ダレッシオのその後
(いや〜…なんでコイツら俺の所に来るかなぁ…)
ポンペオ・フォルミッリは苦々しく思いながらサルヴァトーレ・ガストルディとジェラルディーナ・フラッテロを迎えた。
と言ってもフォルミッリ侯爵邸に迎えた訳ではない。
サルヴァトーレだけならフォルミッリ侯爵邸に迎えても良かっただろうが、ジェラルディーナが一緒だと
「気が有るのか?ポンペオの恋人か?」
と変に勘繰る者達が邸内でウジャウジャ湧きそうだと思ったのだ。
そんな事もあり
幼馴染みの一人が経営するカフェを指定して
そこで二人を迎えた。
のであったがーー
サルヴァトーレがジェラルディーナのために店のドアを開けてやったり椅子を引いてやったりと甲斐甲斐しく尽くすのを目にしてしまい…
(え?何?コイツら付き合ってんの?!)
と思ったのだ。
そんな事もあり、余計にそんな二人が自分の所に仲良くやって来たことが鬱陶しく感じられた
のだがーー
よくよく見れば
ジェラルディーナは無表情…。
考えてみればサルヴァトーレ・ガストルディは侯爵家の養子だ。
猶子ではなく養子。
猶子は平民の親戚を王立学院に通わせるために一時的に貴族籍に入れる制度。
一方で養子は実子同様に後継の権利を与えるもの。
正式な養子は庶子などよりも余程本物の貴族だ。
ジェラルディーナのほうはと言えば
猶子ですらなくただの平民。
平民が貴族に目を付けられて付き纏われれば、邪険にもできない筈。
なんとなく二人の関係の実質について推測できた事で
多少は溜飲が下がり
ポンペオは一転して和かに
「良いお天気ですね。デート日和だ」
と声を掛けた。
途端にサルヴァトーレが笑顔に
ジェラルディーナが死んだ魚の目になったのを目敏く確認。
(決まりだな)
と、ジェラルディーナの本心を理解した。
(平民美少女に付き纏う貴族なんて、本当にタチが悪いな…)
ポンペオはサルヴァトーレ・ガストルディに内心で白い目を向けながら
「約半年間のダレッシオ内での人の出入りについて詳細を知りたい、との事でしたね?」
と尋ねた。
サルヴァトーレのほうは
「そうです」
と、すかさず肯定。
「ですが、ウチは基本的に逃し屋であって、ダレッシオに入って来る者達に関しては把握してない部分も多いんですよ」
「そこは非公式の記録で判る範囲で構いません」
「…大して判るとも思えませんが」
ポンペオとしても情報を出し渋る気はない。
言葉通り、人間の流入・流出のうち、主に流出に携わっているので流入に関与してない案件が多いのである。
勿体ぶって話し渋ることで情報の価値がなくなる事はしばしばある。
つまり「自分だけが知ってる事柄」というのは案外少ない。
別口から情報を買われる事もあるのだから…
変に情報の価値を上げようとして心理戦を仕掛けると
「お得意様になり得る上客をみすみす逃す」
事になる。
何か知ってれば
「その方面でも役に立ちたい」
という気はあるにはある。
(カネも欲しいし)
「…一定期間の間にダレッシオから出た人間に関する調書は規定の料金を支払ってもらいますが、一定期間の間にダレッシオに入って来た人間に関する調書は、いちおう作業に当たらせてはもらいますが、それ程期待できるものになるとは思えません。ですが、その分の人件費は請求させていただきます」
「それで頼みます」
「では契約書に目を通してもらってから、サインをお願いします」
サルヴァトーレが契約書を読み
怪しい点がない事を確認してからサインした。
「直ぐにでもダレッシオに遣いを出して記録を当たらせる事にしますがダレッシオに在住している知人らにも聞き込みをする事になるので正式な調査報告書の作成は私がダレッシオに帰還してからとなります。
お渡しできるのはその後、今からだいたい1週間後くらい。遣いの者次第ではそれから更に三、四日から1週間後くらいになるでしょうか?」
「…ヴェルゴーニャ殿は(ポンペオは)まだダレッシオに戻られないのでしょうか?」
「残念ながら明後日も人と会う約束があるので、首都を発てるとしたらその後です。勿論、早馬にて急いで戻るつもりでいますが」
「そうですか」
「それで、調査報告書は、こちらのほうの遣いが貴方の学院寮までお届けするという事で宜しいのですよね?」
「いえ。ガスパリーニ家の者をダレッシオの『野葡萄亭』までよこします。ヴェルゴーニャ殿もご存じのダニエーレなら着実に遣いを果たしてくれるでしょう」
「…そう言えば、ダニエーレが行った『鰐退治』はどなたからの依頼だったのでしょう?もしや貴方が?」
「さぁ、誰だったのでしょうね?」
「…ともかく1週間後ダレッシオで調査報告書をダニエーレに渡すということで良いのですね?」
「ええ。それでよろしくお願いします」
「良い取引ができました。今後もよろしくお願いします」
といった具合に
サルヴァトーレとポンペオの間で話が纏まったのでーー
ジェラルディーナはポンペオに訊いておきたいことを
すかさず訊く事にした。
「スミマセン。ヴェルゴーニャさん。あの、できれば、その後の事をお伺いしたいんですけど…」
「ん?」
「…私達が逃げた後の事です。ベッタや私と同じグループだった子達のことで判る事はありますか?」
「…ああ、あの子達の事なら…俺からじゃなく、異端審問庁で訊いた方が詳しく教えてもらえるんじゃないのか?死体の様子とか…」
「…それって、やっぱり、殺された、という事ですか?」
「…うん。お前さんも『そうなるかも』って薄々分かってただろうが、あの地下は収容人数に限りがあるからな。
あそこでは候補者として連れて来たは良いが才覚の現れない子達に関しては段々と処分する理由を見つけては処分し、子供達を入れ替えるといった事が為されている。
処分の理由なんて実はどうでも良いんだろうさ」
「でも理由としては『同じグループから逃亡者を出したから』という事が挙げられるんですよね?それだと『アイツが逃げたせいで』と逃亡者に対して恨みが掻き立てられるんじゃないでしょうか?」
「それこそが狙いなんだろう。『連帯責任』という名の言い掛かりで過剰な懲罰を与えられる側は、そうやって連帯責任が科せられる運命共同体の仲間に対して魂レベルで憎悪するように誘導されてしまう。
『有事の際にも団結できない』ような集団というのは、そうやって内ゲバ誘導の呪いにかけられた魂からの干渉で人為的に生み出されている。
まぁ、あくまでもある種の呪術の術式による所では、だがな」
「もしかして、処分された子達の親族の元にもそういった連帯責任の事情とかは報告されるんでしょうか?」
「それは死体を『発見した』事になってる異端審問庁北部支部の連中次第なんじゃないのか?
お前に対して仲間意識を持ってるなら『逃亡者へ逆恨みが起きかねない事情は敢えて教えずにおく』くらいの配慮はするだろうが、それが無いなら逆にわざとお前に逆恨みが向くように誘導しかねないだろう?」
「…うわぁ〜…」
「その辺はフラッテロ子爵が手を回すだろ?」
「フラティーニ侯爵が代々本部長官を務めてくださってた時代なら、そういった点での配慮はなされてたでしょうけど。
ガストルディ侯爵が長官の現在では、まるでわざとみたいに恨みや逆恨みで内ゲバが起こるようになってます」
ジェラルディーナがそう言うと、ポンペオは
「へぇ〜…」
とサルヴァトーレを見遣った…。




