仮初めの愛を
サルヴァトーレにとって
「権力欲は皆無」
である。
正直
「永遠に生きられる」
などとは思っていない。
妖術師の数は徐々に減りつつある。
妖術師は単に肉体を延々と乗り換え続けるだけ。
怪我もするし病気にもなる。
不老不死ではない。
「予言者が途切れた期間=ダレッサンドロ皇国滅亡」
だったので…
その期間は例外的に妖術師達も40年以上肉体乗り換え期間が訪れず、怪我や病気で死んだ妖術師も多かった。
(大人の肉体に乗り換えていた者達は特に)
だがダレッサンドロ皇国が滅亡し、アルカンタル王国、リベラトーレ公国、ルドワイヤン公国が建国されて以降のこの290年余り。
アルカンタル王国では途切れる事なく予言者が輩出されてきた。
今代の予言者の予言可能期間は未だ分からないながらも…
先代の予言者の予言可能期間が14年と短かった事もあり
「今代の予言者の予言可能期間はおそらく長いだろう」
という予想はつく。
これまでのパターンから
「予言可能期間の短い予言者の後は予言可能期間の長い予言者が出る」
と分かっている。
(案外、30年くらい続きそうだ)
という予想だ。
既に今の身体で10年ほど時が過ぎてしまってはいるものの…
(今回の人生では結婚したり愛人を持ったりできるかも知れない)
と期待している。
ただ確定はしていない。
サルヴァトーレことチプレッソは
(早く今代の予言者の予言可能期間の終了日を知りたいものだ…)
と切実に思っている。
ポンペオ・フォルミッリが多少はこの国の裏事情に通じているならば
「リベラトーレ公国では妖術師は占星庁に保護されている」
「妖術師はアルカンタル王国の予言者の情報を欲しがる」
という妖術師の在り方に関しても知っていることだろう。
肉体乗り換えは
肉体の本来の持ち主の意識体を追い出すので
意識体殺しに該当するが
人間という肉体込みの存在を殺す訳ではない。
捨て去る方の古い肉体が生命活動を停止する事になるので、ある意味で殺人に該当するのだろうが…
洗練された妖術師は古い肉体に傷一つ付けない。
捨て去る方の古い肉体との縁をスッパリと断ち切るために、意識体の移行後に古い肉体をバラバラに解体して樽で塩漬けにするような、そんな行為を忠実な奴隷に行わせる妖術師もいるが…
チプレッソに言わせれば、そんな妖術師は稚拙である。
元々、その肉体と意識体との間の繋がりを意識的に制御下に置いていれば、肉体との縁を切るのは、そこまで複雑な作業ではない。
要は肉体と意識体との繋がりを無意識の慣性に任せっぱなしにするのではなく、度々意識の俎上に登らせれば良いのだ。
それによって「殺人」にも見える物騒な死体を出さずに、スマートに肉体乗り換えを行える。
リベラトーレ公国の妖術師はリベラトーレ公国の占星庁との契約によって
「乗り換えた肉体の持ち主が平民だったとしても、占星庁の息が掛かった貴族家の養子に迎えられ生活は保証される」
事になっている。
リベラトーレ公国の妖術師はわざわざ乗り換える肉体の持ち主を貴族から選んで貴族になりすますリスクをおかさなくても後天的に貴族になれるのである。
リベラトーレ公国の妖術師は恵まれた人生が約束されているのだ。
そんな妖術師達。
彼らはその時代ごとの一般常識に疎い傾向があるのだが…
その一人であるサルヴァトーレでさえも流石に
「貴族が平民と結婚はできない」
という事は理解できている。
ジェラルディーナに対して
「欲しい」
「唾をつけておきたい」
と思うものの
「妻というポジションを与えてやれない」
事がサルヴァトーレにはよく分かっている。
結婚に結び付かない恋愛…。
そういうものを女性は忌避する。
おそらくジェラルディーナもそうだ。
だがジェラルディーナのようなシビアな人間だと
「契約を結べば、手に入れられる」
ような気がしているので今後も付き纏う気でいる。
結婚する気もないのに
「付き合いたい」
「◯◯◯◯したい」
だのと考えるクズな男は何処にでもいるが
当然のようにサルヴァトーレもその一人…。
そういった類のクズな男から見て
「絶対に関わりを避けるべき女」
は、それこそ
「夢見がちな多情多恨な女」
である。
たとえ美人だとしても面倒な女とは関わってはいけない。
逆にジェラルディーナのような女は
男に夢を見ず
恋愛に夢を見ず
契約で全て割り切れるドライな性質で
尚且つ美人
尚且つ品がある
サルヴァトーレにとっては理想そのもの。
そのジェラルディーナが
「…ガストルディ侯爵の事でガストルディ令息には今後何かお願いする事があるかも知れませんが、今この場では何も決められません。
私にはそういった面の権限がありませんので、その件に関しましては一度持ち帰って上と相談してから結論を出させていただきたいのですが、それで構いませんか?」
と言いだした。
サルヴァトーレは
(案の定だなぁ)
と、ほくそ笑み、満足気に頷いた。
熟れた果実が自分の手元に落ちてくるような確信に似た満足感を感じたのだ。
刑吏一族に関して色々調べた事があった。
刑吏一族では
「一族間の結婚」
が基本。
「他家から嫁を迎える」
事はあるが
「一族の娘を他家へ嫁へ出す」
事はほぼない。
「金持ちだが差別される人種」
と言えば
「刑史」
「特定異邦人」
と相場が決まっている。
特定異邦人の場合
「乗っ取り侵略兵」
「植民地工作員」
などの場合が多いので
(当人達が無自覚だろうとも)
全く同情の余地が無いのだが…
刑吏一族が受けている差別の場合は確実に
「不条理だ」
と言える。
他家に嫁に出すと、かなりの確率で不幸にされてしまう。
伝統的に一族間の結婚に収まるので
刑吏一族は血が煮詰まりがちである。
そういった事情をサルヴァトーレはちゃんと理解している。
その上で
(そのうち貴族の女と婚約・結婚する事になるだろうが…。親友兼恋人として側に女を置き続けるなら、この子が良い…)
と思ってしまっている。
自分でも潜在的に
「次の肉体乗り換えはできないかも知れない」
「このままこの肉体で死ぬのかも知れない」
と感じているのかも知れない。
延々生きていると
「それが当たり前」
と感じがちだが…
ふとしたはずみで
「次は無いかも知れない」
「この身体での人生が最後かも知れない」
と考えてしまうのだ。
『転生者』も妖術師も同じ魂を持ち越して複数の人生を生きる。
そんな事もあり、妖術師は『転生者』に惹かれやすい。
350年ほど前。
それこそ「チプレッソ」として初めて肉体乗り換えを体験した人生で、チプレッソはとある貴族女性に惚れ込んだ事があるが…
その女性も『転生者』だった。
しかも【強欲】の加護持ちの。
複数の人生の記憶を持ち
彼女自身の魂の兄弟姉妹を不幸に叩き落とし
彼女自身の人生の糧にしていた。
そんな女性。
当時は判断力が欠けていて
彼女の全てが好ましく
永遠の愛を捧げたいとまで思ったものだが…
自分の中の何かが警鐘を鳴らしてくれたお陰で
つつがなく関係は破綻。
無難な恋愛経験で済んだのだが…
今にして思うと
「魂の力を搾取する相手に永遠の愛を捧げること」
そのものが
「魂の力を搾取される隷属の道へ堕ちること」
のように思える。
【強欲】の加護を持つ『転生者』の本質は
「永遠の愛を捧げられたこと」
にあるのかも知れないと、そう思う。
身に過ぎた愛と奉仕を得て、そのせいで堕落。
延々と他人を搾取し続けるような呪われるべき人間になる。
そんな流れがあるのだと思う。
だからこそ
「永遠の愛など誰にも捧げてはならない」
と思うのだ。
それでいて
「誰のことも愛さずにただ生き永らえ続けるのは虚しい」
とも思うのだ。
そんな虚しさの末に
「仮初めの愛を、仮初めの愛だと割り切れる人に、捧げたい」
と、調子の良い事を望んでしまう。
魂の力を搾取させず
自分も搾取しない
そんな均衡を保ちながら
「善き人生を生きたい」
「善き終わりを迎えたい」
と思ったなら
おそらく
「醒めた人間」
ほど
「仮初めの愛を、仮初めの愛だと割り切れる人に、捧げたい」
と願ってしまう。
サルヴァトーレは自分でも
(もう二度と盲目的に誰かに惚れるような事はできないだろうな)
と自分でも自覚している。
それでいてーー
そんな自分の冷静さを自分自身で寂しく思っているのだった…。




