可愛さ余って憎さ百倍
フラッテロ子爵家当主執務室にてーー
ルーベン・フラッテロはアンジェロへ向かって報告事項を口にした。
「そう言えば、ロベルトからの手紙で名前が書かれていた学生達の身元を詳しく調べてみるとか言ってたんだったな?」
アンジェロがふと思い出す。
「ええ。どうやらジェラルドの指示で、図書室で喧嘩してた連中の名前を後日聞き出したらしくて。
『ジェラルドの勘は当たる』事が多いですし、念のために洗ってみたら…意外な事実が分かりましたよ」
ルーベンが含みのある笑みを浮かべると
アンジェロは
「ほお?」
と微笑み返した。
「その後の調べで『平民』という事になってる学生が実はレオンツィオ公爵家の庶子で、公爵の唯一の実子。内々で跡取りだと決定してる若君だと判明しました」
「それはまた…」
アンジェロにとっても意外だったらしく、アンジェロは言葉を失ったが
アメリーゴは図太く
「なんでそんなヤツが『平等主義』にカブれて『貴族主義』のガキどもと揉めてんの?」
とルーベンに尋ねた。
ルーベンは
(尤もな質問だ)
というかのように
頷きながら
「俺もそれを疑問に思ったんですよ。それで詳しく調べてみたところ『平民』に擬態しているレオンツィオ公子はレオーニ公爵家の第二公子と懇意だという事実が出てきました。
しかもレオンツィオ公子に絡んでた連中はレオーニの第一公子を支持する家の連中。
レオーニ第二公子はソイツらの家の東部派閥内での地位を引き下げたいと思ってるようです」
と答えた。
「レオーニ公爵家、御家騒動を起こして大丈夫なのか?」
「さぁ?」
「それじゃ、レオンツィオ公子が心底から『平民』になりきって『平等主義』を唱えてる訳じゃないのか?」
「ええ。初めから挑発するべき相手を挑発する目的ですね」
「敵国の占星庁が思考誘導してオカシナ思想を植え付けてる、とかじゃなくて良かったな」
アメリーゴがホッとした声を出した。
「…そうですね。敵国の息掛かりなら『異端』の濡れ衣着せて殺処分しなければならなかったでしょうから。たとえ唯一のレオンツィオの実子でも」
ルーベンが不穏な覚悟を口にすると
アンジェロが神妙な表情で
「南部貴族筆頭のレオンツィオ公爵家と事を構える必要がないと判明しただけでもメデタイことだ」
と皆の内心の総意を述べ
「「ですね」」
とアメリーゴ、ルーベンも晴れ晴れした顔になった。
「…それにしても『貴族家の庶子が平民に擬態して、嫡子が死んだ後に後継者となっても正体を隠し続ける』ようなパターンが、実は最近の流行なのか?」
アンジェロがこの所疑問に思っていた事を
ルーベンへと尋ねてみる。
「…ダニエーレ・ガスパリーニの場合は、未だ当人も知らないんじゃないでしょうか?まさか自分がガスパリーニ士爵の庶子じゃなくて、ガスパリーニ伯爵の庶子だなんて」
「知らないようだな。ガスパリーニ伯爵はいよいよ本人が亡くなる時になって、遺言で後を継がせるつもり、という事なのかもな」
「そういう可能性もあるでしょうね。『自分の実子だとバレると、また殺されて実子が一人も残らなくなる』という不安に相当追い詰められているのだと思います」
「そんなに不安になるのだったら我々刑吏一族に対して初めから手出しして来なければ良かっただろうに」
「ガストルディ侯爵からの指示で動いていたのでしょうから、どの道、あの人達は逆らっても従っても同じ運命だったと思います」
「そうか…。だが何故ガスパリーニ伯爵は『鰐退治』を実子のダニエーレに依頼したんだ?その結果、ジェラルドはダニエーレと一緒にダレッシオから逃亡できた訳だが」
「…ジェラルドの逃亡まではガスパリーニ伯爵は考えてなかったと思いますよ。
ただ『鰐退治を依頼しておく事でジェラルドの命に配慮しようとした』という事実を残したかったんじゃないでしょうか?
ガストルディ侯爵の命令で仕方なくフラティーニ侯爵派を敵に回したものの婉曲的に『本当は敵対したくない』と表明しておきたかったんでしょう。
しかも恩売り行為を実子のダニエーレにさせておく事で、我々がダニエーレに敵意を持ちにくくなるように仕向けたかった、といったところでしょうか」
「鰐に負けるかも知れない、といった万が一は想定してなかったのだろうか?」
「身内大好き人間は案外身内を過大評価する場合もあります。ガスパリーニ伯爵はダニエーレの腕を信頼してるのだと思いますよ。
そもそもダニエーレとガスパリーニ伯爵の繋がりを疑わしく思ったのは、ダニエーレの所属傭兵団への大口の寄付が定期的に匿名で行われていたからです」
「たった1人残った実子に直接金を渡せなかったから、そういう事をしてたんだな?」
「ええ。おそらくは…」
アンジェロとルーベンはしんみりした表情になった…。
一方でアメリーゴは飄々とした様子で
「そういや、お前、この前、フラティーニ侯爵家の私属騎士から手紙もらったとか言ってなかったか?」
とルーベンに聞きたかった事を質問した。
「…ああ。ルクレツィオ・フラティーニ。暗部との連絡係をしてる密使役の奴」
ルーベンが顔をしかめると
(どうやらルーベンはルクレツィオが苦手なようだ)
とアンジェロが素早く察知する。
「まさか、ソイツ、お前に気があるとか?」
「…気持ち悪い事を言うなよ。あの根暗、何考えてるのか分からない挙動不審な奴だぞ?」
「そんな奴がお前に何で手紙寄越すの」
「ジェラルドの事だよ。屋敷内でジェラルドの姿を覗き見て気に入ったんだと。
俺がジェラルドの婚約者だと知って『ジェラルディーナ嬢の婚約者という地位を私に譲って欲しい』だのと言って来やがった。
そんなん俺に言われても知らんしな、『そういう話はフラティーニ侯爵の許可を得てからフラッテロ子爵へ打診するべきだろう』って正論で返事してやった」
アンジェロは首を傾げ
「…俺の所にはそんな打診は一切来てないな」
と事実を言う。
「…アンジェロ様の所に話が来てないならアベラルド様が蹴ったんでしょうね」
「…ルクレツィオ・フラティーニ。チェザリーノに継ぐ実力者らしいから、ジェラルドを見初めて『護りたい』と思ってくれてるなら実は有り難い話だぞ?」
「いや〜…。性格的に粘着そうですよ。アレは。…惚れた相手に執着する性質もチェザリーノさんに継ぐしつこさとかだったら、幾らジェラルドが大らかでもドン退きしますって」
「フラッテロ家の女子はホント変なのに好かれて粘着されるんだな…」
「…お前の妹とか女従姉妹も地元で今頃同じような目に遭ってるのかもな」
ルーベンが嫌味っぽくアメリーゴに言うと
「…嫌なこと言うな。なんかソレ考えると段々平常心でいられなくなるんだが?」
とアメリーゴが自己申告通りソワソワし出した。
「お前の親兄弟がちゃんと護ってやってるさ。フラッテロの男は有能なんだ。たとえ『転生者』じゃなくてもな。信頼してやれ」
そう言いながらもアンジェロは
(コイツら近しい身内の事となるとメンタルが急に弱くなるのが心配だな)
と側近2人を心配した。
「…そうします」
「にしても、ルクレツィオ・フラティーニって強い奴だったんですね?『転生者』でしょうか?」
ルーベンの疑問に対して
アンジェロは
「さぁ?瘴気の状態からすると『拷問係適性者だ』って話だ。『妖術師』の可能性もあるが、アベラルド様は何でも話してくださる訳じゃない」
と澄ました顔で答えたが
「アベラルド様の周りって不審者がいっぱいだぁ〜…」
「普通にコワイですね」
と言う2人の意見には内心で激しく同意である。
気の合う側近に恵まれてアンジェロはついつい気を許してしまう。
アンジェロは
「…マリアンジェラの時にも思ったんだが、戦闘力の高い男に惚れられる女もある意味で災難なんだ。何せその男が寛容な性格とは限らないからな。
マリアンジェラの場合は運良くチェザリーノに惚れ返したから結果的にチェザリーノはマリアンジェラを溺愛して、マリアンジェラの身は安全が保証される事になったが…。
もしもマリアンジェラがチェザリーノ以外の男に惚れてたら、と思うと一転して心底からゾッとする。
『惚れた相手が自分に惚れ返してくれない』というありふれた不条理に対して納得しない男は振り向いてくれない女に『可愛さ余って憎さ百倍』という感情を向けるだろうからな…」
と、妹に関する本音を述懐をしてしまったのだが
「………」
ルーベンの顔色が途端に青くなる。
「ジェラルド、可哀想〜」
軽口を叩くようなノリの同情を口にしたアメリーゴに対して
ルーベンは思わず思いきり頭をはたいたのであった…。




