身は
「肉体を乗っ取った妖術師」
なので
「血族の異能は肉体に属している」
という事が分かる。
画才のある者達に共通する性質として
「美しいものにこだわる」
想いが強いのもフェッリエーリ家の特徴。
フラッテロ家はフェッリエーリ家に難癖を付けられて
「お前んところの娘をウチに嫁入りさせろ」
と要求される事が昔から多かった。
勿論、それに従ってフラッテロ家の女性をフェッリエーリ家に嫁がせる事などなかったのだが…
逆にフェッリエーリ家の女性が実家との縁を切ってフラッテロ家に嫁いでくることはあった。
ランドルフォの中身は生粋のフェッリエーリではないにも関わらず、やはりランドルフォはフェッリエーリ家の傾向を色濃く受け継いでいた。
マリアンジェラの肖像画をシルヴェストロ・リベラート公爵へ譲渡したのは政治的駆け引きのためでもある。
つまりリベラトーレ大公家の意志に追従するだけのリベラート公爵家に対して多少なりとも影響力を持っておこうという思惑有っての譲渡だった。
ランドルフォは本来なら政治に全く関心がない。
他の妖術師もそうだが
「欲しいものを得るために権力が有った方が手っ取り早い」
という程度の理由でしか権力を求めない。
ランドルフォは兄が子を残さないまま流行り病で亡くなって、次男だった自分が伯爵位を継いだ事で
「これで本物の貴族だ。身分を笠に着て、あの子をあの家から引き抜ける」
とウキウキした。
(肉親に対する情のようなものもない)
しかしランドルフォの意中の少女ジェラルディーナ・フラッテロはランドルフォを露骨に嫌っている。
そしてランドルフォとジェラルディーナの認識の差は決して埋めようが無いほどに乖離している。
(…新人研修の1ヶ月間、あんなにも愛し合っていたのに…正式に異端審問官になった途端に態度を豹変させた…。女心はコロコロ変わって、本当に度し難い…)
ランドルフォが鬼畜なのは
「精神干渉魔道具」
が彼の専門分野である事に由来する。
何処の国の占星庁も
「認識阻害魔道具」
並びに
「精神干渉魔道具」
を重宝している。
リベラトーレ公国は特に妖術師の存在を全肯定し、妖術師を庇護してまで、それらの魔道具に依存して治世を行っている。
そんな環境で伸び伸び精神干渉魔道具の製作・修繕を手掛けて占星庁に格別に重宝されている妖術師。
推定序列第一位の「スペクルム」。
それがランドルフォ・フェッリエーリの裏の顔であり
「欲しいものが手に入らないという事がない」
という立場もまた彼の自己中心性に拍車をかけていた。
そんな彼に、占星庁側の暗部諜報員が
「『チプレッソ』がジェラルディーナ・フラッテロに付き纏っている」
という報告をしてきた。
ランドルフォは
「クソッ。フラッテロ子爵もフラティーニ侯爵も『当人が嫌がっている』の一点張りでジェラルディーナへの求婚を断りやがって。
アイツらは女側の『嫌よ嫌よも好きのうち』という心理を全く理解できちゃいねぇ。これだから女の切ない性欲を理解してやれねぇカタブツどもは…」
と苛立ち、焦り出していた…。
フラティーニ侯爵家に
「ジェラルディーナ嬢との面談を」
と依頼しても
これまた
「当人が嫌がっている」
という理由で許可が降りない。
徹底して
「変態」
「ストーカー」
「野放しの犯罪者」
認定されてしまっているのだ。
「『チプレッソ』のやつ。この俺を出し抜きやがって、一体どうしてくれようか?」
とムカついている相手に何か嫌がらせして溜飲を下げる気でいるところ
その当の相手「チプレッソ」が
「精神干渉魔道具を都合してくれないか?」
と手紙を寄越してきた。
近日中に尋ねて来るとの事。
ランドルフォは思わずあまりのタイミングの良さに、自分の運の良さを感じて、ニマニマとほくそ笑んだのであった。




