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私兵

挿絵(By みてみん)


ダニエーレ・ガスパリーニは

「また、面倒事を持ってきやがったな…」

と言って、ヴェルゴーニャことポンペオ・フォルミッリを睨みつけた。


国立学院時代の旧友である。


共に庶子。

2人には庶子という共通点があったので、かたや侯爵家、かたや騎士爵家と身分差はあったものの、気が合った。


勿論、庶子といってもルドワイヤン系の価値観のフォルミッリ家でポンペオは特に差別はされてきていない。

ダニエーレとは違う。


ダニエーレは

「父親に全く似ていない」

という欠点を持っていたので…

姉や妹と比べても特に放置され気味だった。


「いやいや、俺が依頼するんじゃなくて、ガストルディ侯爵家の養子が仕事を依頼しに来るだろうからって、お前の次の仕事の予想を今からしてやってるだけだよ」

ポンペオがサルヴァトーレ・ガストルディからの依頼をダニエーレへと告げる。


そう言いながら

(考えてみれば、俺とサルヴァトーレ・ガストルディには既に共通の知人がいたんだよな…)

と思い当たった。


ダニエーレはガストルディ侯爵派の私兵の1人。

そしてポンペオの学友でもある。


(ダニエーレをツテに連絡を取ってくるのが普通だよな?わざわざジェラルディーナ・フラッテロをツテにしようなんてせずに…)


そこに思い当たると余計に

(やっぱりあの男、ジェラルディーナを狙ってるのか)

と判り、ムカついてしまう。



「おい、何を独りで百面相してるんだよ?」

とダニエーレに指摘されて


ポンペオは

「実はな…」

と昨日サルヴァトーレとジェラルディーナが自分の元へ出向いて来た事を語った。


するとダニエーレがムッとして

「ジェリーのやつ。また変なのに付き纏われてるのか。全く、賢いくせに隙だらけなんだな、アイツ…」

とジェラルディーナのことで不満を言い出した。


「『また変なのに付き纏われて』って、ジェラルディーナにはストーカーみたいなのが付いているのか?」


「…おそらく占星庁の手の者なんじゃないか?それこそサルヴァトーレが度々占星庁の職員と思しき連中と連絡を取り合ってるんだが、その手の連中と気配がそっくりなのがダレッシオから首都まで来る間に監視していたぞ」


「コワッ…」


「占星庁の連中は優秀だからな。俺以外は気付いてなかったと思う」


「やっぱり、サルヴァトーレ・ガストルディがジェラルディーナに興味を向けてるから占星庁が動いてるってことか?」


「さぁな?サルヴァトーレがジェリーに興味を持ったのは、ジェリーに会ってからだろ?性格は可愛くないが顔は可愛いからな。ああいう外見が好きだって男はウジャウジャいるだろうよ」


「なら、鰐退治の依頼はサルヴァトーレ・ガストルディがしたって訳じゃないんだな?」


「…依頼主はガストルディ侯爵派ではあるが、ガストルディ侯爵を通さずに占星庁の意向で動いているのかも知れない人物だ。どこまで所属派閥に対して忠実なのかという点ではすこぶる疑わしい」


「ガストルディ侯爵派も一枚岩ではないと?」


「そりゃそうだ。侯爵自体が古株の刑吏一族から恨みを買いまくってるだろ?見放す人間が出てきても不思議じゃないさ」


「サルヴァトーレ・ガストルディという男。まさかとは思うが、妖術師なのか?」


「そういう噂はある。それこそ何年も前から」


「妖術師って連中は生まれながらに妖術師である自分というアイデンティティを持って生まれてくるものなのか?」


「…そういう疑問は尤もだが、おそらくはそういう事じゃない」


「お前は何か知ってるのか?」


「知ってると言えば知ってるのかも知れないが、あまりそういう事柄を口にするべきじゃない。それこそ占星庁に目を付けられればどんな目に遭わされるか判ったものじゃない」


「お前は占星庁の連中と会ったことがあるんだろう?」


「確信はない。だが俺は他人の顔を覚えるのか得意なほうなんだ。なのにサルヴァトーレと接触を取る連中の顔をどうしても覚えられなかった」


「余程特徴のない顔ってことか?」


「いいや、そういう事じゃない。ただただ顔の特徴を認識できないって状態だ」


「…そんな事があり得るのか?」


「認識阻害魔道具ってのに関して聞いた事はあるだろう?犯罪者どもがこぞって欲しがる魔道具。

占星庁の連中なら、それを沢山所持していて使い放題だと思わないか?」


「………」


「案外、いつも似たような格好で同じ髪型をしてて同じ声と喋り方をされたら、案外顔を認識していなくても『ソイツだ』と認識してしまうものなんだよな」


「知人にそういうヤツがいるのか?」


「いや、ただの護衛対象だ。『知人』と言うなら、お前のほうが余程ソイツと知人なんじゃないのか?」


「はぁ?」


「覚えてないか?以前『アルカンタル人の画家』を自称するヤツがお前に『アルカンタル王国に戻りたい』という依頼をしてきて、旅芸人一座に紛れて国境まで俺が護衛についた事があっただろ?」


「…ああ。『フェリペ』とか名乗ってた胡散臭いやつ」


「アルカンタル人を自称して、アルカンタル訛りで話してたが、素の時にはルドワイヤン訛りが出てたんで冗談抜きで胡散臭すぎた」


「何か悪さするためにアルカンタル王国に潜り込みたかったんだろうな」


「いい迷惑だよ。アルカンタル王国に入国した後は『リベラトーレ人です』と言い出しただろうしな。ああいう国籍詐称者に国民を名乗られる事で国の名誉が引き摺り下ろされる事に繋がっているんだろうさ」


「…『逃し屋』はちゃんとカネを払ってもらえるなら基本的に客を選ばないからなぁ…」


「判ってる。お前に文句を言いたい訳じゃない」


「つまりお前は、その『フェリペ』の顔を覚えられなかった、と言いたい訳だな?」


「そうだ」


「認識阻害魔道具か…。そういう道具が本当にこの世に存在してたんだな…」


「呑気なヤツだな」


「俺は他人の顔を覚えるのが苦手だからだろうな、関わった相手の『顔を覚えていない』と後で気付いても、そこに深い意味を持たせていないんだ」


「他人の顔を覚えるのが苦手という割にはジェリーの顔はしっかり覚えてたんだよな?」


「…何故か美人は覚えやすい」


「気持ちは分かる気はするが、16歳からみれば俺達なんて『オジサン』だからな。変な気は起こすなよ?」


「お前はどうなんだ?好きだろ?ああいう地顔自体の可愛い子」


「顔が好きだからって、中身無視して惚れることはない」


「とか言って、『ジェリー』って愛称で呼んでるし」


「ベッタがジェラルディーナを『ジェリー』って呼んでたからうつっただけだ」


「ベッタって誰?」


「…俺の『生き別れの弟』設定だった小娘」


「追加荷物のヤツね。はいはい」


「ベッタのせいで散々だった…」


「ちゃんと別れられたんだろ?今はもう関係ないじゃないか」


「ウチの団のヤツがベッタと付き合いだして、団を抜けるとか言ってる」


「東部の娘だっけ?彼氏になった男も東部に住みたいってことか?」


「そう」


「…女のために住まいと職まで変えようだなんて、随分と熱を上げたものだな。そんなにいい女なのか?」


「いや。全くそうじゃないから気掛かりなんだよ」


「お前、そのベッタって女に手を出してたりはしないよな?」


「…俺はそこまで女に困ってないぞ?…お前はベッタに直接会った事がないから『あの女とどうこうなる男は相当な物好きだ』って事実を理解できないんだろうな…」


「ジェラルディーナ・フラッテロと比べてどうだ?」


「全然比べものにならない。豚と真珠くらいに違う」


「そんなに酷いのか…」


「ああ。だからベッタと付き合う男なんて普通は湧いて来ない」


「その彼氏、怪しいな」


「ブリーツィオ。姓は無いと言ってたが、おそらく嘘だ。お前のほうでツテがあるなら調べておいてくれ」


「お前のお気に入りの『ジェリー』のほうは調べなくても良いのか?」


「サルヴァトーレに目を付けられてるっぽいのが気になるが、身の危険は降りかからないだろう」


「貞操の危機はあるだろうに」


「…お前、ジェリーが未だ処女だなんて事があり得ると思うか?その辺の冴えない平民女でも14、15で普通に彼氏作って、やる事やってるだろうが」


「他に娯楽のない世の中だからなぁ〜…」


「…整った容姿の女は、初潮過ぎれば普通に結婚相手候補と見做されて近所の男連中からちょっかい出されるよ。上手い事孕ませてしまえば、そのまま嫁にできるんだしな」


「法的には、結婚は15歳からなんだが?」


「入籍できるのは15歳からだが、子作りも同棲も普通に皆未成年でもやっている。

国立学院の生徒だった俺達は18まで学生だったが、近所の幼馴染み連中とかだと、その年齢で実家を出てて、もう嫁と子供がいた連中も少なくなかった」


「…随分と逞しいな、お前の周りは」


「お前の周りがお上品過ぎるんじゃないか?」


「そうかもな。…それで?…ベッタに付き纏ってる彼氏、ブリーツィオとかって男の事だけ調べれば良いのか?ジェラルディーナは?」


「ジェリーの事は調べなくても良い。ブリーツィオの事だけ頼む」

ダニエーレがそう告げると


ポンペオは

「分かった」

と言うように頷いた。


実の所、ジェラルディーナに関してはコスタ家との因縁に関して教えてやっても良かった。


(ダニエーレは「調べなくても良い」と言ってるが気にはなるだろう)


ジェラルディーナとヴァレンティノ・コスタとの事はブリーツィオの調書のついでに「オマケ」として付けてやる事にしようと思ったポンペオなのであった…。



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