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女の敵?

挿絵(By みてみん)


「おそらくこの度の婚約は『賠償金目当ての婚約』だろうと俺は思っている。

だから『相手の有責で婚約破棄する』状況を上手に作り上げる事が後継者候補として一歩リードする事に繋がると思うんだ」


「…それはまた…。何とも人間不信になりそうな推測ですね」


「伯父上の人間性を正しく知る者にとっては、そのくらい悪辣な計画が背後にあると見るのが正解なんだよ」


「甥なのに、好きじゃないんですね?ガストルディ長官のこと」

(妖術師なら肉体だけが血縁って事なんだろうけど)


「どうかな?好き嫌い関係なく人間観察と分析の結果、伯父上の思考や意向を推測してるだけなんで、好きとも嫌いとも思ってないんだ。正直」


「そうなんですか?」


「うん。まぁ俺に限らず『利害関係を有利に進める事に重きを置く』ような価値観だと、実の所、他人への好き嫌いは大した意味を持たなくなるものだよ」


「利害関係を有利に進める事、ですか」


「そう。俺は今の時点で婚約者令嬢に好意も悪意も持ってない。だけど『相手の有責で婚約破棄する』という目的を達成しようと思うなら、自分自身の都合によって、婚約者令嬢に対して嫌悪・憎悪感情を持たなければならないし、それができる」


「嫌いじゃない相手を意図的に嫌いになれるって事ですか?」


「ああ。心底から嫌いになることで『相手の有責で婚約破棄する』という目的に重さが加わる」


「嫌いじゃない相手を陥れようとすると、自分の中の潜在的罪悪感が隙を生み出してしまうから、敢えて陥れる前に嫌いになるんですね?」


「ふふっ。もしかしてジェリーも経験者?」


「いえ。他人を陥れたことはありませんが、自分自身を無辜の民だと思い込んでいる異端者達が拷問にかけられるのを見ながら職務を全うするには、異端者の敵性を念頭においておく必要があったので、少しその事を思い出したんです」


「うん。それと似てるかもね。好き嫌いという感情は実は自分自身の利害関係や都合次第で意図的にコントロールできるという事だ」


「異端審問官の場合、それは国防・護国のためという大義名分があるんですが…。サリー様の場合、大義名分がありませんよね?」


「俺がガストルディ侯爵位と異端審問庁長官の座を引き継ぐのが、他の後継者候補が引き継ぐのより余程マシだと思うんだが…。ジェリーの見解は違ったのか?」


「私はダヴィード様のこともエラルド様のことも知りません。サリー様のことでさえよく分かっていません。誰が後継者になるのが異端審問庁の今後のため、リベラトーレ公国のためになるのか…判断材料が不足しています」


「確かに。ジェリーは俺をまだよく知らない。…どうせバレてるんだろうけど、この国には肉体を乗り換えながら何百年も生き続ける者達が棲みついているんだ。

俺もその1人ということもあって、中身は見たままの年齢ではない。

無害でお茶目な老人であり、そのくせ年甲斐もなく可愛い女の子にどうやら恋してしまったらしい愚か者だ。

滑稽に従順に、この社会と国の安寧と国益のために尽くす気でいるんだ。君のために」


(妖術師だって自分で暴露しちゃうんだ?)

「…口説いてるんですか?」


「大人しく口説かれてくれるの?」


「…ともかくサリー様は利害関係の対立すると思われる婚約者令嬢を意図的に嫌いになる、という事ですね?今の時点での対策は」


「そうだね」


「『相手の有責で婚約破棄する』には具体的にどうするおつもりですか?」


「婚約の契約書を読ませてもらった所、次期侯爵が未定という事もあり、普通の婚約契約書とは随分と趣きの異なるものだったんだ。

その最たるものは次期侯爵候補者3名に貞操義務が無いという事だ。

つまり婚約者令嬢が婚約期間中に候補者以外の男性と懇意になれば不貞として有責になるのに対して、候補者のほうでは浮気自由。

精神的に苦しめて、令嬢がブチ切れた所で『次期侯爵夫人として不適切』と言い掛かりをつける事ができる」


「…なんか、『女の敵』みたいな発想の計画に思えますが?」


「悪いね、ジェリー。男という生き物に関して夢を見せてあげられなくて。

だけど今現在、王立学院では日常的にそういった令嬢側の有責婚約破棄を狙った陥れが溢れてる。別に俺だけが卑劣という訳じゃない」


「…現実はロマンス小説ではありませんから、特にガッカリはしません」


「…多分ね。ジェリーのそういう覚めた所が俺は好きなんだろうなって思う」


「…好きなんですか?私を?」


「うん。好きだよ。…ジェリーのことだから日常的に『好きだ』って告白とかされてるんだろうけど」


「…いえ。身内以外の人に『好きだ』と言われた事はありませんでした。実は初めてかも」


「そうなの?…えっ?…ええっ?!」


「………」


「そうか。そうか…。…美少女はモテる筈、という予想は刑吏一族ともなると当てはまらない訳か…。良いことを聞いたな。うん」


「………」


「…俺としては、次期ガストルディ侯爵として指名されるために先ずは婚約者令嬢に惚れてもらう必要があると思っている。

そして充分に俺に惚れ込んでもらった所で掌返しして目の前で堂々と浮気してやるんだ。

そうすれば相手は精神的にダメージを受けて、取り繕っていられなくなる。

ジェリーには、その計画上の浮気相手を演じて欲しいと思っている。

…俺の方はジェリーが好きなんで、ジェリーも同じ気持ちなら『演じてもらう』必要性もないんだが…。

その覚めた目を見るに、ジェリーは俺に全然惚れてないのが分かるんで、まぁ『演じてください』というお願いに来たという訳ですよ」


(語尾が何故敬語?)

「…そうなんですね」


「それで、お願いできるだろうか?」


「多分、お引き受けできると思います。上と相談してダメだと言われたら、その時はそう言います」


「分かった」


「…嬉しそうですね」


「計画通りに行くなら、婚約者令嬢を籠絡後はジェリーとイチャイチャできる訳だからねぇ。そりゃあ、嬉しいさ」


「…複雑な心境ですよ。他人への好き嫌いは大した意味を持たないと言い切る人から『好きだ』と言われるのは」


「…すまないね。本当は情熱的な人間のフリして溺愛するのが正解なんだろうにね?俺は自分を取り繕うのが苦手みたいだ。女性にとっての都合の良いヒーローにはなれない」


「そのようですね」


「ごめんね。でも、本当に好きなんだ」


「………」

(恋人役なら「私も好き」とか言うのが正解なんだろうけど、私には難しい)


ジェラルディーナにはサルヴァトーレの心理が理解できない。


出会って間もないのに関わってこられて

見返りを求めるつもりで交際を持ちかけられ

挙句好きだと言われたが…


(何故、この人はそういう気持ちになれるんだろう?)

という疑問が湧いて、その答えが浮かばない。


サルヴァトーレーー。

聖草サルビアと同じ語源の名前。


(前世の私の名は「聖木」を意味する名前だったな…)

と微妙な連想をしてしまい


不意に前世の頃の惨めさが蘇って

ジェラルディーナは涙を溢しそうになったのだが…


サルヴァトーレが耳元で

「ジェリーは特別だ」

と囁く声が耳に心地良く感じられ…


思わずサルヴァトーレの肩に自分の頭を預けるように身を寄せた…。



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