残念な男
ジェラルディーナも思わずサルヴァトーレをマジマジ見つめてしまうーー
一方、見られたサルヴァトーレはジェラルディーナと目が合って、無条件に自分の顔がニヤつくのを感じた。
自分でも
(あ、ヤバい。キモがられる)
と思ったのだが
「…そうやって不審者を見る目で見られるのも、美人からだと悪くないものですね」
と更に気持ち悪がられる本音が漏れた。
「「………」」
ジェラルディーナとポンペオの目付きが
露骨に生ゴミを見るような目付きに豹変したが
サルヴァトーレは澄ました顔で
「あくまでも私は養子です。伯父上のやる事に対して賛同していなくても、反対意見を押し通してしまえるような権限は有してないんですよね」
と2人に対して説明するかのように述べた。
「…因みにガストルディ令息、貴方にはガストルディ侯爵からそういった『行方不明者8人の死体発見』の事件に関して何か情報がもたらされてましたか?」
ポンペオが尋ねると
「いいえ」
とサルヴァトーレが迷いなく否定した。
実の所、フォルミッリ家のほうではガストルディ侯爵派の動きもガストルディ侯爵の意向も掴みきれていない。
本来なら教皇派と対峙するにあたって共闘したい派閥ではあるのだが、取り付く島がないのである。
サルヴァトーレは事務的な説明でもするかのような態度で
「…肉体の血縁的には伯父・甥の関係でも、内面的には馬が合わないというか、『血は水よりも濃い』的な親和性が期待できないのが私とガストルディ侯爵との関係です」
と人間関係の一端を説明した。
更には
「異端審問庁関係の情報は独自に仕入れてます。というか、伯父は基本的に養子に情報を自ら与えるような人じゃありません。
3人の養子を領地経営の手腕で競わせて、一番財を増やした者を後継と為すつもりでいます。
つまりあの人の場合は『カネが全て』という価値観です。
異端審問庁の運営も独自の正義が有って断固たる意志で行ってるとかではなく、お金をもらいながら誰かの言いなりになってやってる、とかでしょう。
なので彼の方針が結構簡単に二転三転するような事がこれまでにも何度もあった筈ですよ?」
と述べた。
思わずポンペオが
「…ガストルディ令息にはガストルディ侯爵を動かす勢力に具体的に心当たりが?」
と訊くと
サルヴァトーレは
「さぁ?普通に考えれば自国の占星庁辺りが怪しいんでしょうが、場合によっては他国の占星庁や秘密結社が干渉している場合もあるので、正直なところよく分かりません」
と澄ました顔で答えた。
「フラッテロ嬢の言うように『逃亡者が逃げたせいで連帯責任で殺された』などといった犯人側の責任転嫁論をそのまま遺族へ伝えたりすると思いますか?」
「それこそ分かりません。カネを出して伯父を動かす連中が一組織とは限らないですし、何よりも、餌ではなく恐怖で人を動かすのが好きだという連中もいるでしょうから。
『フラッテロ家を潰したい』という意向が伯父に干渉している側の連中にあればそうなるでしょうし、特にフラッテロ家に思う所がある訳でもなければ、遺族へは教皇庁へ恨みが向くように話すのではないでしょうか?」
「ガストルディ侯爵がどんな判断をくだすかが、彼に干渉している者達の正体を知る手掛かりになると、そう令息はお考えなのですね?」
「そうです」
「結構、他人事に捉えてるんですね?フラッテロ嬢と懇意にしているように見えますが?」
「懇意にしたい、とは思ってます。ですがそういうのは双方の合意が必要でしょう?私一人の一方的好意では男女の仲は進まない。
具体的に伯父に何処の誰が接触して、どんな組織の意向が伯父を動かしているのかといった情報を私が探るにしても『相応の見返り』があってこそだと思うのです」
「………」
(うわぁ〜…)
ポンペオは少し頭痛を感じた。
サルヴァトーレの言う好意が
「見返りをキッチリ要求して、見返りをキッチリ回収する」
という等価交換厳守の好意に思えて、少し萎えたのだ。
(こういう男、モテないだろうなぁ…)
とポンペオはサルヴァトーレを見てしみじみ思った。
(「意中の女とヤりたい」場合の交渉としては、こうやって「初めから見返りを求める」というやり方は有りだし、充分効果的だが…。交渉として身体を差し出す側は、「絶対こういう男には惚れない」だろうなぁ…)
(まぁ、人間の心がない男は、惚れた相手から惚れ返してもらえない現実など全く気にならないって事なんだろうが…)
サルヴァトーレ・ガストルディ。残念な男である。
ポンペオがサルヴァトーレを見る視線は
「美少女に付き纏う不審者を見る視線」から
「可哀想なモノを見る視線」へと変化した。
ジェラルディーナのほうはサルヴァトーレの人間性を初めから知っていたかのように動じない。
「『相応の見返り』ですか…」
と交渉モードに入っている。
サルヴァトーレがジェラルディーナの頬に手を伸ばしながらニッコリ微笑む。
「実はガストルディ侯爵家を継ぐ気は一切ありませんでした。学院卒業後から本格的に行わされる領地経営はわざと手を抜き早々に後継者選びの競争から脱落して、後は自由に生きる気だったんです」
過去形で語っているのが心境の変化を表している。
「ですが貴族家を継いで貴族家当主になったほうが養子といった微妙な立ち位置よりも得られるものが大きいのは確かです。
得られるものが面倒臭さを上回るという事がハッキリした場合には、ちゃんと後継を目指して異端審問庁での裁量権もゲットしたいと思います」
サルヴァトーレの瞳には熱がこもっている。
サルヴァトーレをかなり本音をぶっちゃけている事が
ジェラルディーナにもポンペオにも何故か分かった…。




