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野葡萄亭

挿絵(By みてみん)


「野葡萄亭」。

ストラウク連合国からの移民が多い店。


ボスのフォルミッリ家がストラウク系の家系なのかというと、そういう事実はない。

フォルミッリ家はルドワイヤン系の家系だ。

そしてポンペオ・フォルミッリの母がストラウク系の娼婦。


ストラウク連合国とルドワイヤン公国の共通点が

「デルプフェルト王国を敵視している」

という点にある。


この地の仲介屋に仲介を頼む側の依頼意思を示す合い言葉が

「デップ・エジーリョ」

(デップ追放)

という事からもデルプフェルトへの並々ならぬ敵意が窺われる…。

(デップはデルプフェルトの蔑称)


ともかく「野葡萄亭」という酒場が「仲介屋」と接触できる店である事は間違いない。

勿論、「仲介屋」の元締めであるヴェルゴーニャことポンペオ・フォルミッリが出てくる可能性はほぼないだろう。


その傘下のフォルミッリ家からのお目付け役とかストラウク系の小悪党とかが出てくるだろうから、目敏く見つけなければならない。


ジェリーは女性が髪を伸ばすのが当たり前の社会にあって、髪を短くしている。

異端審問官の常ではあるが、体型を特定させないゆったりした制服とローブを着用するのみならず、性別を特定させないために女性は髪を短くし、男性は髪を伸ばす傾向がある。

職場での名前もジェラルディーナではなくジェラルディーノとなっていた。


半年の軟禁生活でも髪を切ってもらえる機会には髪を切ってもらっていた。

女性の平均的髪の長さには程遠い。

充分、少年に見える。


ジェリーはフードをかぶって

目元に影が差すよう微妙に顔を隠し

「野葡萄亭」の扉を開け、中へ入った。


(教皇庁側はまだ脱走に気付いておらず、動きは無い筈。此処にいるのは全員、ただのゴロツキで暗殺者への警戒は不要の筈…)

と思いたいのだが…


此方へ視線を向けもせずに器用に殺気を飛ばしてくる者がいる。


(…私はトコトン運が悪いのかな…)

とジェリーはガックリ肩を落とし、ウエイターが側を通るのを待った。


ワケありの人間など何処の町の裏通りにも居る。


この町でジェリーがワケありの人間としてウロついていてもわざわざ敵視される謂れはない筈なのだが…

ジェリーの側の席の者達は不自然なくらいに何も喋らない。


(警戒されるような見た目じゃないと思うんだけど…)

とジェリーは疑問に思う。


美少年に見える髪の短い美少女。

人相も悪くない。

素直で実直。

道理を通したがる真面目な性格。

表情にも雰囲気にも怪しげな所はない。


(何がいけないんだろう?)


「…お前さん。ドブの匂いがするな…。くさいんで、出てってくれないか?」

とウエイターに注文を訊かれず、代わりに退去を促された事で分かった。


「ドブの匂いがする」

という表現自体が

「教皇派の回し者なんじゃないのか?」

という暗喩であると同時に

「地下で暮らしている者達は本当にドブの匂いがする」

のだ…。


(…この店を出た途端に暗殺者をけしかけられそうだな…)

ジェリーは一気に気が滅入った。


「…金は払う。積荷を運んでもらいたいんで、ヴェルゴーニャ氏に仲介して欲しいんだ」

とジェリーが単刀直入にウエイターに言うと


すぐ隣に座っていた男が

「積荷の大きさ、重さと運搬料がどのくらいか聞かせてもらおうか。仲介するかどうか検討してもらうのはそれからだ」

と低い声で囁いた。


(「教皇派の回し者じゃない」とハッキリさせるには異端審問庁の人間だと示した方が分かりやすいだろう)

と思い


「荷物は体長1.6メルタほど、重さは50ウエイトくらい。運搬料は首都ロッリの異端審問庁本部まで100万ディアム。会計のフラッテロ子爵の支払いで」

と告げた。


身を隠したい人間は自分の身長と体重を告げるのが普通だ。


特に変わった事は言っていないが

「異端審問庁本部」

という行き先を聞くと、聞き耳を立てていた連中が途端にシンと静まり返った。


(「教皇派の回し者じゃない」と伝わったかな…)

不安ではあるものの


「…なるほど。合い言葉は?」

と訊かれ


「デップ・エジーリョ」

と答えた。


「…そうか。…一番大事な質問だが。依頼主であるお前本人の身元は何処の誰だ?」


「…刑史一族フラッテロ家の次男ジェラルディーノ」


(この人達の情報網がシッカリしてるなら、身元の確認はすぐ取れる筈。下手に隠さず公式の名前を名乗っておいたほうが良い…)

という判断で公式の名前を名乗った。


「…分かった。首領にはちゃんと伝えておく。明日また同じ時間に来い」


「泊まる場所がない。此処で待ってるから急いで用件を取り継いでもらえないか?」


「…フードを脱いでみろ。仮の居場所をやるかどうかはお前の面の出来次第だ。何の代償も無しに匿って貰えると思うな」


「………」

ジェリーがフードを背中側に下ろして目元をあらわにすると


「分かった」

と、すぐにまたフードをかぶせた。


「すぐ戻る」

と言って男が酒場の2階へ上がって行って2、3分ほどしてから


「来い」

と声が掛かった…。



********************



異端審問庁では貞操だとかは全く考慮されない。

尋問に色仕掛けが効果的なら普通に色仕掛けを使う。


拷問は拷問係が行うものだが

その他の者達も拷問術を習得しているのが普通だし

平民職員ともなると房中術も習得させられる。


だが

「異端審問官が最も習熟してるのは医術だ」

と言えるかも知れない。


ラスティマ圏の医術は占星術で病気を特定し、治療に適した日時を割り出す内科医が一番偉い。

そして実際に薬を作って飲ませる薬術師や物理的施術を行う外科医は地位が低い。


異端審問庁は拷問を兼ねた解剖実験が行える環境が整っている。

被疑者を死なせず自供を引き出すため

外科医術も薬術も異端審問庁内で進化しているのだ。


どの道、拷問で死んだ死体は焼却されるので、死体を検められて

「解剖実験しやがったな!」

と倫理抵触で糾弾される事態にはならない。

お陰で異端審問官は皆、人体に詳しい。


ジェリーは書記官だった事もあり

拷問にも尋問にも立ち合って詳細を記録し続けた。

人間の身体の反応をよく知っている…。



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